“陸の王は遅れて現れる” 大卒2年目のアタッカー前田陸王がピッチで示すもの

「本当に、情けなかった」。松本山雅FCのMF前田陸王は、加入からの歩みをそう振り返る。大卒2年目。同い年の樋口大輝、村越凱光が主力として活躍する中、昨季は5試合の出場に甘んじた。しかし直近2試合は途中出場ながらも、好プレーを連発して確かな存在感を発揮。献身性など持ち味を前面に押し出し、自分だけの価値を証明しようとしている。
文:大枝 史/編集:大枝 令
KINGDOM パートナー
前節・鳥取戦で魅せた決定機演出
鮮やかな裏抜けからクロスを供給
この2試合、途中出場でひときわ存在感を放つ選手がいる。
大卒2年目となるMF前田陸王だ。
J3リーグ第24節のガイナーレ鳥取戦。75分にMF菊井悠介と呼吸を合わせて裏に抜け出す。浮き球のスルーパスを引き出すと、ワンタッチで相手DFをかわしてグラウンダーのクロス。惜しくも味方には届かなかったが、この日一番の決定機を演出した。

「あれが入っていたらいろんな意味で変わっていた」
中には味方が4人いた状態。誰かが触りさえすればゴールに入るような絶好のクロスだったが、DFの股間を抜いてわずかに軌道が変わり、味方には合わなかった。

特筆すべきはクロスの前段階にある。
CKからの2次攻撃、広く開いたニアサイドに前田が走り込む。菊井から供給された浮き球を巧みにコントロール。トラッキングしてきた相手DFをシャペウでいなした。

「(菊井)悠介くんがあそこで持って、ああいう感じでボールが来ると思った。想像通りのボールが来た」「あそこに走り込むプレーはこのチームには少ない。それができるのが強みだと思う」
チームとしても強調されている裏への抜け出し、相手を越えていく攻撃を体現したワンプレーだった。

早川知伸監督もそのプレーに関して評価する。
「流し込んだコースは良かった。あのスペースにタイミングよく入ってくるとか、そこを越えていくということはチームとしてもずっと言っていたこと」
KINGDOM パートナー
同期との差に感じた「情けなさ」
くさらず取り組み続けて光差す
「本当に、情けないなと」
前田が振り返る昨シーズンの心境は、率直で痛々しいほどだった。

昨季。同期のDF樋口大輝は33試合に出場して6ゴールを挙げ、同い年のMF村越凱光は36試合で8ゴールを記録した。同期が結果を残してスタメン出場を続け、チームに欠かせない存在になっていくのを目の当たりにしてきた。
その中で前田の出場は5試合、いずれも途中出場。総出場時間も40分と短かった。

それに加え、今シーズンはFW田中想来やMF松村厳といった、自身より年下の選手も次々とピッチに立って結果を残していく。

それに引き換え自分は――。
情けなかった。
「どうすると言ったら、練習の中でやるしかない。必ず結果を残すと。それだけを信じてやりたいと思っていた」

明るいキャラクターで場を盛り上げることも多いものの、「今年は(クラブ公式の)YouTubeとかで出るのではなく、サッカーで出る」と決意を示していた。

筋トレを始めた。
DF宮部大己らと一緒に走ることを始めた。
それらが少しずつ、実を結び始めている。
「出られてない時でもくさらずやることはできている。練習も今年はずっといいパフォーマンスができている」
自分の存在価値を示せている証拠に、「先輩がたが褒めてくれるから自信になっている」と笑う。

見えない価値で勝負する覚悟
同い年の村越からも刺激受ける
前田は自身の強みについて、「予測」「相手より一歩前に出る」「早い判断でスピードを出す」ことだと話す。
「もともと細いけど、ガッと行った時に負ける感じは大学の時から自分の中では正直ない」

切り替えの部分は予測やタイミングで補う。本来の強みに加え、パワーや体力をつけることでさらに磨きをかける。
そんな前田のプレーに色濃く現れる一つの特徴は、献身性だ。
途中出場だからこそ、疲れている仲間より多く走るのは当然。ただ、それ以上に「まずはチームのためにやりたいと本心で思っている」「自分が目に見えるものを残せたらいいけれど、それ以外でも価値は上がると信じて今までやってきた」と話す。

プロのキャリアの中で、どうしても結果は求められる。
まだ何も、数字は残せてはいない。ゴールもアシストも、ゼロだ。
自身の課題については、「力強さが絶対に大事になると(村越)凱光を見ていて思う」と挙げる。自分で打開し、ゴールまで持っていく力。同い年のライバルから吸収できることも多い。

村越も前田について「本当にいい選手だと思う」と評価する一方で、「もっと積極的にシュートを打っていけばいいのにとか、自分で行けばいいのにと思うシーンはある」と率直な意見を口にした。
プレースタイルこそ違えど、身近なライバルから受けた刺激を糧に前田は取り組み続ける。
結果を残し、チームを勝たせる日を信じて。

次節は8月30日、ホームに首位・ヴァンラーレ八戸を迎える一戦。突出したハードワーク集団に対し、「相手を上回るハードワークをもちろん見せたいし、チームが勝つためにやりたい」と気概を示す。