野田裕喜が示した犠牲心と それに応えた松本山雅の仲間たち

笑顔のサポーターと向き合った歓喜の列に、その男の姿はなかった。2026年9月26日のJ3第8節。松本山雅FCは栃木SCを2-1で下し、ようやく今季のリーグ戦で初勝利を手にした。数的不利の90+4分にDF樋口大輝が勝ち越しゴールを決め、実況した女性アナウンサーが「山雅劇場」と3度も叫んだ劇的勝利。熱狂に沸くスタジアムを、その男はメインスタンドの軒下から見つめていた。DF野田裕喜、29歳。80分に相手の決定機をファウルで阻止し、主審からレッドカードを提示されてピッチを去っていた。結果が違えば、チームを窮地に陥れる行為だと批判されても仕方ない。しかし、この勝利の裏側に野田の献身性と犠牲心があったことを、ここに伝えておきたい。
文:板倉 就五
KINGDOM パートナー
J1からJ3へ完全移籍
退路を断ち、覚悟を持って
野田裕喜は、開幕後の8月17日にJ1柏レイソルから完全移籍で松本山雅FCにやって来た。
J1でもトップクラスの戦力を誇る柏で出場機会をつかめなかったとはいえ、2カテゴリーも下の松本山雅への完全移籍。寡黙で飾らない人間性の持ち主だが、退路を断ち、再び成長曲線を描くための決断だったことは、ピッチでの言動を見ていれば伝わってくる。

「助っ人」でも「借り物」でもない。だから、加入後も勝利が遠い現実に危機感と責任感を強くしていた。
9月18日の第7節は、熊本・大津高2年の時に特別指定選手としてJリーグデビューしたロアッソ熊本とのアウェイゲームだった。故郷での試合を終えた野田に「特別な思いもあったのでは?」と聞いてみると、「全くないです」と即答。個人的な感情は封印し、スコアレスドローに終わった結果を心から悔しがる様子が印象的だった。

迎えた栃木SC戦。36分に樋口大輝が右足で放ったシュートは右ポストに嫌われたが、その跳ね返りが相手に当たってオウンゴールを誘発し、先制に成功した。
しかし、追加点が奪えず、選手交代によって攻勢を強める栃木SCに押されるようになった。
74分、相手陣で失ったボールを起点にセンターサークル付近からドリブルで中央突破を許す。自らのポジションを捨てて止めに入った野田もスピードで振り切られ、ロングカウンターから屈辱的な同点ゴールを決められた。

勝機を手放す痛い失点。それを食い止めることができなかった自分自身が許せなかった。
KINGDOM パートナー
「後悔はない」
勝利のための究極の選択
相手に流れが傾いたまま、80分の場面を迎える。

中盤でこぼれ球を収めた相手がドリブルを開始。同点ゴールを決めた背番号10がスピードを増していく。「2点目を取られてしまったら、もうこのゲームは終わる」と野田。寄せる野田を振り切ろうとした相手のユニホームをつかみ、ペナルティーエリア手前で倒した。
「やった瞬間に退場だなということは分かった」。危険な位置でFKを与えるだけでなく、自身の退場によって仲間たちは残り10分余りを1人少ない10人で戦うことになる。そのことまで全て頭で理解した上で、野田はファウルで決定機を阻止した。

「あれを、しっかりとノーファウルで止められる選手にならなければいけない」と前置きした上で、野田は率直な思いを明かす。
「やはり、後ろのケツを拭かなければいけないのは後ろの選手。試合に出るためだけに移籍してきたわけじゃない。(退場になったプレーは)一つでも多くの勝利や、昇格に向けて自分を獲得してもらった理由につながると思う。後悔はないし、最後に勝ち越してくれたチームにはすごく感謝している」

80分の場面。ファウル覚悟で止めなれば、そのまま勝ち越しゴールを許す結果を招く――と、野田の経験則が瞬時に弾き出した。
11人のまま残り10分余りで2点を奪い返して逆転勝ちするのか。同点のまま踏ん張って10人となった仲間たちに勝ち越しゴールを託すのか。野田は後者を選び、その選択をDF高野遼と樋口の2人が“正解”に変えた。
献身性と犠牲心
出遅れを取り戻すために
断っておくが、相手の決定機を阻止してレッドカードを受けるプレーを賞賛するつもりも推奨するつもりもない。たとえ80分の決定機で失点を免れたとしても、数的不利で劣勢になった残り10分余りで失点して敗れていれば、野田の選択が批判の対象になることは冒頭で触れた。
17歳でJリーグデビューした野田が、一発退場したのは今回が初めてだ。イエローカード2枚による退場も、G大阪U-23の一員としてJ3リーグに出場していた2017シーズンに一度あるだけ。困ったらファウルで止める。そんな選手ではない。

「後ろの選手」として、同じ選手に同じような突破を2度も許すわけにはいかないという矜持。そして、突破を許せば確実に失点し、チームも敗れるという戦術眼。もっと言えば、目の前の試合を落とすだけでなく、J2昇格の目標に致命的なダメージを与えかねないという危機感が、あの場面で自分が犠牲になるという献身性に繋がったのではないだろうか。

時を同じくして、「犠牲心」と「献身性」の重要性を説く複数の声がチーム内から起き始めている。
栃木SC戦の前に話を聞いたFW佐藤亮は「犠牲心を持ってどれだけチームのためにやれるか。そこは僕を含めてまだまだ足りない。きつくなってから、犠牲心を出せるか出せないかが勝負だと思う」と強調した。
DF蓑田広大は、当時J3のヴァンラーレ八戸で3年間に渡って石﨑信弘監督の下でプレーし、3年目にクラブ初のJ2昇格を達成した経験がある。「大事なことは、イシさん(石﨑監督)のサッカーをどれだけ信じられるか。イシさんを信じて全員の“目”が合えば、チームのためにプレーすることができれば、必ず結果が出ることを僕は知っている」と力を込める。

栃木SC戦の退場処分を受けて、野田は10月3日にガイナーレ鳥取と対戦する第9節に出場できない。
樋口は「ずっと後になって『あのプレーから勝ち始めた』と言えるようにすれば、野田ちゃんの判断は“神プレー”になる」と話し、「鳥取に勝って連勝できれば、あのプレーの価値がさらに上がる」と意気込む。

野田が示した覚悟を正解に変える勝利を、もう一度。
松本山雅FCオフィシャルサイト
https://www.yamaga-fc.com/




















