信州を席巻した“緑色の旋風”長野吉田 史上初の県総体ファイナル進出までの軌跡

「ダークホースの快進撃」という言葉では収まりきらない、大きなサプライズだった。県立進学校の長野吉田が、サッカー男子の県高校総体で次々と私立校を連破して準優勝。しかも、いわゆる「堅守速攻」だけのスタイルではなく、能動的にボールを動かして敵陣を切り裂く。北信地方の県立校としては1987年の長野工業以来38年ぶりの快挙。未知に挑んだ冒険の航跡をたどる。
文:大枝 令
KINGDOM パートナー
歴史を刻んだ“はつらつイレブン”
周囲の盛り上がりも力に変えて
「対戦相手も含め、いろんな人たちにたくましくさせてもらった大会だった。子どもたちは本当にすごい」
2025年6月8日、長野Uスタジアム。
都市大塩尻との決勝は0-1で敗れたものの、桑原健吾監督は手放しで選手たちを称えた。長野吉田として史上初めて「第2位」の表彰状を受け取り、大応援団とともに笑顔で集合写真に納まった。

東海大諏訪を2-1で破った前日の準決勝から連戦。一体感は失わずに抗戦するものの、さすがにシャープさは影を潜める。ボールを回収しても、ファーストパスが繋がらない。自陣に張り付けられる展開が続いた。
シュート数は都市大塩尻の13本に対してわずか2本。横川真翔と千野尚紀の2トップが繰り出すカウンターに一縷の望みを託さざるを得ない展開だった。

それでも、前後半の80分間を走り抜いた。
「本当に疲労があったしケガも痛んできたり…特に後半はそうだったので難しい部分もあったけれど、最後まで出しきれたのは良かった」
キャプテンの横川はそう話し、すがすがしく汗を拭った。

地元・長野Uスタジアムには緑色の応援団。メインスタンドも多くの人で埋まり、ホームのような雰囲気を作り出していた。約3,500人が見守る中でも萎縮せず、声援を力に変えて躍動した。
「周りはお祭り騒ぎになっているかもしれない。じゃあ、お祭りはなぜ盛り上がるのか――。ピッチの中で本気でプレーするからだ」

そんな指揮官の言葉も、選手の奮戦を後押し。目標だった4強入りを超えてなお、はつらつとプレーした。
KINGDOM パートナー
統一感を失わず洗練された攻守
私立校を連破する大きなカギに
この日はほぼ一方的に押し込まれはしたが、本来の持ち味は自分たちでボールを動かすスタイル。たとえ相手が格上の私立校であっても、割り切ったリトリートも無闇なハイプレスもせず、ミドルブロックを軸に対抗する。

「繋がれるというよりは『繋がせる』という認識で、入ってきたところを捕まえる」
「それでも取れない時はあるから、セカンドディフェンダーとサードディフェンダーが行くか行かないかをジャッジする。ファーストとセカンドは常に変わるから共有する」

指揮官はそう説明するが、実現は簡単ではないだろう。
攻撃もコレクティブで、ボールを奪えば果敢に繋ぐ。ボールホルダーを追い越して人が湧き出す。その手法は、一般的に県立校がジャイアントキリングを起こしやすい「堅守速攻」とは明確に一線を画する。

その一体感を失わず、11人が攻守のイメージを共有し続けるのが特異。桑原監督の長野吉田は例年、そうしたチームを練り上げる。
「みんな目標に向かって取り組めるし、プレスもゴールに向かうのも全員で共有してやれている。桑原先生が相手の弱点とかを教えてくれるので、それを聞きながらプレーする感じ」
千野はそう明かす。

結果として「普通に戦って、普通に勝つ」現象が発生する。
1回戦で松本深志に3-2と逆転勝ち。以降は決勝まで、常に私立校から先手を取ってきた。
2回戦は昨冬の全国高校選手権ベスト8の上田西に挑んで2-1。横川が先制すると、同点の後半にMF中山大誠が決勝点を奪った。

準々決勝は横川の右クロスを千野が合わせて長野日大に1-0。東海大諏訪との準決勝はDF矢澤慶大のゴールで勝ち越し、2-1と逃げ切った。

桑原健吾監督のもとで大きく成長
正守護神は高校1年生からGK転身
選手たちはもともと中学生の第3種年代までに築き上げた土台を、長野吉田で大きく成長させた。
決勝で先発した11人のうち、クラブチーム出身は7人で中体連出身は4人となっている。

このうち準決勝も含めて存在感を発揮した右サイドバック石川慶次郎は、C.F.BARRO出身。松本美須々ケ丘高出身で、AC長野パルセイロなどでプレーした野澤健一氏が代表を務める街クラブだ。
「BARROの時に守備の原則を教えてもらったのが、本当に高校で生きている」。そして長野吉田で、攻撃の面白さに気付かされたという。
「ここに入って攻撃する楽しさを学んだ。桑原先生がアイデアをたくさん引き出してくれて、それが攻撃に生きている。それを出せて決勝まで来られたので、本当に感謝しかない」

サイドバック陣は左の大沢悠純もビルドアップの出口などとして機能。それだけでなく、松本深志との初戦は追う展開から最後に鮮やかな左足シュートを決めて勝利を引き寄せた。
もう一人、急成長を遂げて堂々たるパフォーマンスを見せたのは、正守護神の浅利佳佑。1年生夏まではフィールドプレーヤーだったが、学年内にGKがいないことから自らがその任を務める。

GKコーチもいない中、一からのチャレンジだった。1学年上下のGK陣2人から学んだほか、桑原監督も朝練に付き合うなどして手ほどき。169cmと小柄ながらも、ハイボールの処理や背後のスペースカバーなどで的確な判断を下した。
「(先輩が)いろいろとコツを教えてくれたし、桑原先生は夏の暑い日も冬も毎日やってくれた。本当に感謝している」
まぐれではない確かな強さを備え
長野県代表として北信越総体へ
一発勝負のトーナメントで、1回アップセットを起こすことはあり得る。しかし長野吉田は3回、それを起こした。
それはもはや、決してフロックではない。格上に伍す戦いの中でつむじ風は勢力を増し、ファイナルの舞台まで到達。確かな強さを備えたチームへと変貌を遂げた。

夢にも見なかったインターハイ切符は目前で逃したものの、都市大塩尻とともに長野県代表として北信越総体(6月20〜22日、サンプロアルウィンなど4会場)に出場する。
3年生のうちどれだけ秋の選手権まで残るかは現時点では不透明。いずれにせよ歴史を塗り替えたイレブンにとっては、北信越の舞台が総体の総決算となる。

「長野県代表だなんて本当に考えたことも全然なかった。でもこの大会と同じように、最後まで出し切ってやりたい」とキャプテンの横川。普段着のスタイルを崩さず、未知の領域にチャレンジする。

長野県フットボールマガジン「Nマガ」
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