故郷で国内最高峰の舞台へ 長野市出身の石坂朋也がVC長野に“凱旋加入”

生まれ育った長野への凱旋――。SVリーグ男子のVC長野トライデンツに長野市出身の石坂朋也が加入した。地元出身選手は、現チームでは元日本代表のミドルブロッカー(MB)松本慶彦に続いて2人目。その松本と同じ岡谷工業高校で主将を務め、同校を15年ぶりの全国大会出場に導いた石坂は「地元を盛り上げていきたい」と意気込む。バレーボールの国内リーグは来季から再編されるが、VC長野は来季も国内最高峰リーグに挑む。その舞台に向けて決意を新たにする22歳の若武者に思いを聞いた。
取材:大枝 史
KINGDOM パートナー
父の影響で始めたバレー
岡工を15年ぶりの全国へ導く
――バレーボールを始めたきっかけを教えてください。
バレーボールをしていた父親が監督を務めているクラブで小学校2年の時に始めました。
地元の長野市立広徳中学校に進んでアウトサイドヒッターをやっていました。身長は中学の時から180cmありましたが、そこからあまり伸びなかったです。
――その後は岡谷工業高校、順天堂大学へと進学しましたが、進路を決める過程でお父さんに相談することもありましたか?
そんなにありません。
「自分の好きなようにしな」という家庭だったので、自分で決めたからにはやらなければいけない、と思いながらずっとやってきました。小学生の時はバレーを教わっていましたが、(父親とは)体育館を出たらバレーの話はしません。メリハリがついていました。

――どのような高校生活でしたか?
JOC(の県選抜チーム)で仲良くなったメンバーが集まっていたので岡工にしました。
3年間、練習がきつかったです。インターハイ(全国高校総体)も春高(全日本高校選手権大会)も2回戦で負けましたが、15年ぶりの全国に出られたことが思い出です。
――順天堂大学での生活はいかがでしたか?
2年時から少しずつ試合に出始めて、3年時はレフトで出る試合もありました。
バレーをしていて一番楽しかったのが大学時代です。悩むこともありましたが、レベルの高いところでバレーができていたので毎日の練習も楽しみでした。
――具体的には何が楽しかったですか?
一つ一つのプレーを自分で考え、意識してやっていました。ウエイトトレーニングの量も増えて、身体がきつい中でのコンディショニングを専門的に学んで実践できる環境が整っていました。どんどん自分が成長していくのを身体で感じられることが楽しかったです。

――バレー人生の中ではキャプテンを歴任してきました。
自分としてはキャプテンをやりたい気持ちはないのですが、いつも「やれ」と言われてきました。
そういうキャラだとは思っていませんが、自然にずっとやってきました。やるからにはちゃんとやりたいし、勝ちたいのでしっかりやってきたつもりです。
――身長は183cmと、そこまで高いわけではありません。大学でもずっとアウトサイドヒッターをやってきた中で工夫してきたことはありますか?
アタックはキレやスピードで勝負していくこととミスをしないことです。
守備面に関しては安定感のある返球を心掛けていました。リーダーシップを取って、声で引っ張っていくことも意識してきました。

PROFILE
石坂 朋也(いしざか・ともや)2003年11月6日生まれ、長野県長野市出身。小学校2年から父の影響でバレーボールを始める。岡谷工業高校時代は3年時に全国高校総体(インターハイ)と全日本高校選手権大会(春高)で全国大会に出場した。順天堂大学では4年時に春季関東大学リーグで2位の成績を収め、敢闘選手賞を受賞。2026年3月10日にVC長野トライデンツの内定選手として入団が発表された。身長183cm、最高到達点330cm。
KINGDOM パートナー
生まれ育った長野県への凱旋
“楽しんで”鍛える日々
――得意としているプレーは何ですか?
守備力と明るさは武器だと思います。
小学生の時から「レシーブできないと使えないぞ」と言われていたのでレシーブ練習はしていましたが、中学生まではアタックの方が好きでした。
高校は守備が厳しいところに行ったので、基礎からやり直していました。高校が終わる頃にはアタックよりレシーブの方が好きになっていました。自分としてはディグの方が得意なので、ワンチャンスをつかめるように頑張りたいです。

――大学卒業後もバレーボールを続けたい気持ちはありましたか?
ありました。目標にはしていましたが、このサイズなので難しいとも思っていました。
「長野に帰れたらいいな…」と思っていたのと、どんな形であれバレーができたらいいと思っていたのでよかったです。あとはもう頑張るしかないです。
――チームに合流してから練習の日々が続いていますが、楽しくやれていますか?
大学ではいろんな練習パターンがあったり、細かいところまで言われていたりしたのに対して、ここは自分で考えてやっていると思います。自分でやらないと上達しないと思うので、そこが学生スポーツと違うところだと思っています。
大学でも考えてはやりますが、ここでは自分で意識を持ってやっていないと、ただただ置いていかれる世界だと思います。やはり自覚が必要だと思います。
まだゲーム形式の練習には入れていませんが、マルさん(一条太嘉丸)も「去年はこっち(今の自分の立場)だった」と言っていました。そんなに簡単な世界でもないですが、もしチャンスがあるならつかめるように頑張りたいです。
マルさんは大学の時もそうですし、(VC長野に)来てからも優しくしてくれます。この間も学生最後の日、3月31日がオフだったので2人で映画を見に行きました。

――生まれ育った長野県に帰ってきました。そこに対する思いはありますか?
地元なので盛り上げていきたいです。長野県の選手がみんな帰ってきたいと思えるようなチームにしたいです。松本さんがいるので僕が第2陣として、若い世代としては第1陣として、引っ張っていけるように頑張りたいと思います。
――松本選手とは話をしましたか?
父親の実家が(長野市の)芋井で松本さんの実家と近いので、そういう話や岡工の話はしました。
――帯同したホーム最終節のサントリーサンバーズ大阪戦は多くのファンが詰めかけましたが、実際に会場で見ていて感じたことはありますか?
すごいと思いました。ああいう観客の前で僕もプレーしたいと思いました。
あとは純粋にああやって世界で戦っている選手はやはりすごいな…と思いました。
僕も大学3年生の時に黒鷲旗でサントリーと戦ったのですが、この間の試合を見て「僕たちの時は本気じゃなかったんだな…」と改めて思いました。
その時はムセルスキー選手のブロックがすごくて、「絶対に抜けない」と思いました。指先を狙って当てて出そうと思ったのですが、その結果サントリーのベンチに打ち込むという大恥をかきました(笑)

――座右の銘はありますか?
“楽しむ”です。
それは考え方だと思っていて、全カレ(全日本大学選手権大会)も正直「嫌だな」とか「怖いな」という内心はあったのですが、そこで「最後だし、楽しんでみたらどうだろう」となれたのは大学生になってからの考え方だったと思っています。
与えられた環境の中で、やっていることに対して楽しむ。好きなことをやっているのだから楽しんだ方が絶対に良いと思っているし、楽しむことは大事だと思います。
大学生の最初の頃は“楽しむ”が“ふざける”になってしまって怒られていたこともありましたが、駆け引きや勝敗を楽しむ感じです。
そのためにやることをしっかりやる、当たり前のことを当たり前にやるのはずっと思っています。あとは人と話すのも好きなので、練習に来ていろんな先輩と話せるのも楽しいです。
――来シーズンの目標を聞かせてください。
1年目らしく、地元の長野県にいろんな恩返しができるように全力で頑張りたいです。

クラブ公式サイト
https://vcnagano.jp/
SVリーグ チーム紹介ページ
https://www.svleague.jp/ja/sv_men/team/detail/461















