“石﨑サッカーの伝道師”白井達也 「ブレない基準」を好んでJ3松本山雅で戦う

「イシさんをもう一度、漢にする」。強い決意を秘めて、DF白井達也は松本山雅FCにやってきた。昨季はヴァンラーレ八戸で石﨑信弘監督に師事し、全38試合フル出場でJ2昇格の立役者に。しかしJ2でプレーするのではなく、J3松本山雅での共闘を選んだ。それほどまでに私淑する理由はどこにあるのか――。
文:大枝 令
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石﨑監督を慕うセンターバック
「基準がブレない」「理論的」
「ワシが呼んだわけじゃないからね。よく『いろんな選手がついてくる』と言われるけれど、勝手についてきただけ」
2025年12月24日。石﨑信弘新監督の就任会見が終わった後の囲み取材で、新指揮官は冗談交じりに内幕を明かした。「せっかくJ2に上がったのに、何を言っているんだと思った」。おそらくその感覚は、サッカー界に長く身を置かずとも一般的なものだろう。

しかし、白井達也はJ3松本を能動的にチョイス。石﨑監督を慕う理由は「本当に、ハッキリしている。僕にとってはそれに尽きる」のだという。
「基準がハッキリしているし、チャレンジする姿勢とかを評価してくれる人なのでわかりやすい。逆に基準に達していない、頑張れないヤツは出られない。そういう部分が、今まで僕が学んできた生き方に合う」
基準――。現場の最高責任者である監督は、不断の「ジャッジ」が求められる存在。その基準がズレたりブレたりすると、マネジメントに大きく響く。やがて求心力を失い、チームのベクトルは四散しがち。結果が出ていなければ、それもなおさらだ。

長いシーズンは山あり谷あり。ケガ人が続発したり黒星が込んだりするとなおのこと、短期的なロジックに流されて基準が下ブレしやすい。2020年以降の松本山雅は、そうした苦い経験を何度となく繰り返してきた。
しかし海千山千のベテラン指揮官にとっては、基準を厳密に遵守することが当然。だからこそJリーグ歴代最多の858試合指揮という金字塔を打ち立て、今なお新たにそれを塗り替えようとしている。

実際に白井も「年間通して基準がブレない人をあまり見たことがなかった。本当にブレないのは、やっぱり経験なんだと思う。そういう空気を作り出すのもうまい」と力を込める。
「話すことも石﨑監督は余計なことを言わず、簡潔にわかりやすく教えてくれる。根性論のように見えてものすごく理論的。そういうところも含めて好きで、『ここがちょっとイヤだな…』みたいな部分がない」
白井はそうも語り、「(石﨑監督のことが)大好き」と白い歯を見せる。
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不退転の昨季に転機となる成果
瀬戸際からはい上がって山雅へ
そうした環境下で過ごした昨季は、人生の転機となり得る大きなシーズンだった。
「僕も最初は石﨑監督の求めるレベルに全然達していなくて、もう課題しかなかった。その中で、なんとか食らい付いて試合で使ってもらえた。本当にチームがうまくいっていたし、その中で僕も使ってもらっていた。自分のキャリアの中で一番うまくいった1年間だった」

そもそも2022年のSC相模原と24年のFC今治で、2回の契約満了を経験。合同トライアウトにも出場した。25シーズンの八戸は、自身のキャリアにとっても「ラストチャンス」の位置付け。瀬戸際に立たされていた。
「家族を守っていかないといけない中で、ちょっと無理を言って『ラスト1年、やらせてもらいたい』と。本当にラストチャンスだという覚悟で八戸に行った。そういう中でシーズンがうまくいって、ターニングポイントになった」

不退転のシーズン。開幕からスタメンに抜擢されると、そのままピッチに立ち続けた。GK大西勝俉、FW澤上竜二とともに、全試合に先発フル出場。チームは2位で初のJ2昇格を果たし、自身は日本プロサッカー選手会(JPFA)のJ3ベストイレブン&鉄人賞に選ばれた。
DF出身の石﨑監督には、クロス対応の際の身体の向きや足の運び方など、子細にわたって手ほどきを受ける。それ以外にもロングボール対応などを一からたたき込まれた。「石﨑監督にもう一回鍛え直してもらって、1年間でちょっと良くなった」と振り返る。

その成功体験を、今度は松本で再現する。29人の中で唯一、石﨑監督と共闘した経歴の持ち主。“伝道師”としての役割も自任し、決意を口にする。
「石﨑監督の去年のやり方がわかる選手は自分しかいない。言っていることがちゃんと浸透するための仲介役になれるよう、自分なりに工夫をしながらコミュニケーションを取っている」
新たな環境には徐々に適応
「マレットゴルフ部」も結成
実際に1月25日に行った栃木シティFCとのトレーニングマッチでも、その効果が見られた。3バック右で起用されると、右ウイングバックのDF佐相壱明に声をかけて前に押し出す。チームは佐相が起点となってゴールを挙げ、一時逆転に成功した。
佐相も「八戸でイシさん(石﨑監督)と一緒にやっていたタツくん(白井)が、『行っていい』『今は行くな』とどんどん声をかけてくれたので、やりやすかった」と明かす。この2人は相模原時代の2022年以来となるタッグでもあった。

新天地で、もともと知っていた選手は多くない。DF小田逸稀やFW加藤拓己のようにたちまち周囲と打ち解けるタイプでもない。自身も「性格的にガンガンいけるタイプではないけれど、サッカーをやれば勝手に距離が縮まってくれていると思う」と話す。
佐相やMF大橋尚志、MF深澤佑太、DF松村厳、FW田中想来とともに「マレットゴルフ部」を結成。松本市近隣のコースでレクリエーションを楽しむなど、信州ならではの楽しみも新たに見い出した。

そもそも松本山雅を選んだのは、石﨑監督の存在だけが決め手ではない。中学時代まで過ごした横浜F・マリノスのアカデミー時代に松田直樹さんの縁を通じて松本山雅を知り、長じてからはスタジアムの熱気に憧憬を強めていた。
「アウェイで対戦した時は、自分が応援されていると思い込むようにしている。(サンプロ)アルウィンでの試合は高ぶるのですごく楽しみだった。のまれるのではなく、逆にそれでいいプレーができていたので、あの応援の中でプレーできるのが本当に楽しみ」

恩師を追ってきた。
松本山雅を中学時代に知った。
スタジアムの熱に憧れた――。
戦う理由を挙げればきりがない。今年で29歳になるファイター・白井達也。その身体を精いっぱい躍動させ、このクラブとともに未来を切り開く。
















