有識者に聞く “信州=スポーツキングダム”への着想と手法

Jリーグクラブのスタッフなどを経験し、現在はスポーツを通じた地域課題の解決に取り組む宮城’亮’氏。スポーツが持つ社会的な価値を洗い出し、実際に地域おこしの事例を積み上げてきた。今回は3月4日(火)に松本市中央公民館Mウィングで行われる講演会に先立ってインタビューを実施。「信州をスポーツキングダムにするために」という観点から話を聞いた。
取材:大枝 令
協力:一般社団法人 松本青年会議所
PROFILE
宮城 ‘亮’(みやぎ・たすく)沖縄県出身。P’lus Nine株式会社 代表取締役「スポーツで地域課題を解決する。」をテーマに、JクラブやVリーグの設立・経営改善を手掛け、3年連続Jリーグホームタウン活動NO,1、クラブ初の1万人集客などを達成。自治体での取組みでは「スポーツ庁スポーツ健康優良自治体表彰」「生涯スポーツ優良団体文部科学大臣賞」「スポーツ振興賞/日本スポーツツーリズム推進機構会長賞」などを受賞。
ブラジル・サンパウロでの衝撃
クラブが一つの「村」を形成
――「スポーツを通じて地域課題を解決する」というテーマを掲げていらっしゃいますが、その根源となるスポーツの価値、社会におけるプレゼンスをどう発揮していくべきとお考えでしょうか?
15歳で初めてブラジルに行った時、街がサッカーを中心に動いていることにすごく感動しました。
当時はブラジルに対して「みんな裸足でサッカーをやっている貧しい国」というイメージを持っていたのですが、実際に訪れてみると、むしろスポーツ先進国だったんです。
特に印象的だったのが、サンパウロFCの育成システム。12〜18歳までの100人の子供たちを育成する施設に、なんと300人のスタッフがいるんです。
その施設内には映画館や教会まであり、まさに一つの村のような環境でした。「メッシのような選手が1人出たら、この予算は何とかなるんですね」と言ったら、サンパウロの方に叱られました。
というのも、サンパウロFCはもともと富裕層が多いクラブで、サッカーだけでなく一流の教育を提供することに重きを置いていました。実際、卒業生の多くはサッカー選手ではなく、政治家や企業のトップとして活躍しているそうです。
スポンサー収入も潤沢で、シーズン開始前にはほとんどのチケットが売り切れる。そうして育った人材が今度はスポーツを支援する側に回り、社会的な循環が生まれている。これは本当に素晴らしい仕組みだと感じました。

そして見る側にとっても、スポーツは単なる競技以上の力を持っています。たとえば日曜日に松本山雅FCが勝ったら「よし、今週も頑張ろう」という方が多くいらっしゃると思います。
それは個人のモチベーションだけでなく、みんなで取り組む街づくりにもつながっていくと思います。スポーツは「エモーショナル・タイ」、感情の結び付きを生みやすい。
何か課題に取り組むときに、アスリートやスポーツクラブを活用することで、より地域の皆さんを巻き込みやすくなるんです。
「スポーツ×他分野」の連携で
人口減少の自治体で課題を解決
――地域とクラブの関係について、具体的な事例があればお聞かせください。
FC岐阜時代の経験が非常に重要でした。当時の社長だった今西和男氏、現在の日本代表・森保一監督の恩師でもある方が創設した「地域貢献推進部」に配属されました。
そこで徹底的に叩き込まれたのが、「サッカークラブが何かしてもらうとか、応援に来てもらうのではなく、地域のために何ができるかを考えなさい」という考え方です。

たとえば、国などの補助金を活用してクラブの事業を行うこともありましたが、それは単にお金をもらうことが目的ではありません。
既存の資金の流れを活用して地域の人々を巻き込み、より大きな目的を達成するための手段。これは今でも私の活動の根幹となっている考え方です。
その後、宮崎県都農町での取り組みでも、この考え方が生きました。人口1万人の町に、Jリーグを目指すクラブを丸ごと移住させました。
当初は「キャンプを誘致できないか」というご相談でした。実際、宮崎県はプロ野球やJリーグなどさまざまなチームがキャンプ地としています。
ただ、都農町にはグラウンドがありましたが、芝や諸室の整備が必要。そのほかにも受け入れ体制を整えるのが簡単ではない状況でした。トップクラブのニーズに応じられる宿泊施設や、コーディネートする人材や手助けする役回りも必要です。
そうした条件整備のハードルが高かったのが一つ。それに、そもそも一時的なキャンプのために設備投資するより、恒常的にチームが活動する方が効果的ではないかと考えました。
その結果、3年で約150人の人口増加を実現できました。1万人の町での1.5%増は、かなりのインパクトがあったのではないかと思います。

単にサッカークラブを呼んで、選手やスタッフの人口が純増した…というだけではありません。副次的な波及効果が大切でした。
例えば町唯一の高校が廃校になってしまいました。高校がなくなると、電車が停まらなくなる、バスが来なくなる、アルバイトがいなくなってコンビニが閉店する、さらにはガソリンスタンドまで撤退する…。
そうした負の連鎖が生まれ始めていたところで、通信制高校のカリキュラムを使ってクラブのアカデミーを設置しました。そこに新しく若い選手たちが入ってきてくれました。
このほか宮崎では、アスリートの農業参画や空き家問題への取り組みなど、「スポーツ×〇〇」という形で他分野との連携を試みてきました。
地方移住や労働力不足の解決、さらには防災まで、スポーツを切り口にした取り組みの可能性は無限にあると感じています。
スタジアム/アリーナの立地
生活動線に組み込んで効果発揮を
――現在は九州を拠点に活動を続けていらっしゃいます。このほかにも具体的な取り組みについて、もう少し詳しくお聞かせください。
佐賀市でスポーツ政策アドバイザーを務めていますが、ここでの課題の一つが、スポーツを通じた地域の一体感の醸成です。
サッカー(J2リーグ)のサガン鳥栖、SAGA久光スプリングス(バレーSVリーグ女子)、佐賀バルーナーズ(バスケットB1リーグ)という3つのトップチームがありますが、それぞれの地域での認知度や受け入れられ方に違いがあります。

特に興味深いのが、サガン鳥栖と久光は(福岡県に近い)鳥栖市に本拠地があるため、佐賀市の人々からは「福岡のチーム」という認識で受け止められがちです。一方で佐賀市を本拠地とするバルーナーズは、徐々に地域に根付いてきています。
2023年に完成した新しいSAGAアリーナは、2024年の国民スポーツ大会(国スポ、旧国民体育大会)を機に建設されましたが、アクセス面などの課題もあります。
これは実は重要な示唆を含んでいて、スポーツ施設は単体で見ると立派でも、人々の生活動線の中に自然に組み込まれていないと、十分な効果を発揮できないんです。
今は国でも「スポーツ立国」を掲げ、長崎のスタジアムシティのような複合施設の建設を推進しています。
ただ、本当に重要なのは「人々の日常生活の中にスポーツがどう溶け込んでいくか」という視点だと思います。
アリーナとスタジアムの特性
工夫を凝らして「拡張性」獲得を
――バスケットやバレーボールの話題も出ました。アリーナ競技とスタジアム競技では、地域との関わり方に違いがありますか?
アリーナスポーツの最大の強みは、天候に左右されないこと。しかし、バレーボールやバスケットボールに関わる方々は、この利点を当たり前すぎて意識していない側面もあります。
あとは、アリーナの中と外での世界観の違いが大きいですね。サッカーの場合、良くも悪くもスタジアムからにぎわいが「はみ出て」います。
花火が上がったり、歓声が聞こえたりと、外にいる人にも雰囲気が伝わる。でもアリーナは、中に入らないと何が起きているか分かりにくい側面があります。

これを改善するには、例えば外でパブリックビューイングを実施したり、屋台を出店したりして、アリーナまでの動線に賑わいを作ることが重要です。
「チケットを買って入場する」というハードルを下げる工夫も必要でしょう。まずは外で雰囲気を味わってもらい、「中も見てみたい」という気持ちを育てていく。そういったステップアップの仕組みが必要だと考えています。
中学部活動の地域移行を一里塚に
スポーツの「受益者負担」定着を
――今回は3月4日に「中学部活動の地域移行」をテーマに掲げた講演会を行います。地域移行に関してはどのような考えをお持ちですか?
実は日本の中学生の約4割が、部活動に参加していないか、スポーツ以外の部活に所属しているというデータがあります。
これは非常に重要な数字です。スポーツは単なる勝敗だけでなく、成長過程における身体づくりや、長期的な健康維持の面でも重要な役割を果たします。
日本には総合型地域スポーツクラブという制度があり、政策として中学校区に1つ作ることを目標としていました。
もし3,600の中学校区すべてでクラブが運営されていれば、今回の部活動の地域移行もスムーズだったはず。しかし現実には、補助金が切れた途端に活動が停止してしまうケースが多かったです。

これからは「受益者負担」の考え方が重要になってきます。ただし、それは単に保護者から費用を徴収するということではありません。
補助金や協賛金を、その日の指導者の報酬だけでなく、会員を集めるための広告費や、将来の収益につながる資産投資に活用できる仕組みが必要です。
個人的にもクラブ経営サロンを運営していますが、学校の教員をしていた方で、スポーツ指導をしたくて退職された方など、志の高い方々が多く参加されています。
中学校の部活動は全国に約10万あると言われていますが、これをチャンスと捉え、新しいクラブを作っていける可能性は十分にあると考えています。

実は私自身、裕福な家庭環境ではありませんでした。小さい頃のクリスマスに、サンタさんから「もう少し待ってね」という手紙が靴下に入っていたことがあります。
親が当日に間に合わせようとしてくれたんですね。そのとき、その場をしのぐアイデアやウイットがあれば、笑って過ごせるんだということを学びました。
これは今の活動にも通じています。何もないところから価値を生み出す。既存の枠組みにとらわれず、新しい可能性を探る。そういった姿勢が、スポーツを通じた地域づくりには必要だと考えています。
「距離感」の近さが結び付きを生む
地域×スポーツの掛け算が見せる未来
――今後のスポーツと地域の関係性について、どのようなビジョンをお持ちですか?
一つ考えているのは、地域とスポーツの結び付きの重要性です。例えば長野出身の選手が佐賀で活躍するといった場合、それだけで親近感が生まれる。
日韓戦やブラジル対アルゼンチンとの試合でも同じことが言えます。スポーツを通じて「私たちはこの土地のものなんだ、仲間なんだ」という意識が自然と醸成されるんです。
国スポなどもその一例です。スポーツを通じて平和に競い合い、それぞれが帰属意識や仲間意識を感じる。
そこには競技としての面白さだけでなく、「自分のところで育った選手が活躍している」といった感情も加わります。そういった意味で、地域との距離感はとても重要です。
ブラジルのコリンチャンスを訪れた際の経験ですが、一般の食堂で選手たちが食事をしていて、サポーターから直接「この前の試合はなんだったんだ!」と文句を言われているシーンに出くわしました。
とてもブラジルらしい光景でしたが、それと同時に「この距離感は非常に大切だ」ということも感じました。
日本の場合、私もJリーグクラブの運営担当として、メディアやサポーターとの接触を制限する方向で動いてきました。
それはトラブル回避が目的でした。ただその後になって振り返ってみると、「もっと思いをぶつけ合える場所が必要だったのではないか」とも感じています。
言葉遣いや態度には気を付ける必要がありますが、ハレーションを恐れるあまり距離を取りすぎた結果、スポーツ離れや熱量の低下を招いてしまった面があります。
これからは、地域の人々とクラブやスポーツをもっと近付ける必要があります。たとえば、スポーツコンプレックスを建設する際も、単に施設を作るだけでなく、防災拠点としての機能を持たせたり、人々の日常的な行動範囲の中に自然に組み込まれるような工夫が必要でしょう。
私は沖縄の大学で経済学の修士を取得していますが、それは単にスポーツではなく、経済学や地域振興の視点からアプローチしたいと考えたからです。
さまざまなNPOや地域で活動する方々の事例を幅広く見てきました。その経験を生かし、これからもスポーツを通じた新しい価値創造に挑戦していきたいと考えています。

【参加無料】
2025年3月4日(火)19:00~
P’lus Nine株式会社 宮城’亮’様によるご講演:「地域移行とまちの活性化」