“カナリアは歌を取り戻す” 「仕掛けない」「怖さがない」状態を脱却へ

「殻を破り始めた」あるいは「本来の姿を取り戻してきた」とも言えるかもしれない。今シーズン序盤の松本山雅が抱えている課題として、ドリブルでの仕掛けが少ないことが挙げられていた。従来なら得意としていた選手が、足元で受けてさばいてばかり。しかしリーグ戦も3分の1を終えた段階で、その“症状”から脱却しつつあることが見えてきた。
文:大枝 令
KINGDOM パートナー
昨季から“密かな悩み”抱えた村越
選択肢が増えたがゆえの葛藤も
「なんで仕掛けないんだろう…と思う」
4月。早川知伸監督は、囲み取材の中でそう悩みを口にした。
2対2などのトレーニングの中で仕掛けを促すルールを設けるなど、アタッキングサードでの選択肢を増やすように水を向けていた。

それでも、試合になるとその現象は出ない。
パス、パス、パス――。ブロックの外を「Uの字」型に足元で回し、狭いスペースに無理やり差し込んだりロストしたり。シュート数の少なさにも影響していた。
もちろん、意図的にそうして体力の浪費を抑えたり時間を進めたりするゲームマネジメントは存在する。その全てがネガティブな評価にはならない。

ただ、“適切な手札”を切れていない、という問題があった。「ドリブル」の札を出せば優位な局面であれば、それは迷わず場に出せば良い。
しかし外からもどかしく見守る以上に、選手たちにも悩みがついて回っていた。従来なら仕掛けていた筆頭格・MF村越凱光にまずは取材。4月30日のことだ。

「最近、それでずっと悩んでいる。僕の前のプレーを知っている人は、仕掛けがなくなったのもわかっている。(田中)パウロ(淳一)くん(栃木シティFC、元松本山雅FC)からもLINEが来て、『パスすんな』と言われた」
本人もそれは自覚しており、改善しようと心がけてはいた。
しかし、物事はそう簡単ではない。
昨季までの村越は霜田正浩前監督のもと、相手を見ながら立ち位置を取るクレバーさを獲得。プレーの幅を広げており、それは前体制下のスタイルや価値観においては「顕著な成長」と呼べるものだった。

ただしそれは結果的に、ドリブルの良さを消すのとトレードオフになった。
「仕掛けろ!と言われるのが一番楽だけど、サッカーってそれだけじゃないと分かった」。サッカーの奥深さを覗いて手札が増えたからこそ、シンプルに選べない。

「今は受けたらパスコースを探して、パス選択が増えている。確かにそれを選択すべき場所もあるけれど、そもそもの立ち位置があまり良くないからこそ全部パスになってしまうとも思うし、ファーストタッチが決まらないからパスで逃げちゃうのも少なからずある」
「もっと顔を上げて自分のプレー範囲を広げていければ、もっとドリブルで仕掛けられるようになると思う。『相手に怖がられる選手』を考えた時に、どんどんドリブル仕掛けてくる選手はイヤ。去年からずっと悩んではいたので、改善したい」
KINGDOM パートナー
天皇杯での鮮やかな先制ゴール
仕掛けるマインドでこじ開けた
そう話していた日から1カ月弱。
村越はピッチの中で、本来の切れ味を取り戻していた。

5月25日、天皇杯1回戦。J3で2位につけるFC大阪との試合で、25分に先制ゴール。ペナルティーエリア内で仕掛け、相手DFのマークを外して左足で鮮やかなシュートを決めてみせた。
「前に取材してもらった時よりもさらに(仕掛けることを)意識している。練習でも積極的に仕掛ける意識は自分の中では結構あると思っていて、『前を向く』『仕掛ける』という、練習でやっていたことが試合で出てゴールにも繋がった」

それ以前にもペナルティーエリア付近で相手DFと対峙するシーンがあり、シュートフェイントを入れてから利き足とは逆の右を使って翻弄。その後のゴールシーンで、“本命”の左が効いた。
「それが伏線じゃないけど、ああいうプレーを仕掛けることによって2回目の仕掛けで1個引いてくれたり止まってくれたり。そこで自分の左足の良さがまた出せた」

納得の表情を浮かべる村越。過去2年間で取り組んできたパスを受けて出す動きと、従来持っているアグレッシブな仕掛けが、程よい配分でフラットに使えるようになってきたのではないか――。

そう問うと、うなずきながら答えた。
「確かに使い分けられている感はさらに出てきた。シンプルにプレーするところはシンプルに、仕掛けるところは仕掛ける。より簡単に、瞬時に判断できるようになった」
復活の滝も仕掛けの必要性を強調
意外性の佐相は復帰と体得を急ぐ
村越だけではない。
MF滝裕太もまた、仕掛ける持ち味を思い出しつつあった。自身のキャリアで初となる長期離脱で難しい時期を過ごしたが、上から試合を見ながら仕掛けの必要性を強く感じていたという。

「自分がディフェンスだったら仕掛けられる方がイヤ。『失ってもいい』というのはハヤさん(早川監督)も言っていたので、どんどんゴールに向かって仕掛けていくことが大事だと思う」

そして現在は故障離脱中だが、今季序盤戦の松本山雅で最も果敢に仕掛けていたのは、意外にもDF佐相壱明だった。
今季はキャンプ中から新たな武器を体得するため、アタッキングサードでの仕掛けを強く意識しながら取り組んできたという。

「走ることをベースにしつつ、1対1を仕掛けて抜ければ武器になる。自分もそういう飛び道具を持っていた方がサッカー選手として価値が出るかなと思った」
ちなみに自身としてはほとんど練習したことがないプレー。「中学生の自分にアドバイスできるなら、『ドリブルを練習しろ』って言いたい」と苦笑交じりに明かしていた。

昨季ウイングバックで起用されていた際、マッチアップする相手と正対した際の選択肢を増やしたかったという。「相手と対峙した時に何もできないのがイヤだった」。
「今の山雅はドリブラーも少ないし、自分が一つできるようになればオプションにもなる」。実際に試合でも、意外性のあるプレーとしてチャンスに繋げていた。

取り戻したり、新たに体得したり。チームは13試合を終えて5勝4分4敗(勝点19)の8位で、シュート数も1試合平均10.1でリーグ17位となっている。ここから先の中盤戦で見せたい表情の一つは、「仕掛ける山雅」。さらなる上昇には、欠かせないファクターの一つだろう。
クラブ公式サイト
https://www.yamaga-fc.com/