松本山雅で11年を過ごした“漢・村山” 外から見えた古巣と自身の未来図は

ご新規さんを除いて、その名を知らない松本山雅FCサポーターはいないだろう。村山智彦。2024年まで通算11年間にわたり、サンプロ アルウィンの大声援を背に受けてゴールマウスを守り続けた“漢”だ。25年からは、千葉・市立船橋高校の先輩でもあるカレン・ロバート氏が代表を務める「房総ローヴァーズ木更津FC」に所属。38歳の今も現役を続けながら、同クラブのアカデミーでGKコーチとして指導に当たっている。松本山雅U-15との練習試合のため松本市を訪れた村山に、現在の活動や古巣への思いを聞いた。
取材:大枝 令
KINGDOM パートナー
松本での11年間を経て戻った地元
“1年生”として汗をかく新鮮な毎日
生まれ育った千葉県市原市に隣接する同県木更津市。ここをホームタウンに2015年に設立されたのが房総ローヴァーズ木更津FCだ。
将来的なJリーグ参入を目標に、現在は国内7部に相当する千葉県社会人リーグ1部に参戦。大半の選手が仕事と競技の両立を図りながらサッカーに取り組む若いチームの中で、Jリーグ通算200試合以上に出場してきた村山の実績は異質だ。

「ローヴァーズに加入するに当たって、元プロ選手だからと言ってふんぞり返ることはやめようと決めていた。このクラブでは1年目だし、指導者としても1年目。(カレン氏ら)先輩がいたことも良かったのかもしれない」と笑う。
松本山雅では14年と18年に2度のJ1昇格に貢献。一方、やっとの思いで立ったJ1の舞台では一度も残留を果たすことができず、21年にはJ3降格の屈辱も味わった。
松本山雅がサポーターとともにしてきたJリーグでの苦楽を、選手の立場で経験してきた一人だ。

松本山雅での最終年となった24年は、一度も公式戦のピッチに立つ機会を与えられないままクラブから契約満了を告げられた。その当時を、率直な言葉で「クビになった」と振り返る村山。現役続行を模索して次の所属先を探す中で、早い段階で声を掛けてくれたのがカレン氏だった。
さらに上位カテゴリーのクラブに移籍する選択肢もあったが、「ローヴァーズに強い縁を感じた。未知数だったけれど、自分のサッカー人生にプラスになると思ってローヴァーズに行くことを決めた」と話す。

現在の立場はクラブスタッフ。平日の日中はクラブが木更津市内で運営する自前のサッカーグラウンドに出向き、一般利用者向けの準備やボール磨きなどの雑務に当たる。アカデミーに所属する中学生や高校生が学校を終え、グラウンドに来る夕方以降は指導に専念。それらを全て終えた午後7時半に、ようやく選手としてのトレーニングを始める毎日だ。
「やらなければいけないことがたくさんあるけれど、だからと言って自分のプレーが疎かになるということはない。仕事をしている社会人選手も高い熱量を持ってサッカーに取り組んでいるので、自分がブレてしまうわけにはいかない。ここでは、自分のプレーに専念できないから辛い――なんて言い訳にもならない」と強調する。
そんな日常に対して「やりがいしかない」と屈託なく笑う。
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今だから明かす古巣への直言
両者の未来図が重なる日に向けて
3月の松本遠征では、現在は松本山雅でクラブスタッフを務める飯田真輝さんや橋内優也さんら、かつての“戦友”と交流。トップチームの練習場にも足を運び、練習を終えた選手たちと笑顔で旧交を温めた。
「練習を見ていて、みんなが一生懸命に真面目にやっている印象だった。(当時は)4連勝で結果も出ていたので、良い雰囲気だなと感じた」

本心を語ろうと姿勢を前に傾けた村山は、言葉を続ける。
「目の色変えてできるなら最初からやっとけよ――と率直に思う。誰かのせい、環境のせいにして逃げていたのではないか。それは、ハヤさん(早川知伸前監督)やシモさん(霜田正浩元監督)がどうのこうのではなくて、監督が(石﨑信弘監督に)替わっただけでこれだけできるなら、本当にもったいない時期を過ごしたと思う」

J2復帰を果たせないまま4シーズンが過ぎた。
この間、松本山雅の代名詞でもあったハードワークや戦う姿勢が薄れたと指摘され、昨季に至ってはJ3で15位という過去最低成績に沈んだ。そんなクラブを中から、そして外から見つめてきた村山の口から語られた言葉は、松本山雅に思いを寄せる人たちの胸にどのような形で届くのだろうか。
静岡産業大卒業後に加入したJFLのSAGAWA SHIGA FCはアマチュアの社会人チーム。そこから松本山雅に移籍し、プロ選手としての歩みを重ねてきた。

「松本山雅は自分をJリーガーとして育ててくれたクラブ。松本に10年以上いて、離れた今でも好きなクラブの一つ。応援しているし、期待している」
次第に言葉は熱を帯びていく。
「11年もいたんですよ?力になりたい思いはあります。何かの形でクラブに戻ってくることだけではなくて、こうやって交流することも松本への恩返しになると思う。千葉から選手を獲得してもらったり、千葉に来てくれればグラウンドや宿泊施設といった環境の用意もある。どんな形であっても繋がっていたいなと思う」

思い入れのある古巣と、新たな道を歩み始めた自分自身が描く未来図が重なり合う日は訪れるのだろうか――。そんなことに思いを馳せながら、今はただ、サッカー人として成長するための日々に向き合っていく。














