“辛抱強くやり続ける” 通訳兼ビデオコーディネーター金井颯が歩む2年目の挑戦

 通訳兼ビデオコーディネーターとして信州ブレイブウォリアーズを支える金井颯。一度はバスケットボール中心のキャリアから離れようとしたものの、アメリカでの出会いを経て信州にたどり着いた。在任2シーズン目の現在地で、「日々成長」を続けている24歳。今まで焦点を当ててこなかった若きスタッフの物語に迫った。

文:芋川 史貴/編集:大枝 令

二刀流のハードワーカー
「生まれたての子鹿」から成長

「ハードワーカー」

金井を表現するのにふさわしい言葉だろう。仕事は通訳兼ビデオコーディネーター。練習や試合では勝久マイケル・ヘッドコーチ(HC)らが話す言葉を英語から日本語、あるいは日本語から英語に訳す。

もちろんただ訳せばいいというわけではなく、勝久HCの意図をくみ取った上で適切な言葉を選ぶことも重要だ。

「コーチの通訳ならコーチの言葉を伝えるように意識している。うまく通訳できていない時は、小玉(大智)選手が『どういうこと?』みたいな顔をしてくれて、どこがうまく通訳できていないかわかるのですごく助けてもらっている」

「最初の3カ月ぐらいはずっと、生まれたての子鹿みたいな感じだった。そこにペリン(ビュフォード)もいたので、すごく良い経験になった」

「マックさんのセレモニーは、あの日に初めてマックさんと会って、どういう人かわからない中で通訳をして、少し申し訳ないと思った。でもマックさんは『全然大丈夫だよ』みたいな感じだったのですごく感謝している」

ビデオコーディネーターとしても腕を磨く。

「この仕事自体は確かに、ビデオを撮って切り分けてまとめることが他のチームではメイン。だけど僕の場合はスカウティングもやらせていただいているので、対戦相手がどうしてくるか、それに対してどう対応するか。そういう想像力が僕にはまだまだ足りない」

「本当にスカウティングは奥が深い。久山(智士アシスタントコーチ)さんとかと比べると、『あと何年ぐらいやったらあのレベルまで行けるんだろうな』と思っている。毎日必死に頑張ることと、間違っていたとしても自分の中で理由・根拠を持つようにしている」

PROFILE
金井 颯(かない・はやと)2001年11月23日生まれ、栃木県日光市出身。日光PHOENIXで小学校3年生から中学校3年生までバスケを学び、昌平高(埼玉)へ進学。その後アメリカのレーンコミュニティカレッジを経て、オレゴン州立大学に編入。男子バスケットボール部の学生マネージャーとして、コーチ職に足を踏み入れた。2024-25シーズンから信州に所属し、通訳とビデオコーディネーターを担う。

アメリカで見つけた新たな選択肢
大学での経験と出会いが転換点に

そもそも金井はなぜスタッフを目指すようになったのか。

「自分の能力的にプロにはなれないだろうと思っていたので、中学2年生ぐらいの頃からコーチをやりたいと思っていた」

とはいえ、日本代表には強い思いがあった金井。昌平高(埼玉)へ進学し、プレーヤーとしての腕を磨き続けた。ちなみに、昌平と言えば東海林奨の出身校でもあり、東海林奨は金井の一学年上にあたる。

「プロは目指してなかったけれど、育成世代の代表にはなりたかった。全然そのレベルからは程遠かったけれど、大学まではバスケットをやれたらいいと思った」

そして金井の人生は大きく動き出す。

「大学でアメリカへ行こうと思ったのも、高校で全く結果を残せなくて、このまま大学生活を送るよりは『アメリカ行っちゃおうかな』みたいな。バスケ関係なく」

「高校の時はスタッフになりたい、コーチになりたいとかそこまで(深くは)考えていなかった。短大に入ってもエンジョイライフを送りながら、編入するタイミングで『学生マネージャー』という仕事を知って、なろうと思った」

しかし、その道にたどり着くのも一筋縄ではいかなかった。

「学生マネージャーになろうと思った時に最初は『定員に達しているから無理』と言われた。それでも諦めずに何回もお願いしたら、『そういう気持ちがあるかどうかを見ていた』と言われた」

バスケットボールへの熱量は消えていなかった。そして自らの力で道を切り開いた先に、現在の金井を形成する出会いが待っていた。

「ビデオコーディネーター兼大学院生アシスタントコーチのマイキー(Mikey Carrillo)がものすごくハードワーカーだった。今はNBAのGリーグチーム(Sioux Falls Skyforce)で働いているけれど、このくらいパッションを持ってやらないと夢をつかめないのかと学んだ。それが一番大きい」

「マイキーのライフスタイルや仕事に対する姿勢はすごく勉強になったし、今でもすごく生きている。『NBAで働きたい』と言って、今はNBAで働いているのですごいと思う」

そのロールモデルがあるからこそ、金井は常にハードワークを怠らない。もちろん社会人2年目の若手だから――という理由もあるかもしれない。そして、とある言葉も金井を奮い立たせている。

“GRIT”

「辛抱強くとか、『自分のやりたいことをやり続けた人が結果を出す』という意味を持っている。(何度も挑戦した)大学3年生から大切にしている」

辛抱強く見守る周囲の“先輩たち”
金井「ずっと感謝している」

そして金井は現在、信州で日々成長を続けている。

「最初は大学院生アシスタントコーチのポジションを探していて、オファーをもらったり、面接したりする中でマイケルコーチと知り合う機会があった。日本に帰ってきてマイケルコーチの元で学ぶことが、キャリアのファーストステップとしてためになると思った」

「通訳もスカウティングなどもまだまだで、社会人としても2年目だけれど、今はものすごく自分のやりたいことをやれて、その中で成長できるチャンスがある。自分の好きなことを仕事にできてめっちゃ楽しい」

通訳・スカウティングのほかにも、選手のワークアウトにも付き合う。

「オンコートでのコーチングはまだまだ素人なので、そういう部分も伸ばしていかないとと思っている」

そんな姿を見て勝久HCも笑みをこぼす。

「真面目でハードワーカーで、常に気を張っている。通訳としても最初の頃に比べてすごく成長していて、バスケットを観る目、スカウティングをこなす観点からしても、すごく成長している」

「2年目の選手と同じように2年目のスタッフも全然違う。まだ若いのでこれからも成長をし続けられるような努力家だと思う」

スポーツ業界に限った話ではなく、次の世代を育てることは重要。一方で、育てる側も相当な覚悟を持って成長を下支えする必要がある。それを踏まえた上で、金井は感謝を口にする。

「昨年は何もわからない状況から始めたのに、辛抱強く教えてくれて、成長を見守ってくれている久さんとマイケルコーチ、選手にはずっと感謝している」

「ブースターのみなさんにも温かい目で見てもらい、認知までしてもらっている。すごく感謝している」

最後に将来の展望を尋ねると、少し考えた後に答えた。

「今は今シーズンのことしか考えていない。今週や来週のこととか」

目の前の1試合、1日に全力を注ぐ。その積み重ねこそが、自身の信じる“GRIT”の体現。通訳として、ビデオコーディネーターとして、そしていつかはコーチとして――。その歩みは止まらない。


Bリーグ チーム紹介ページ
https://www.bleague.jp/club_detail/?TeamID=716&tab=1
クラブ公式サイト
https://www.b-warriors.net/

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