憧れの長友佑都と“共演” AC長野の渡邉禅が手にしたもの

憧れとの“共演”が大卒1年目で実現した。サッカーの第108回天皇杯全日本選手権に長野県代表として臨んだJ3のAC長野パルセイロは2026年8月26日、2回戦でJ1のFC東京と対戦。先発フル出場したDF渡邉禅は、幼少期からモデルとしていた日本代表DF長友佑都と同じピッチに立った。同サイドでのマッチアップはならなかったが、チームが0-6で大敗した試合の中で大きな財産を手にした。
文:田中 紘夢
KINGDOM パートナー
長友佑都似のプレースタイル
J1屈指のドリブラーにも通用
「長友佑都選手のように、サイドをずっと走っている選手になりたい」
昨年、神奈川大学からAC長野パルセイロへの加入内定を受けて開かれた記者会見。渡邉禅は、日本代表DFへの憧れを口にした。

ベガルタ仙台ジュニア時代から長友と同じサイドバックを務め、長友の体幹トレーニングについて書かれた著書を手にして実践した。無尽蔵のスタミナでサイドを駆け上がり、無類の対人能力で相手を食い止める――。プレースタイルも長友と重なる。
その特長はトップレベル相手にも通用した。FC東京戦ではJ1屈指のドリブラーであるMF俵積田晃太と対峙。サイドで1対1を強いられる場面も少なくなかったが、突破は一度も許していない。

圧巻だったのは37分だ。
右サイドで高い位置まで攻撃参加していた渡邉は、カウンターから俵積田に背後を突かれた。スピードに乗ったドリブルで置き去りにされるかと思いきや、30〜40メートルの距離をスプリントして追いつく。縦に突破しようとしてきたところでボールを奪い取った。
強敵を抑え込んだ渡邉だが、満足感は一切ない。むしろ「抜かれはしなかったけれど、自分の守備とはちょっと違ったかな…」と反省の弁を口にする。

「取りに行くことも1回はできたけれど、継続的にはできなかった。間合いの取り方とかスピードの乗り方とかが本当にうまかった」
近くまで寄せていても、懐には飛び込めない。闇雲に飛び込めば、かわされるリスクも高まる――。「いつもだったら取れているところで取れない」ことに差を感じたという。
あくなき向上心もまた、長友と重なるものがある。
KINGDOM パートナー
逆サイドから見た憧れの背中
高校時代のモデルとも共演
右サイドバックでフル出場した渡邉。長友も右サイドバックで出場していたためマッチアップは叶わなかったが、逆サイドから憧れの背中を目に焼き付けた。
「マッチアップできたら一番よかったけれど、オーラや雰囲気みたいなものはすごくあった。相手が後ろ向きになった瞬間に寄せるところもそうだし、基礎的な部分ではあるけれど、世界でやっているだけの経験を感じた」

スカウティングの時点で長友の出場が予想され、「戦えることをすごく楽しみにしていた」。仙台市から家族も会場に駆けつけ、試合後には「よかったね」と連絡を受けたという。
憧れの存在は長友だけではない。宮城・東北学院高時代にウイングに転身した際は、当時はJ1横浜F・マリノスでプレーしていたFW仲川輝人(現FC東京)がモデルだった。プレーだけでなく髪型も真似していたという。

長友と仲川――。学生時代に憧れたスターの2人と共演が実現し、渡邉にとっては一度で二度美味しい経験だった。
「本当にこんなことが叶うんだなって…。すごく楽しかった」
渡邉はそう声を弾ませ、少年のように目を輝かせた。
遠藤航とも重なる前向きな姿勢
大敗も「今後に生かせる経験」
試合後には同期のMF森田大智が、早稲田大時代の同僚であるMF安斎颯馬とユニフォーム交換をした。渡邉は森田に「一緒にお願いしてみたら?」と言われ、長友とのユニフォーム交換を勧められたが、「同じピッチに立てただけで嬉しい」と欲張りはしなかった。
そんな謙虚な姿勢も、彼の魅力の一つだ。

ルーキーとして臨んだ昨季の百年構想リーグでは、開幕からメンバー外が続いた。それでも練習から腐らずに取り組み続けた結果、監督交代を機にスタメンへ抜擢。その後は定位置を明け渡すことなく、2シーズン目の今季は副キャプテンも託されている。
プロ入り後初のJ1クラブとの対戦は、0-6と大敗に終わった。渡邉は「悔しいという言葉が出てこないくらい、相手のレベルが全部上だった」と差を痛感しながらも、下を向いてはいない。

「俵積田選手に代わって本間(至恩)選手が入ってきたり、仲川選手に代わって長倉(幹樹)選手が入ってきたり…。名のある選手ばかりですごく楽しかった。試合は完敗だったし、何もできなかったけれど、めちゃくちゃ得るものがあった。今後に生かせる経験だと思う」
筆者とともに渡邉を取材したベテラン記者からは、大敗の中にも光明を見出す力強さに「湘南時代の遠藤航を思い出した」との声も聞かれた。日本代表のキャプテンまでのぼりつめた遠藤もまた、謙虚かつ前向きな人間性が評価されている。

渡邉はベガルタ仙台のジュニアユースからユースに昇格できず、神奈川大でもJクラブへの内定が決まるまでに時間がかかった。それでも土壇場でプロ入りをつかみ、百戦錬磨の小林監督から「あいつは上に行ける」と言われるまでになった。
大卒1年目で憧れの存在と巡り会えたのもまた、成長の糧となる。その背中を追うようにサイドを駆け上がり、右肩上がりの成長曲線を描いていく。
クラブ公式サイト
https://parceiro.co.jp/



















