水戸のJ1昇格に貢献 AC長野・市原侑祐副社長が語る“プロヴィンチャの育て方”

水戸ホーリーホックが2025シーズン、激戦のJ2を制して初のJ1昇格を遂げた。親会社を持たない市民クラブが、J2最小の経営規模から飛躍的に成長。フロントとしてその一翼を担ったのが、現AC長野パルセイロ代表取締役の市原侑祐副社長だ。水戸での8年間の経験を経て、長野に何をもたらすのか――。長野との縁に導かれて新天地に赴いた市原副社長に、「プロヴィンチャ(地方クラブ)の育て方」について聞く。
文:田中 紘夢
――昨年5月に株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブに入社されましたが、その経緯を教えてください。
きっかけは一昨年7月、長野Uスタジアムで松本山雅FCとのダービーを視察したことです。その際に当時の長野市の松山大貴副市長とお会いして、スポーツを通した街づくりについてお伺いしました。2028年の国民スポーツ大会に向けてハード面の整備も進んでいて、関心を持ったことを覚えています。
その中で、AC長野パルセイロというクラブが危機的な状況にあって、「力を貸してほしい」というお話をいただきました。数カ月後にも長野市のスポーツ課の方々とお食事する機会があって、皆さんの「パルセイロをなんとかしたい」というクラブ愛を強く感じました。
あれだけ魅力的なサッカー専用スタジアムがあって、行政の方々も本当にクラブのことを想っている。もっと言えば、1998年に冬季オリンピックが開催されたことによって、スポーツのレガシーも残っています。
しかも私は、母親が長野市の若穂出身なんです。一昨年8月に母方の祖母が亡くなったときにも、長野に来ていました。その年は1月にも父親を亡くして、自分のルーツや生い立ちを考えさせられるきっかけになりました。
そのタイミングでAC長野パルセイロからお話をいただいて、スピリチュアルな性格ではないですが、何か運命的なものを感じました。当時は水戸ホーリーホックの取締役事業執行役員として働いていましたが、クラブにも「長野でチャレンジしたい」という思いを伝えました。
そこから5月に統括管理部長として入社して、8月の取締役会で取締役副社長に選任されて今に至ります。

――水戸でも8年間を過ごし、相応の思い入れはあったと思います。それを上回るほどのシンパシーを長野に感じたのでしょうか?
おっしゃる通りです。長野市からのお誘いと、母親の地元であることの2つが重なりましたが、そのどちらかでも欠けていたら決断できなかったと思います。
水戸では2018年から営業担当としてスタートして、最終的には取締役事業執行役員になりました。そのまま水戸で挑戦し続ける選択肢もありましたが、どこか環境に甘えてしまうような気もしたんです。
性格的にも肩書きや地位にこだわりはなかったし、水戸で実現できたことがほかのクラブでも通用するのか。そう考える中で長野との縁に恵まれました。
――水戸に入社した際も、クラブは存続に向けて危機的状況にあったと思います。
長野は現時点では経営基盤の脆弱さはあるものの、圧倒的な可能性を感じますし、ポテンシャルはすごくあると思っています。
長野市をはじめ、ホームタウン16市町村のスポーツに対する理解度はすごく高くて、ハード面の整備も進んでいます。私がいた茨城県に比べても、協力体制が整っています。
ただ、水戸に入社した時と同じ匂いもします。私が入社する前年(2017年)の収入は5億円台で、J3長野の7億円台よりも低かったんです。そこからなぜJ1まで上がれたかと言われれば、もちろんチームの努力もありながら、フロントが「稼ぐ体質」を作れたこと要因の一つです。
フロントが稼いだお金が、チームの強化に回っていく。逆に言えば我々が稼がなければ、チームは強くならない。そうやって内側に矢印を向けて、営業部を中心に基準を高めていく中で、ここ数年はスポンサー収入が右肩上がりに増えました。それが今年のJ1昇格にも繋がったと思います。
長野も端的に言えば、稼げるクラブにならないといけません。まずはフロントが強くなって、スポンサー収入をいかに増やしていけるか。それがチームのJ2昇格にも繋がると思っています。

――水戸では株式会社アトラエと提携し、働く人のエンゲージメント(自主的貢献意欲)を高める取り組みもされていました。そういった外部企業の力を借りることも考えていますか?
正直に言うと、まだ外部の力を借りてまで改革できる状況にはありません。昨年にJ2クラブライセンスが停止条件付の交付となって、財務管理は厳しく見られています。それが今年も残っていましたし、まずはクラブライセンスを取らないことには、Jリーグにもいられなくなってしまいます。
今年はそういう状況をクリアしないといけなかったので、本格的に改革を推進するのは来年からになりますが、個人としてできることはやりました。5月に就任してから地域に赴いて、名刺を600枚は渡しました。チームがJ3で残留争いに陥る中でも、クラブとして「変わっていくんだ」という姿勢を見せたかったところはあります。
チームが苦しい時ほど、フロントが支えないといけない。逆にチームが好調な時は、フロントがそれに引っ張られることもあります。今年はなかなか成績が上向かなかったですが、我々フロントが「チームが苦しいので…」と言っていたら、何も変わりません。
私が水戸から来たことや、クラブを変えていこうとしていることなど、とにかく会う人に話をしてきました。おかげさまでいろんな人に顔と名前を覚えていただいて、期待は大きくなっていると思うので、それに応えていかないといけません。
――実際にはどのような業務を行っているのでしょうか?
大きくは2つあって、クラブの内側と外側へのアプローチです。
内側で改善しなければいけないのは、この会社は組織内に基準がないということです。それはなぜかと考えると、ここ数年で社長が毎年のように変わっていることもあると思います。
人が変わるごとに組織としての判断基準も変わって、社員が「これはやっていいのか」「やってはいけないのか」と混乱している印象を受けました。まずは一人ひとりと向き合って、判断基準が明確で動きやすい風土を作らないといけません。
外側に対しては先ほども話したように、まずは地域に赴くことです。その真意としては、地域との関係性を築くこともそうですが、新規のパートナー企業を獲得すること。あるいは既存のパートナー企業に寄り添って、増額に繋げること。この2軸に注力してきました。
水戸でやっていたことが、そのまま長野でうまくいくとは思っていません。「水戸がJ1に昇格できたんだから、長野もJ2に昇格できる」とはならないですが、社内であっても社外であっても、人と真摯に向き合うことはできると思います。
どんなに水戸での成功事例があったとしても、私が長野で受け入れてもらわないことには、「水戸だからできたんでしょ」と言われてしまいます。「市原さんが来て変わった」と思ってもらうためにも、まずは私自身が受け入れてもらわないといけません。
このクラブには35年の歴史があります。それはパートナー企業や行政をはじめ、多くの方々が紡いできたものです。そういう方々に自分が心を開いて、受け入れてもらえるような姿勢を根底に持ち続けたいと考えています。

――クラブを改革する上では、現場とのコミュニケーションも重要になると思います。今年から現場とフロントで事務所が分かれましたが、どのように工夫されていますか?
去年までは千曲川リバーフロントスポーツガーデンで一つにまとまってはいたものの、規模的な難しさがありました。そこで大橋南にフロントの事務所を設けましたが、どうしても現場との物理的なコミュニケーションロスが発生する中で、クラブとして工夫しないといけないところはあります。
強化責任者の西山哲平スポーツダイレクター(SD)は、フロントの会議にオンラインでもオフラインでも参加します。現場とフロントで方向性が乖離することはなく、しっかりと目線を合わせています。
そこの距離が離れてしまうと、「チームが悪いから」「フロントが悪いから」となってしまいます。水戸でも強化責任者の西村卓朗ゼネラルマネージャー(GM※2025シーズンで退任)と常に膝を突き合わせてきて、その結果として生まれたのが「Make Value Project」でした。
――選手の商品価値を高めるための人材育成プログラムですね。
そういう取り組みは、長野でも間違いなくやっていきます。プレーヤーとしての価値はチームに作ってもらうものですが、社会的価値はフロントからも上げられると思っています。
長野県には民放テレビ局が4局あって、応援番組もあります。社会に取り上げていただける機会が多く、茨城県と比べてもかなり恵まれていますが、それをクラブとして生かしきれていないのが現状です。
クラブの取り組み方次第で、選手の社会的価値は高められます。もしその選手が長野を離れたとしても、「長野から来た選手はメディア対応がうまいよね」「オフ・ザ・ピッチの行動が素晴らしいよね」と思ってもらえれば、それがチームの新たなリクルートにも繋がります。
長野に選手を預けると、プレーヤーとしても社会人としても価値を高めてくれる。育成年代の指導者や代理人にそう思ってもらいたいし、選手にも加入前からそういうマインドで来てもらいたい。そんな好循環を作っていくために、フロントからも話ができればと思っています。
これだけメディアに恵まれたクラブは、なかなかないと思うんです。アウェイも含めて毎試合取材してくださる番記者さんがいて、民法各局でも年間1試合ずつの中継があります。それを生かさない手はないし、取り上げてもらえなくなったら終わりだと思っています。
情報発信の手段がクラブのSNSなど、オウンドメディアだけになってしまうと、もともと興味のある人にしか届かなくなります。こうして取り上げていただけることのありがたみは、チームもそうですが、我々社員も感じ取らないといけません。

――長野県のメディアは他県に比べてもスポーツ熱が高く、ぜひ情報発信の一助として生かしていただきたいです。
そうですね。今年は難しい1年でしたが、少しでもポジティブな発信をしていただける状況を作れればと思っています。
ポジティブに仕掛けていることで言えば、在京企業へのアプローチは本格的に進めています。このクラブは地域に支えられて育ってきた半面、地域に依存しすぎた部分もあります。良くも悪くも成長が鈍化して、支援や応援に疲れている方もいらっしゃると思います。
お金が決してないわけではないですが、昇格をした後も戦い抜くためには、クラブの幹を太くしないといけないです。そのためにはさらなる資本力、経営力が必要で、県外企業の力も借りる必要があります。そんな動きを近い未来に発表できると思います。
在京企業でも長野県出身の方が経営されていたり、長野県に拠点を移そうとしている会社はたくさんあります。そこにほとんどアプローチしてこなかった過去があるので、まずは出ていくこと。拠点を変えるというわけではなく、自分たちから出稼ぎにいくことが大事だと思います。
水戸が大きくなった要因もそこにあります。私が着任したときにも、水戸が発祥の在京企業にアプローチしました。過去に断られたことから関係性が滞っていましたが、真摯に向き合えば見方は変わりました。
それは長野も同じで、どれだけこのクラブに可能性があるかを伝えられれば、県内外を問わず新規のパートナーを増やせると思います。
――クラブとしてさまざまな取り組みを行う中で、企業の透明性も問われてくると思います。昨年はクラブ創立35周年、レディースチーム創立25周年を記念した「3525周年プロジェクト」と、集客目標の進捗を可視化する「集客メーター」を取り入れましたが、どちらもシーズン中に頓挫しました。
一度決めたことが疎かになってしまう理由は、2つあると思っています。
1つ目は、業務のボリュームの多さです。WEリーグに所属しているレディースチームも抱えている以上、社員の仕事量はなんとかコントロールしないといけません。いろんなことが漏れてしまう中で、取捨選択もそうですし、そういう判断は私にも課せられていると思います。
2つ目は、外部への依存度の高さです。外部に委託したものに対して、「それは外がやることでしょ」と他責にするのではなく、自社のコンテンツとして責任を取らないといけません。できないものはできないと言うべきだし、やると決めた以上はクラブが主導すべきだと思います。
営業に関しても、広告代理店に依存している部分は大きいです。それが悪いわけではなく、グッズ制作やチケット販売などの主要な業務を委ねている中で、クラブが主導権を持っているか。自分たちでしっかりと物事を決めて、決めたことはやり抜く。取捨選択と優先順位の判断が必要になってくると思います。
私自身は水戸での8年間で、物事の間に入って最適解を見い出すことに取り組んできました。クラブと行政、クラブとパートナー、クラブとファン・サポーター…。重たい話ほど自分が前に出ていって、解決に向かっていけるようにしたいです。

――フロントがクラブを先導していけば、おのずとチームの成績にも反映されるかもしれません。
フロントの仕事とチームの成績は、見えない糸で繋がっていると思っています。これは記憶の限りだと私が思いついた言葉ですが、水戸のときもすごく大事にしていて、クラブスタッフや強化部も使ってくれていました。
クラブが稼いだお金が、強化費に回る。選手をメディアに露出して、社会的価値を上げる。そういうフロントの仕事ぶりが、チームの成績にも繋がると信じています。その年の予算はもう決まっているので、すぐに結果に反映するのは難しいですが、翌年以降のチームに跳ね返ってくると思います。
どうしてもプロサッカークラブで働いている以上、その試合、その年で結果を判断しがちです。他責にするつもりはないですが、今の結果というのは、いつからかフロントとチームの両輪がかみあわなくなったクラブのあり方が反映されているのだと思います。
今を起点にして、まずはフロントから変われるか。過去のやり方にしがみつくのではなく、うまく継承しながらアレンジしていく。そういう考え方にシフトして、フロントがチームを牽引できるような組織になりたいと思います。
――チームは苦しい状況ですが、それを支え続けてくれるサポーターもいます。
こういう成績でもホームの平均観客動員数は4,373人で、リーグ7位を記録しています。
もちろんスタジアムの見やすさだったり、屋根があって天候に左右されなかったり、ハード面の素晴らしさは言うまでもありませんが、それでも来ていただいているサポーターの皆さんに甘えてはいけません。
その数を増やせるかどうかは自分たち次第です。繰り返しにはなりますが、チームの成績の良し悪しをフロントが言い訳にしてはいけなくて、クラブとして積み上げてきた結果が今だと思います。
まずは今来ていただいているサポーターの皆さんに対して、どうしたらもっとスタジアムで楽しんでもらえるか。競技以外の面でも満足度を高くできるかどうかは、我々の仕事ぶりにかかっていると思います。
予算が限られる中でも創意工夫しながら、稼げる力をつけていけるか。水戸がJ1に昇格できた理由も、そこにあると思っています。着任当初は長野よりも低い売り上げでしたが、そこから7年をかけて倍増して、昇格にふさわしいクラブに近づいていきました。
営業にしても、ホームタウン活動にしても、広報にしても、チケット販売にしても、「しっかり稼げるクラブになろう」という基準のもとで改革していきました。それを長野にどう還元できるかと言われたら、同じように進められる部分も間違いなくあります。
特に営業に関しては、在京企業も含めてアプローチして、スポンサー収入を増やしていくこと。やはり稼げるようになることが一丁目一番地です。そのために覚悟を持ってきたので、働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいりたいと思います。

クラブ公式サイト
https://parceiro.co.jp/
長野県フットボールマガジン Nマガ
https://www6.targma.jp/n-maga/
















