「最後かもしれない」 キャプテン菊井悠介は“緑の系譜”に連なる最終節へ

このままでは終われない――。松本山雅FCのキャプテン菊井悠介は、もどかしさを力に変えて最終節に臨む。2025年10月5日に右大腿二頭筋損傷。やや長引いて7週間後から実戦復帰を果たした。完全に回復したわけではないものの、ラストゲームは譲れない。22年に流通経済大から加入して、在籍4年目。J3での苦闘と歩みをともにしてきたアタッカーは、松本山雅の系譜をピッチで表現する決意だ。

文:大枝 令

負傷離脱中に募らせたもどかしさ
本音は「胸ぐらをつかんででも」

本音を言えば――。

菊井悠介はそう前置きをして、切り出した。

いつもそうだった。ハレーションを恐れずに、率直な言葉を紡ぐ。それはキャプテンであろうとなかろうと、この4年間変わらなかった。

尋ねたのは、ケガで離脱中の思い。見守るしかないもどかしさを抱えながら、連敗の沼に沈んでJ2昇格の水準に遠く満たなかったチームの戦いぶりについてだ。

「本音を言えば、胸ぐらをつかんででもやらせたかった。『山雅らしさ』という言葉を口にしてほしくない選手もいっぱいいた。基準に値しない選手が試合に出ていて、結果負けた」

「自分が4年間、特にこのクラブを長く築いてきた先輩方に教わったことが、自分がキャプテンとして全然浸透させられていなかった…というのをピッチを離れてから気付いた」

繰り返されるイージーな失点。単発のプレス、遅い切り替え。やすやすと危険なエリアを明け渡し、主にクロスから似たような形でゴールを割られ続けた。失点するとあからさまに気落ちしてチグハグに。今季一度も逆転勝ちはない。

前節のザスパ群馬戦も同様。開始16分までに2失点を許すと、追い付いた後半に4失点と大崩れした。画面越しに見ていた菊井は業を煮やしたが、何も言うことはなかった。その権利がない――と自覚しているからだ。

「ピッチに立っていない選手に言われるのがどれくらい腹立つことかというのは、僕もプレーしていたのでその気持ちはわかる。だから、何も言わなかった」

オフ明けの25日、全体練習に復帰。もちろんまだ、完調ではない。それでもシーズンは残り1試合。間に合わせるためにリハビリをしてきた成果を、どうしてもピッチで示したい。そんな思いが、菊井を衝き動かした。ピッチに戻れば、発言もする。

「今週から練習に復帰して、まず始めにそういうところは特に試合に出ている選手には強く言うようにした。それがないと『山雅らしさ』どうこうの以前に勝てないと思う」

苦境こそ浮上する「山雅らしさ」
体現する2人が不在となった今季

さて、「山雅らしさ」とは何か。低迷期の始め、2020〜21年頃にも、同様の言葉が浮上して議論を呼んだ。今回は早川知伸監督がそのワードを使用したことが引き金となり、再びアイデンティティの確認が行われることとなった。

今回の用法としては狭義のピッチ内でのサッカースタイルについて使われており、それは2012〜19年のJ2〜J1時代に反町康治監督(現清水エスパルスGM)が練り上げてきたものとイコールだ。

走る。戦う。
最後まで諦めない。
ハードワークする。

字面で書けば特段の不思議もないが、徹底するにはシビアな練習を日々積み重ねなければ成り立たない。甘い日々を送って試合本番だけで出せるほど簡単なものではない。

それを、日々指摘し続けてきたかどうか。

菊井が加入したのは2022年。松本山雅がJ2からJ3に降格して1年目、名波浩監督が率いていた時期だ。自身は反町監督時代を知らないが、その影響を色濃く受け継いだ緑の系譜に刺激を受けてきた。

GK村山智彦(2013〜15年と17〜24年に在籍、現房総ローヴァーズ木更津FC)と、DF橋内優也(2017〜24年に在籍、現松本山雅FCユースアカデミーロールモデルコーチ)だ。

菊井が振り返る。

「ハシくんだったりムラくんだったり喜山康平さん(ギラヴァンツ北九州)だったり、どの局面においても最後まで戦うことを2022年から僕は求められていた。最初から僕も山雅っぽかったかと言われると絶対そんなことはないと思う。でもすぐ山雅らしさを身につけて、より成長して一つ二つと皮がむけたイメージ」

「ソリさんがいた時のことを『山雅らしさ』というのであれば、僕は実際に体験した選手ではない。でもそういう先輩方がピッチでできていない選手に怒鳴っていたのを横で見ていた。それを『自分も怒られている』と思いながら、特に1年目2年目はプレーしていた」

そうなのだ。
反町監督が去って以降、彼ら一時代を知るベテラン勢の叱咤によって自浄作用がある程度は働いていた。

指導陣が何も言わずとも、手を抜いたりタスクを遂行しない選手には後方から容赦なく憤怒の言葉が飛んでくる。菊井が言う通り、それは言われた張本人だけでなく背筋が伸びるものだ。自然と、練習から雰囲気は張り詰める。

「ボールを最後まで追えない選手がいたら怒鳴り散らしている2人を見てきた。戦えない選手がいたらハーフタイムに怒鳴り散らしている2人を見てきた。気持ちがないプレーが一つでもあると怒鳴り散らしている2人を見てきた」

しかし、礎石となる2人は今季、同時にチームを去った。「自分もそうあるべき立場だけど、あの2人が抜けてそれがやっぱり浸透し切っていなかったな…というところが、自分のキャプテン力のなさというか、人間力のなさ。すごく今、痛感している」と菊井。目指すべき背中は、思った以上に遠かった。

それでも“緑のDNA”は深く刻まれ
最高最強のサポーターに恩返しを

ただ、そんな菊井にも一つだけ誇れることがある。

「自分はそういう山雅らしさというか、山雅スピリットみたいなものを忘れた試合は1試合もない。それはハシくんやムラくんだったり、今までこの山雅を築いてきた人たちに約束できる」

だからこそ、試合を重ねるごとに瓦解していくチームを外から見守るのは耐えられなかった。さりとて口を出す権利も有さず、もどかしさだけを募らせる日々が続いていた。

それを、最終節で少しでも晴らしたい。そして、サポーターにせめてもの恩返しをしたい――。菊井の行動原理は極めてシンプルで、そこにしかない。そもそも、これが松本山雅のユニフォームを着て戦う最後の試合になる可能性もある。

「この先の未来のことは僕自身もどうなるかわかっていないけれど、もしかしたら自分の中でこのクラブの最後のゲームになるのかもしれない…と思っている。こればかりは僕自身だけが決める問題ではないと思う」

「その中で4年間、本当にどんな時も応援してくれた。個人的にもなかなかチームの役に立てていないと思う時期もあった中で、それでも日本一最高で最強なサポーターが常に僕の背中にいてくれた」

「そういう人たちに自分のプレーを見てもらって、僕がボールを持ったときにワクワクしてもらえるようなプレーを見せることが、自分が試合に出る意義だと思う」

不退転の決意を込めて臨む最終節、迎える相手はギラヴァンツ北九州。MF喜山だけでなくFW永井龍、そして現役引退を発表したMF町田也真人など、「ソリさん時代」の申し子が乗り込んでくる。しかもJ2昇格プレーオフ進出を懸け、クラブの命運を背負ってだ。

対する松本山雅には、菊井悠介には何ができるか。彼らから受け継ぎ、今や先細ってしまった緑の系譜をピッチで体現し、意地の勝利をつかむことだけが全てだ。


11/29(土)松本山雅FC vs ギラヴァンツ北九州 ホームゲーム情報
https://www.yamaga-fc.com/archives/516755

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