クラブと地域の未来を考える 小澤修一CROの「山雅100年会議」始動

地域の未来を一緒に考えよう――。今春の役員改選で株式会社松本山雅の代表取締役CRO(Chief Relations Officer)に就任した小澤修一さん肝入りの企画「山雅100年会議」が始動した。小澤CROが山雅後援会の14支部を回り、後援会員と膝を突き合わせながらクラブや地域の将来像について語り合う取り組みだ。創設61年目を迎えたクラブが100年続くために、クラブと地域が手を取り合いながら進んでいく新たな道を発見するための第一歩を踏み出した。

編集:大枝 令

KINGDOM パートナー

松本山雅の存在理由とは?
「地域と共に」の原点に立って

2026年5月14日。安曇野市豊科公民館で開いた第1回会議には、安曇野支部の後援会員ら約30人が集まった。呼びかけから日が浅かったため「10人くらい来てくれればいいかな」と考えていたという小澤CRO。想像を上回る参加者の熱量に接し、「地域の皆さんと一緒に、もっといろんなことができるのではないか。そこにパワーを使いたい」と力を込めた。

チームが北信越リーグ2部で戦っていた05年に選手として加入した小澤CRO。現役引退後はスタッフとしてクラブに残り、24年から1期2年間の任期で経営トップの代表取締役社長を務めた。「クラブの歴史だけは見てきた」と自負し、「この20年間ずっと『山雅は何のために存在するのか』を考えている」と強調する。

たどり着いた答えは「松本山雅は地域のために、地域と共にあること」。特定の母体企業を持たず、文字通り市民クラブとして活動してきた原点に立ち返ろうと「山雅100年会議」を企画した。

第1回会議の冒頭。小澤CROが語りかけた内容を記したい。

「心が震える瞬間にどれだけ出合えるか。その回数が自分の人生の価値を決めると思って生きてきた。『誰かの役に立つ』イコール『人の価値』になると思う。僕が松本山雅に来た2005年はガラガラのスタンドで試合をした。5、6人からスタートした応援は、その年の最終戦で1,000人になった。人が人を呼び、仲間を作っていったのが松本山雅の歴史」

「2009年にアルウィンでJFL昇格を決めた瞬間は忘れられないけれど、印象的だったのは、ゴール裏だけじゃなくてスタンドのあらゆる方向からグリーンシャワーが投げ入れられた光景。地域全体から応援してもらっている松本山雅らしい場面だと思う」

「(フロントの立場になって)選手には『山雅のユニホームをまとうことは地域を誇りを背負うこと』と話している。選手は、サッカーがうまいからお金をもらっていると勘違いしてはいけない。公園でボールを蹴っていてもお金はもらえない。応援してもらい、支援してもらう。その人たちの思いを背負って価値を提供できるから、お金をもらうことができる。そう伝えている」

「(クラブ創設50周年の時に)ドリームビジョンを策定した。『人づくり』『まちづくり』『未来づくり』をテーマに、松本山雅という屋号の下に集まってできることがもっとあると思う。大きな絵をみんなで描いていきたい。創設100周年を迎えた時、どんなクラブになっているか地域の皆さんと想像していきたい」

懐かしい写真を映し出しながら熱弁する小澤CROの口調に参加者は引き込まれ、目を輝かせていた。

異なる視点からあふれるアイデア
未来を見据えて「濃い」議論を

小澤CROの話を聞いた参加者はその後、数人ずつのグループに分かれて現状の課題や目指すべき将来像について意見交換。そして、「山雅の未来を想像しよう」「これからできること」の二つのテーマについて意見集約し、グループごとに発表した。

まずは「山雅の未来を想像しよう」のテーマについて。あるグループは「松本山雅は日常。人と人とをつないでくれる。まだまだ広がっていけばうれしい」と発表。別のグループは「山雅はコミュニケーションツール。山雅の話ができることでいろいろな人との世界が広がった。みんなの誇りだけれど、やっぱり勝ってほしい。強くあってほしい」と力を込めた。

「以前より選手との距離感を感じる。もっと身近であってほしい」と話す男性も。別の男性は「サッカーだけでなく、いろいろなチャンネルでつながっていくことができるのではないか。新しいスタジアムや強いチームは分かりやすい象徴になるかもしれないけれど、『One  Soul』という無形の理念を継承していくことが大事」と強調した。

二つ目のテーマを巡っては、「安曇野市にはスポーツ施設が少なく、路線バスがないのでスポーツに親しめるのは保護者が送り迎えできる子どもたちだけ。松本山雅がインフラとして入ってもらえれば」という提案も。

「小学生を一斉招待すればスタジアムに子どもたちを呼ぶことができる。授業の一環として来てもらったり、自由研究やボランティア体験をしてもらったりすることもできるのでは」というアイデアも寄せられた。

参加者による活発な議論に耳を傾けていた小澤CROは手応えを深めた様子。「自分の中になかった意見やアイデアがいっぱい。支部ごとに色があると思うので、皆さんの声を聞きながら最適解を見つけたい」と受け止める。

株式会社松本山雅と山雅後援会の共催で、これから1年ほどかけて全14支部を回る予定。社長という肩書きを外し、フットワークが軽くなったからこそ実現した企画と言えるだろう。

「目先のことは一生懸命取り組むけれど、地域の未来を見なければダメだと考えていた。松本山雅のことを濃く考えてくれている皆さんと一緒に、100周年を迎えた時の地域とクラブのあり方を真剣に考えていきたい」

そう言って、表情を引き締めた。第2回は6月11日18:30〜20:00、朝日村中央公民館で開く予定。申込不要、入場無料。


山雅と地域の未来を語る「山雅100年会議」朝日村にて第2回開催のお知らせ
https://www.yamaga-fc.com/archives/545914

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