“普通”を貫く揺るがぬ矜持 守備職人・宮部大己が魂を緑に染めて刻んだ100試合

松本山雅FCで大卒5年目を迎えたDF宮部大己が、2025年10月5日の福島ユナイテッドFC戦でJ通算100試合出場を達成した。法政大学時代に長山一也監督(現松本山雅FCコーチ)に見い出され、プロの世界でも安定したパフォーマンスを発揮し続けてきた守備職人。節目の達成も「ただの数字なので気にしていない」と流すように、その根底には“普通”というキーワードがある。
文:大枝 史/編集:大枝 令
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1週間の準備が生む出色の安定感
どんな状況でも身体を動く状態に
コンディションを尋ねると、決まって「良くもなく、悪くもなく、普通」と答える。
その”普通”を維持することを宮部は大事にしている。
「攻撃の選手はたまにタッチが合わないとか、フィーリングが悪いとかあると思うけど、守備は身体が動くか動かないかだと思う」

1週間の準備でコンディションは決まる。だからこそ、身体が動く状況を作ることを怠らない。対応が遅れたり、1対1で勝てなかったりする状況は許されない。「守備の人間は怠っちゃいけない」という強い自覚がある。
一昨年からは自主練習で走り込みを続けている。ケガをした時に身体が戻らなかったことがきっかけだったが、「やめるタイミングがなくなっちゃった」と笑う。今では後輩も一緒に走るようになった。

対人能力は中学時代に培われたと振り返る。
「下半身が強いわけではないけど、当てるタイミングと予測」
それが宮部の武器だ。

“守備職人”と形容されるように、常に安定した守備を披露。「中では結構燃えているけど、冷静になろうとしている」と明かす。
失点をしたら引きずる。「すぐ切り替えられない」と率直に認める。
「それでも、頑張るしかない」
常に自分に矢印を向け、準備をする。例え、起用されなかったとしても。

PROFILE
宮部 大己(みやべ・たいき) 1998年10月16日生まれ、東京都出身。小学校からは横浜市で育つ。小学生時代はFC奈良でプレー、中学生時代はFC COJB Jrユースで対人技術を磨いた。法政二高から法政大を経て、2021年に松本山雅に加入。安定した守備で”守備職人”の異名をとるDF。センターバック、サイドバック、ウイングバックなどを柔軟にこなす。178cm、70kg。
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汗まみれでセレクションに参加
法政大で開花した守備の才覚
宮部と長山コーチの出会いは、法政大学のセレクションでの印象的なシーンから始まった。
「集合場所に汗びっしょり、制服がびしょびしょの子がいた。それが宮部だった」

長山コーチはそう振り返る。交通機関が遅延したため、ダッシュで4〜5kmを走って駆け付けたのだ。そしてセレクションでの対人の強さと一生懸命にプレーする姿勢は、すぐに目に留まった。
高校時代まではFWだった宮部だが、大学ではDFに転向。「守備の職人」としての道を歩み始める。「守備はきっちり真面目にやることが根底にあって、それが粘り強くやるとかに結び付く」。長山コーチはそう分析する。

その言葉通り、几帳面な性格と、地道なトレーニングの積み重ねが強さの源泉だ。
大学時代、1学年上のMF紺野和也(アビスパ福岡)と自主練習で1対1を繰り返す。クイックネスがある選手と常に対峙し、どうしたらスキルが向上するかを考え続けた。

「本当に賢い子で、何をすればいいかというところも含めて積み重ねて、どんどん成長していった」と長山コーチ。ベンチには常に置かれていた。相手に良い選手がいれば、封じる役割を全うした。
「計算ができる選手。僕も大学の時、『誰がこの選手を引っ張るかな』というのは見ていた。上でも絶対にできる選手だと思っていた」

恩師の期待に応えたのは松本山雅FC。江原俊行スカウトの目に留まって2021年、DF野々村鷹人と同期で加入した。
100試合の先に見据えるもの
中堅として、拠りどころとして
それから1試合ずつ、地道に積み重ねてきた。「良くも悪くも波がない。それがチームに安定感をもたらせる」と長山コーチ。とりわけ対人守備は十八番。自分の間合いに引き込むと、絡みつくようにボールを奪い取る。何度ピンチを救ってきたかわからない。

そして今季のJ3第30節、福島ユナイテッドFC戦でJ3リーグ通算100試合出場を達成した。加入5年目。生え抜きで期限付き移籍もなく、純粋に松本山雅だけで数字を積み上げた。
「今までの100試合を振り返ってみると楽しいこともうれしいこともあったけれど、『苦しい』『悔しい』の方が圧倒的に多い」。言葉通り、コロナ禍の2021年に加入して以降は苦難のシーズンが続いている。

そんな中でも印象に残っている試合として挙げたのは自身のプロ初ゴール。2021年8月9日、J2リーグ第24節のブラウブリッツ秋田戦だ。

ペナルティエリア外からミドルシュートをゴール左隅に突き刺した。「点を決めるような柄でもないし、打った瞬間に時が止まるような感覚。忘れられない思い出」。味方からの横パスを左足のダイレクトで沈めた一発は、特別な記憶として刻まれている。
今シーズンは背番号も16に変更した。中堅の年齢に差し掛かり、自覚や愛着も芽生えたからこそ。昨季限りでチームを去ったGK村山智彦に打診し、「16」を引き継いだ。

「自分がルーキーだった意識もまだあるけど、下の新卒を見ていると引っ張っていかなければいけない、支えにならなきゃいけないという責任も芽生えている」
ピッチ外では他の選手全員と絡むが、「親身に話を聞くタイプではない」と自認。それでも「苦しい時に寄り添ってあげられたら、拠りどころになれれば」と考える。

目標は明確だ。「早く上のリーグに上がりたい。個人的なものよりはチームで上がりたい気持ちの方が強い」。そのために、「苦しい状況にある選手を巻き込んで、プラスにする力を身に付けたい」と力を込める。
「試合に出られない時期とかメンバーに入れない時期は沈む。そこでのトレーニングの姿勢とかあり方は一番大事。プロとしての姿だと思う」

起用されなくても、万全の準備をする。仲間に寄り添って奮い立たせる。あるいは、背中を見せる。ブレることなく、揺るがぬ姿勢で。
それは連綿と続く「16」の系譜であり、宮部大己にとっての“普通”でもある。当たり前の営みを続けた先に、100試合の節目を通過したにすぎない。
