副務から“本職”へ 松本山雅のフェリペ通訳が描く現在、過去、未来

2026年10月19日。この日、J3松本山雅FCを巡る二つの“人事”があった。一つは、J1、J2で12シーズンにわたって通算81得点をマークしてきたFWウェリントンの加入。もう一つは、昨季の百年構想リーグからチームの副務としてマネージャー業務に徹してきたフェリペさんの通訳復帰だ。2016年に通訳として松本山雅の一員となったブラジル出身のフェリペさん。ポルトガル語を母国語とする選手が不在の間もクラブに残り、裏方として汗を流してきたのはなぜか。ウェリントン加入のニュースに隠れ、さほど注目を集めなかったフェリペさん復帰の舞台裏に光を当てる。
文:板倉 就五
KINGDOM パートナー
10カ月ぶりの通訳復帰
相手との信頼関係構築を第一に
「もう、ポルトガル語は忘れちゃいましたよ」
まだ秋の暖かさを感じることができた10月19日、松本市の信州グリーンフィールドかりがね。練習前にすれ違ったフェリペさんは、いつも通り爽やかな笑顔で挨拶を交わしながら軽口を叩いた。
隣には、厚い胸板が目を引く身長186cmのウェリントン。この日からは、通訳として同じブラジル出身の長身FWが1日でも早く松本山雅FCに順応し、得点力不足に悩むチームの救世主になるべく力を尽くす仕事に当たることになる。

練習のメニューや目的を説明する石﨑信弘監督の言葉をウェリントンに伝え、ランニングやパスアンドコントロールなどの基礎的な練習では一緒になって体を動かす。ウェリントンにとっては不慣れなメニューの連続だが、フェリペさんはウェリントンの戸惑いを先回りするように言葉や身振りで練習のやり方や回数、制限時間などを伝え、無駄なタイムラグを消していく。
「正直、もう2、3カ月いるような感覚にさせてくれる。本当に壁がなくて馴染みやすい。すぐに適応させてくれて助かってるよ」とウェリントン。まるで旧知の仲だったかのように肩を抱き合って笑顔で言葉を交わす姿が印象的だ。

練習や試合の場面で言葉を訳し、円滑なコミュニケーションを図る仕事は通訳業務の一部に過ぎない。加入直後の選手には、ほぼ24時間体制で寄り添い、送迎や買い物といったサポート、日常生活のトラブル解決、時には不平不満や愚痴の聞き役を務めることもある。
「通訳の仕事をする上で一番大切なことは信頼関係。相手の受け皿にならなきゃいけないけれど、決して奴隷じゃない。相手の考えを聞いて、こちらの意見も伝える。そういうコミュニケーションを大事にしている」とフェリペさんは話す。

かつて松本山雅で共に戦ったFWオビナやFWルカオ(現J1岡山)、MFアルヴァロ ロドリゲスらとは強い絆で結ばれ、彼らは今も松本山雅を気にかけて連絡をくれるという。
KINGDOM パートナー
共に歩んだ栄光の時代
そこで見つけた通訳の矜持
ブラジルのサンパウロで生まれ、5歳の時に親の仕事の関係で来日した。日本人と同じ学校に通って言葉や文化を覚え、サッカーにも取り組んだ。
高校卒業後は、サッカースクールの指導者や大工などの仕事を転々としていたが、2014年に当時J2の群馬で通訳に就いた。群馬で2年間、経験を積み、16年に知人の紹介で松本山雅に“移籍”した。

直前のシーズンに初めてJ1の舞台に立った松本山雅。松本の街や練習場、スタジアムにはJ1の熱狂が余韻となって残っていた。
「自分にとってチャレンジだった。当時の反町監督(反町康治・現J1清水ゼネラルマネージャー)が厳しい人だと知っていたので、その環境でチャレンジしてみたい思いもあった」。ブラジル人選手は毎シーズンのように入れ替わり、17年にはMFセルジーニョやDFジエゴ(現J1神戸)らが新加入。個性的で癖の強い選手たちと向き合い、信頼関係を築き、チームの戦力として力を尽くしてもらえるように汗をかき続けた。
18年はセルジーニョが中心選手に定着し、J1鹿島などで実績を残したFWジネイがシーズン途中に加入。最終節までもつれた激しい優勝争いを制し、2度目のJ1昇格を決めた。

「いろいろなタイプの選手がいる。わがままな選手もいれば、こちらが伝えたことを理解してくれない選手もいる。疲れるし、神経も使う仕事だけれど、どの選手にも絶対に伝えるようにしていることがある。それは、松本山雅のサポーターが何を望んでいるかということ。『うちのサポーターは、選手たちの姿勢を見ているよ』と」
耳から入ってきた言葉を、脳内で別の言語に変換し、声に出して伝える。それでは、プロサッカークラブの通訳として不十分だ――と、フェリペさんは考えている。

「松本山雅で仕事をするうちに分かってきたクラブの価値観や流儀がある。僕は、そのフィルターを通して言葉を伝えるようにしている」
忘れられない熱狂の日々
あの盛り上がりをもう一度
25シーズンを終え、在籍していたブラジル人選手全員がクラブを離れた。新たにブラジル人選手を獲得する予定もない。通訳としてJ1クラブからオファーを受けたフェリペさんに対して、松本山雅は残留を要請した。通訳としてではなく、練習の準備や道具の後片付けといったマネージャー業務が中心の副務として。
強化責任者の都丸善隆スポーツダイレクターは「フェリペの人間性と通訳としての能力を高く評価していた。次にいつ、ポルトガル語を話す外国人選手を獲得するか全くの白紙だったけれど、一度フェリペを失ってしまったら、同じ能力を持った通訳を新しく探すことは難しいだろうと考えた」と明かす。

朝早くから夜遅くまで仕事に追われるマネージャー業の過酷さは「近くで見ていたから知っていた」とフェリペさん。「でも、『通訳の仕事がないからチームを去ります』は違うと思った。少しの間、通訳をできなくてもいいじゃないか、と。自分のことを必要としてくれた松本山雅で、覚悟を持ってマネージャー業をやろうと決めた」
39歳の自分よりも若いマネージャーたちと協力して、率先して、裏方業務に徹した。選手が練習中に飲むドリンクを用意し、不要になったマーカーやコーンを片付け、練習着を洗濯する。
真夏の練習を終えた選手の身体を冷やすアイスバスを備え付けたり、大工経験を生かして雑然とした荷物置き場になっていたクラブ施設の一角に棚や仕切りをこしらえたりと、自分から仕事を見つけて取り組んだ。
「(マネージャー業は)仕事をする時間が長いので辛いなと思ったこともあったけれど、みんなで協力して楽しくできた」と笑って振り返る。そして、「通訳とマネージャーのどちらが上でどちらが下かなんていう考え方は全くない。どっちもチームのため、クラブのために欠かせない仕事。誇りを持って仕事ができている」と力を込める。

フェリペさんが松本山雅に残った理由は、もう一つある。
「チームが活躍して松本の街が盛り上がった光景を目の当たりにしているので、あの雰囲気をもう一度感じたい。元いた場所に戻りたい」
両親から受け継いだ名は、フェリペ・タバレス・コウチーニョ。
この10カ月間、副務として流してきた汗を、これからは本職の通訳に戻って額に浮かべ、高みを目指して力を尽くすつもりだ。

松本山雅FCオフィシャルサイト
https://www.yamaga-fc.com/



















