信州ダービー直前企画(後)力吹き込む“常夏の11” 松本山雅・片山真人さん

「どんな時でも俺たちはここにいる」――。松本山雅FCにはそんなチャント(応援歌)がある。その歌詞を体現しているのが、プロモーション担当・片山真人さんだ。「ガチャ」の愛称で親しまれた背番号11の元ストライカー。関西弁の陽気なキャラクターで露出も多い。低迷期にもポジティブさを失わないキャラクターは、一周回って貴重な存在。3月16日の信州ダービーを前に、改めてその人物像にスポットを当てる。

文:大枝 令

生来の陽気な関西弁キャラクター
数々の「ご指導ご鞭撻」経て洗練

立て板に水。とにかく、よくしゃべる。
取材音源をテキストに起こす際も、この人のファイル再生時だけは音量を下げる。

“ガチャによる福音書”にはおそらく、「初めに言葉があった」と書かれているだろう。

年を経て松本山雅が下降線をたどっても、その陽気さは衰えることがない。底抜けのポジティブ。むしろ、暗澹たる気分を払拭してくれたことさえある。

実は、唯一無二の存在ではないか――。

徐々にそう思わされ始めた。

©︎松本山雅FC

「少しでもポジティブの積み重ねをしたい――というのが自分の中にある。どんなに悪い試合でもポジティブなところは絶対に一つはあると思うので、全部が全部悪いわけじゃないと発信するようにしている」

2007年と11〜12年に松本山雅でプレーした、かつてのストライカー。試合を見れば思うところも当然ある。

飲み込んで、消化して、空回りしないさじ加減で前向きな言葉を紡ぐ。選手やスタッフ、クラブに見られることも前提。伝わり方には配慮しながら、ギリギリのラインを狙う。

©︎松本山雅FC

「一応半分はクラブの人間で、自分の発言が山雅の発言とイコールに受け取られかねない。ただ、だからと言って自分の色を失いたくはない。グレーゾーンを突いて、怒られて『自分が悪い』と思ったら謝る。『悪くない』と思ったらとことん議論する」

2013年以降のセカンドキャリア初期は頻繁に「怒られ」が発生していたというが、徐々に周りの言葉を受け入れながら洗練させていった。「1時間でも2時間でも、みんなが心配するくらい議論してきた」と振り返る。

©︎松本山雅FC

PROFILE
片山 真人(かたやま・まさと)1984年4月19日生まれ、大阪府出身。ガンバ大阪のジュニアユースとユースで育った。当時は年代別日本代表も経験し、JユースカップのMVPと得点王。その後は近畿大に進み、関西学生リーグ1部で活躍した。卒業後の2007年、当時北信越リーグ1部だった松本山雅FCへ。その後はFC岐阜、水戸ホーリーホックを経て2011年に再び松本山雅に加入した。J2初年度の2012年に引退。クラブの外部プロモーション担当としてMCなどを務める。

それだけのエネルギーを注ぎ込む原動力は、やはり愛着。「松本山雅というクラブが好きだから。松本山雅を全国区にしたいし、良くしたい。上のカテゴリーに引き上げて、違う景色をこのチームで見たい」

2007年に大卒ルーキーで加入
鮮烈な体験の数々が愛着を生む

なぜそれほどまでに思い入れを持つのか。

その根源をたどると、2007年の体験が大きかったという。もともとガンバ大阪のアカデミーで育ち、近畿大でプレー。その後、当時クラブの選手獲得に携わっていた人物の熱烈なオファーを受けた。

サッカー専用スタジアムがある。
地域リーグなのにお客さんがたくさん入る。
Jリーグを目指している。

そんな誘い文句に乗った。

「プロになりたかったし、それだけ盛り上がっているならチャンスだと。それと、誰も自分のことを知らない松本に行ったら面白いかなとも思った。やれる自信はあった」

©︎松本山雅FC

2007年、北信越リーグ1部。松本山雅は10勝1分3敗(勝ち点31)の得失点差で優勝し、全国地域リーグ決勝大会に進んだシーズンだった。

「それまではエリートでお山の大将だったけれど、働きながらサッカーをしている中で職場の人が来て応援してくれたし、(当時の選手が頻繁に通う)丸山食堂でもよくしてもらった。すごく温かく、一緒に戦ってくれた。そういうことが積み重なって特別な一年になった」

ただし、終わり方に悔いが残った。地域リーグ決勝大会のグループリーグ最終戦、FC Mi-OびわこKusatsu(現レイラック滋賀FC)との全勝対決。0-2で敗れ、その年のJFL昇格を逃した。

「最後は自分のせいで負けた。とことん(シュートを)外した。インタビューで『来年は絶対に取り返します』と言った」

――はずだったが、FC岐阜からのオファーを受けてJ2へ個人昇格。当時は「めちゃくちゃ迷った」と発言していたものの、実は移籍を即決していたという。

「自分が外して負けた…というのは引っかかる部分だったけど、Jリーグに行くために山雅に来た。オファーが来たということは、1年間が認められたということ。迷わずすぐに決めた」

ただ、これも運命のいたずらのような巡り合わせだった。シーズン終了後、クラブとの契約交渉。「月に1,000円でもいいから上げてほしい」と主張し、同意を得た。

しかし、いざ書類に押印する段階になって、印鑑の持参を忘れていたことに気付いたのだという。「じゃあ明日、(印鑑を)持ってきます」と言って家路につく途中で、FC岐阜から連絡が入った。

「あの時にハンコを忘れていなかったら、この話はそもそもなかった。これも何かの巡り合わせかと思った」

そうした経緯での移籍だったからこそ、山雅に対する後ろ髪も多めに残していた。

「絶対にどこかのタイミングで戻って、もう一度山雅でちゃんとプレーをしなきゃいけないと思っていた」。それが2011年、JFLからJ2昇格を果たした年だった。

東日本大震災に伴うイレギュラーな日程。
元日本代表DF松田直樹さんの加入と急逝。
終盤戦での奇跡的な連勝、天皇杯の劇的な勝ち上がり。
そしてJ2昇格。

「サポーターも一緒に戦っている感覚がすごく好きになった。クビになったらフロントに入って、違う形で山雅と成長していきたい――という話もしていた」

引退後はMCとして馴染みの存在
ポジティブさを失った経験も

J2初年度の2012年限りで現役を引退。以降は山雅にまつわるイベントのMCを多く務める。新体制発表会、キックオフイベント、パブリックビューイング(PV)、トークショー。話す仕事、盛り上げる仕事ならなんでもござれ。空間をともにする人々に、常に前向きな力を吹き込んできた。

©︎松本山雅FC

その中でも、言葉に窮した経験が一度だけあるという。2022年J3リーグ第33節、テゲバジャーロ宮崎戦。J2昇格に向けた土壇場のアウェイ戦で、PVの会場MCを務めていた時のことだ。

「勝つしかないですよ!」
「この選手たちは絶対にやってくれる!」
「選手を信じましょう!」

そんなあおり文句で、約100人の会場を盛り上げていた。

試合はFWルカオのクロスにMF菊井悠介が合わせて先制。しかしその後は守備が崩れる。3失点した後の82分に一発退場者が出て、さらに直情的なラフプレーも続いた。

1-4の大敗。実質的にJ2復帰が消滅しただけでなく、目を背けたくなるほど荒れた内容だった。

PV会場では、途中から子ども連れの家族が2〜3組、その場を後にしていた。「こんな試合は子どもたちには見せられない」という言葉を残して。無言で帰る人もいた。

「悲しかった。唖然とした。『こんな試合を見せてしまって申し訳ない』と、ひたすら謝ることしかできなかった」

「子どもたちが主役のはず。試合を見てサッカー選手になりたい、山雅でなりたいと思ってもらいたいのに、あまりにも逆効果というか…絶対にやってはいけない試合だった」

18年前に怖じ気づいたダービー
「どんな理由があっても勝利を」

3月16日の信州ダービーも、尋常ではない熱量がこもる一戦。試合後に紡ぐ言葉は、喜びに満ちた勝どきであればいい。

自身も、初めて松本に来た2007年に信州ダービーのなんたるかを刷り込まれたという。

「『長野だけには絶対に負けたらあかん』とか、地域の皆さんの思いをたくさん聞いて、いろんな事情も説明された。『よそ者が』と言われるかもしれないけれど、そのアイデンティティが自分の中に埋め込まれている」

©︎松本山雅FC

現役時代の信州ダービーは、2011年県選手権決勝の延長後半110+1分に追い付いた「伝説的ごっつぁんゴール」が印象的。DFとGK間で乱れたパスのこぼれ球を押し込み、PK戦から勝利に至った一撃だ。

自らはそれよりも、2007年北信越1部リーグ第12節のアウェイが記憶に残っているという。試合は3-0で勝利。ただ、自分で獲得したPKをMF土橋宏由樹に譲ったのだ。「蹴るか?」と問われて、怖じ気づいた。

「蹴らなかった後悔もあるけど、今思えば雰囲気にビビっていたんだと思う。『外したらもう街を歩けないんじゃないか…』と。大卒1年目の自分には少し荷が重かったのかも」

今はピッチ内で結果を左右する立場にこそないが、その熱量をダイレクトに発信できる稀有な役回りでもある。それを自認しているからこそ、言葉に力がこもる。

©︎松本山雅FC

「去年ダービーで勝てなかった悔しさは絶対に忘れたらいけない。これも熱く話さないといけないし、(クラブスローガンの)『熱晴』にも繋がっていく」

「どんな理由があっても勝たなければいけない。しっかりホーム開幕戦の信州ダービーに勝って、勢いに乗らないといけない」

そして、最後に付け加える。

「このために未勝利で来たんじゃないか?と、ポジティブに思うぐらいにしている」

突拍子もないが、確かにV字回復の舞台にはふさわしいシチュエーションだ。前向きに熱く、時には心地良い暑苦しさとともに、勝利を後押しする。


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