“右サイドのビーストテイマー”小川大貴 巧みな手綱さばきが光った初陣

初陣で確かな存在感を示した。2025年2月23日のJ3リーグ第2節、今季初戦に臨んだ松本山雅FCはアウェイでアスルクラロ沼津と1-1のドロー。先発11人のうち、唯一の新戦力となったのが右サイドバック小川大貴だった。ジュビロ磐田から完全移籍してきた33歳。開幕戦のピッチで、その「眼」が右サイドにもたらしたものを検証する。
文:大枝 令
「佐相、行くな!」「止まれ!」
守備の手綱を引いて耐えた前半
その経験が、落ち着きと違いをもたらした。
右サイドバックで先発に名を連ねた小川。MF佐相壱明と組んだ右サイドが前半、数少ない相手の突破口となってしまっていた。
「前半の20分はすごく戦いにくかった。あそこで攻撃でリスクを冒して失点してしまうのが一番ナンセンス。途中から割り切って、前半はとにかく(失点)ゼロで行こうと。特に自陣でサイドを崩されることはなくそうと考えた」

佐相は運動量が豊富で、幅広いエリアをカバーできるタイプだ。一方で、小川は佐相について「体力があるし走れるので、どんどん行きたがるところもある」と分析。ましてやシーズン初戦、先発に抜擢された佐相に力が入るのも無理はなかった。
実際に序盤から、右サイドで佐相の背後にスペースが生じて数的不利を作られるシーンも。「今までに何回も、入りでやられてきた経験がある」というベテランの嗅覚が、鋭敏に危険を察知した。
そこで小川は、佐相とプレスのかけ方をすり合わせる。止まるべき理由を説明し、チームとして奪いたいエリアを確認。さらに、プレスに行っていい条件とポジショニング、コースの切り方などを提示した。

「『止まれ!』『行くな!』と(笑)。闇雲に『入りだから行かなきゃ』となると、バランスを崩すことにも繋がる。そこが整うまでに20分かかった」
佐相も、その修正をプラスに受け止めていた。
「前半の途中までうまくハマらなかったけど、(小川)大貴くんとも話して(コースの)切り方を変えた時に、相手を(ロングボールを)蹴るしかない状態に追い込めた」

前半の松本山雅が作ったチャンスのほとんどは、MF村越凱光やDF山本龍平ら左サイドから。右サイドは、小川が手綱を握りながら我慢の“ステイ”をしていた。
「佐相頼む、動いてくれ…!」
瞬時にゴールへの道筋をイメージ
そして後半、攻撃で今度は“ゴー”の合図を送った。
56分、先制点のシーンだ。
敵陣奥の右サイドでスローイン。ボールを持った段階で、小川の脳裏にはゴールまでのイメージが鮮明にできていた。
「背後のスペースだったり、前後左右のスペースがかなり空いていた。もう少し左に投げるとセンターバックがカバーに来るので、相手の足元の触りにくい位置に落として佐相が抜けてくれればいいと思っていた」

いったんフェイントでその動きをして、佐相の感知を促す。
「ボールを持った段階でその絵が見えていたので、『頼む、動いてくれ!』と(笑)。僕の思いを佐相がくみ取って動いてくれた。互いの絵が同じだったのがすごく良かったと思う」
果たして佐相は強い動きでボールを引き出し、相手DFの外側から回り込むようにペナルティーエリアに侵入。相手の処理ミスを誘発すると、マイナスクロスでMF村越凱光の先制弾をお膳立てした。
プロ12年目で初めての完全移籍
周囲とシナジーを生む円熟の力
「僕はもともと前の選手とうまくバランスを取って、お互いの良さを引き出し合いながら、お互いが持っている10を20、30と膨らませていくプレーヤー」
小川は自らのタイプについてこう語る。もちろんダイナミックな上下動も持つが、33歳となった現在は経験を生かしながら周囲とシナジーを生む。

PROFILE
小川 大貴(おがわ・だいき)1991年10月16日生まれ、静岡県出身。ジュビロ磐田のアカデミーから明治大に進み、卒業後の2014年に磐田へ。24年夏にJ2ジェフユナイテッド千葉に期限付き移籍をするまで、10年半磐田でプレーした。その間はJ1で102試合、J2で92試合に出場。今季から松本山雅FCでプレーする。周囲を動かしながら自らも生きるタイプのサイドバックで、対人守備や要所の攻撃参加も持ち味。172cm、73kg。
この日は佐相とのコンビ。今季最初のトレーニングマッチ・J2ヴァンフォーレ甲府戦で初めて縦関係を組み、佐相はその初戦で背後からの声に頼もしさを覚えていたという。
「相手の弱点となるところにボールを誘導してみんなで奪えばいい――という話をしてくれた。ベテランの発言はやっぱり大きいと思った」

キャンプ中は村越と右サイドを組むことも多々。誰とでも、その持ち味を発揮するのが小川の強みだ。「佐相ならこう、凱光ならこう。良さを引き出しながら、(自分も)引き出してもらえれば理想だと思う」
チームの中心を担う副キャプテンMF山本康裕とは、磐田時代からの長い付き合い。同い年のDF高橋祥平とも磐田でともにプレーした。今回はプロ12年目で初となる完全移籍だったが、勝手知ったる新天地にするりと馴染んで初戦を終えた。

チームとしても、キャンプで準備してきた要素を一定水準は出した。
あとは肝心の、結果だ。
「本当にポジティブなことが多かった試合。追いつかれたのでネガティブな雰囲気はあったけど、全くそんなことはないと思う」
「キャンプで積み上げてきたものは自信を持ってプレーに落とし込めていると思うので、あとは成功体験だったり、失点の失敗体験をしっかり糧にしていくこと。その作業を毎試合、毎回の練習で繰り返していくだけ」
力を込める小川大貴。
そして最後に、こう付け加えた。
「やることさえやっていけば圧倒できると思う」
