画竜点睛のシーズン “ハイアラート集団”への変貌を目指して

「神は細部に宿る」という格言がある。ではそのディティールはいったい、どのように描き込めばいいのだろうか――。今季の松本山雅FCは早川知伸監督のもと、規律を根源にそれを実現しようとしている。ピッチ内外のルール設定と運用から緊張感を生み出し、隙のない組織へ。習慣化することで、結果を出す集団に変貌を遂げようとしている。

文:大枝 令

ルール設定から甘さを徹底排除
「常に見ている」緊張関係を構築

「ルーズさの排除」

早川知伸監督のチーム構築はおそらく、この一言に集約される。あえて「排除」というワードを選んだのは、マネジメントが性悪説に立脚しているからだ。

人間はえてして、楽な方に流される。
そこから生まれるルーズさが、命取りになる。

「やっぱり休みたがるというか、楽したがる部分はある。そこはずっと言い続けられればと思う」。指揮官は折に触れ、そんな言葉を口にする。だからこそ、「見る」必要がある。

例えば1月27日、和歌山キャンプ6日目。午後練習の最終セッションにシャトルランを盛り込んだ。10mでターンして2往復、わずか10秒のインターバルで3回。これを2セット課した。

それ以前のボールトレーニングで疲労はすでに溜まっている状態で、インターバルが非常に短い設定。選手からすれば、少しは楽をしたい心理が働いても不思議ではない。

ここで早川監督は、ターンするポイントの真横にポジショニング。腰を落とし、コーンの高さに目線を合わせた。選手たちがコーンをしっかりタッチしているかどうかを確認するためだ。

正確に記述すれば、「見ていることを見せる」ためだろう。一度に15人近くがターンする中、一瞬で誰が触らなかったかを全て判定するのは現実的に難しい。

それでも、「見られている」意識は否応なしに緊張感を高める。

「選手はチラチラとこちらを見るし、こちらも目を合わせて『見ているよ』と伝える。中途半端にプレーしているなら声かけはもちろんする」

細部までやり切る。甘えを許さず、徹底する。その習慣を日々のトレーニングからつけることで、強靭な組織が生まれる――。そんな考えが指揮官の根幹にある。

だからこそ、ピッチ外も含めたルールを設定して遵守を求める。

ルールの内容は「時間厳守」など当たり前かもしれないが、ひとたびルーズになると歯止めが効きにくくなる要素。そうしたリスク因子を排除し、「規律正しい習慣」を植え付けようと試みている。

加入6年目のMF村越凱光が明かす。

「(早川監督は)本当に規律とかルールを大事にしている。『縛られる』ということではなく、サッカー選手としての価値を上げるためのルールとして挙げてもらっているところもある。そこは窮屈に思わず、プラスに捉えていきたい」

規律から生じるハイアラート
攻守の「キワ」を制するために

ピッチ上でも、ハイアラートに生まれ変わった姿を見ることができるだろう。

例えば昨季のJ3第25節カターレ富山戦の2失点目。自陣でのファウルでプレーが途切れ、ボール近くの選手たちが背中を向けている間にクイックリスタートからゴールを割られた。

「去年はそういうシーンもあったけど…」と切り出すのはFW浅川隼人。自身は昨季、チーム最多13ゴールを挙げた。

「頭をアラートにしてきたからこそ点を取り続けてこられたし、狭間の部分をなくすのは僕自身も大切にしてきた」

「そこが今年はより求められている。全員がその姿勢を持つことで、練習試合でも押し込んだ中で取られてもすぐに取り返せている」

その言葉どおり、切り替えも同様にハイアラートが目を引く。特に攻撃から守備へのトランジションを一貫して強調しており、キャンプ期間だけでもその意識は植え付けられてきた。

「ロストしたら5秒で奪い返す」という題目は昨季までと変わらないが、その遂行度が明確に異なる。

相手陣内でロストしても即時奪回を図り、2次攻撃につなげる。それが続けば、必然的に押し込んだシチュエーションが生まれる。

実際、これまでのトレーニングマッチでもそうした状況からゴールも生まれてきた。

そのハイアラートは、攻守のゴール前で最も重要なファクターとなる。セットプレーのこぼれ球をどちらが先に触るか。やられてはいけないシチュエーションで、やらせないだけの緊張感を維持できるか。

2020年以降に図らずも手放してきたこうした要素を、少しずつ取り戻しつつある。

その土台となるのはフィジカル。シンプルな走力はもちろんのこと、連続性を持ってハイパワーを出力する必要がある。

連続してハイスピードで動く。加速だけでなく、急停止も重視。國保塁フィジカルコーチが受け持つパートでも、スプリントからの急ブレーキを組み込むケースが見られるようになった。

規律と基準は厳格に運用してこそ
全ては最後に笑って終えるため

その力を切り替えのフェーズだけでなく、攻守とも惜しみなく注ぎ込む。今季再構築している守備であれば、コンパクトさを保ったプレッシング。ボールホルダーの選択肢を剥奪し、主体的な狙いを持って奪い切る。

攻撃でも、連続性のあるラインブレイクを重視する。パスアンドゴー。背後にランニングしてボールが出てこなくても、すぐに戻ってやり直す。両手を広げて不満をアピールするのではなく、もう一度ボールに関わるプレーが強く推奨される。

「今までは出して、止まって、終わって…となっていたけれども、『そうじゃない』というのは常に思っていた。そこは必然的に切り替えにも繋がるし、選手たちも意識してやってくれている」

そう話す早川監督。「常にハイアラートを保つ」ことによるメリットは計り知れず、それを実現するためにピッチ内外の規律が存在する。それが明確な基準となり、厳密な運用によってのみ組織の秩序が保たれる。

聞き方は悪いかもしれませんが――と前置きし、早川監督に尋ねた。

「その基準を、シーズンを通じて運用し続ける自信はありますか?」

絵に描いた通りの餅をこね上げるのは、簡単なようでいて難しいからだ。

「自分はそこでしか生きてきてないので、まじめに一生懸命やるだけ。選手たちをいつも見てあげて、ブレずにジャッジすることしかできない」

穏やかな笑みをたたえて、指揮官はそう応えた。

ハイアラートを習慣化し、やり抜く。それが早川監督の流儀。一貫したマネジメントで、筆舌に尽くし難い昨季の無念さを上書きする。

そしてそれを、J2昇格プレーオフ決勝で滂沱した選手たちは前向きに受け入れている。今季副キャプテンに任命されたGK大内一生は力を込める。

「本当に細かいところにこだわりを持つのは、習慣でしかない。そのためにはキツい中でも取り組まないといけないし、シーズンを通してずっとこだわり続けたい」

「また悔し涙を流さないためには、やっていくしかない。それがチームとしての結果もそうだし、個人としても成長するためにも必要だと思う」

濃密な日常を積み重ねながらディティールを描き込み、結果を出すための営み。届かなかった「あとわずか」を埋めるための、“画竜点睛”のシーズンでもある。


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