“百折不撓の守護神”寺沢優太 W杯戦士にも背中を押され再びJの舞台へ

苦労人が再び這い上がってきた。岡谷市出身のGK寺沢優太は2021年、当時九州リーグの沖縄SVからJ3のAC長野パルセイロに加入。試合出場の機会はつかめず1年で契約満了となったが、今季はJFLのレイラック滋賀からJ3ガイナーレ鳥取に加わり、4年ぶりのJ復帰を果たした。31歳にして個人昇格を遂げた守護神には、“不屈の精神”が備わっている。
文:田中 紘夢
プロを目指すも相次ぐ契約満了
AC長野でも「何も残せなかった」
「正直、もう上を目指すのはやめようという感覚はあった」
4年前にAC長野との契約が満了。Jリーグ合同トライアウトに参加したものの、オファーは届かず。念願のプロ生活が1年で終わり、寺沢は夢の舞台から遠ざかろうとしていた。
関東学院大学を卒業後に渡独し、当時ドイツ6部相当のヒラル・マロク・ベルグハイムに加入。異国で3シーズンを過ごしたのち、約半年の無所属期間を経て奈良クラブ(当時JFL)、沖縄SV(当時九州リーグ)とアマチュアクラブを渡り歩く。

帰国後の2シーズンでの出場数は、わずか4試合。定位置をつかめずに2度の契約満了となったが、プロ入りの夢は諦められない。地元のJクラブであるAC長野に直談判して練習参加。すでに補強が終わっていた中でオファーを勝ち取り、28歳にしてプロ入りをつかんだ。
しかし、プロの世界はそう甘くない。第4GKという立場でベンチ入りは叶わず、練習試合での出番さえも限られる。右も左もわからない中、プロデビューが叶わないまま1年で契約満了。本人からすれば「何も残せなかった」。

PROFILE
寺沢 優太(てらさわ・ゆうた) 1993年7月31日生まれ、長野県岡谷市出身。小学生の時は岡谷東部FCでプレーし、岡谷南部中時代はFC.CEDACに所属した。その後は都市大塩尻高に進んで正守護神となり、3年時は全国高校サッカー選手権に出場。関東学院大を卒業後は3年間のドイツ生活などを経てJFL奈良クラブ、九州リーグ沖縄SV、J3AC長野パルセイロ、関東1部南葛SCとクラブを転々とした。ティアモ枚方、レイラック滋賀のJFL2クラブでは定位置をつかんで活躍。今季はJ3のガイナーレ鳥取に完全移籍した。185cm、82kg。
3年連続の契約満了。その後は関東1部の南葛SCに加入したが、プロへの再挑戦は諦めかけていた。それでもひとたびピッチに立てば、「どうしても自分の心が正直になるところはあった」という。

偉大なチームメイトの存在も大きかった。当時の南葛SCは大型補強を敢行し、稲本潤一、今野泰幸、伊野波雅彦ら元日本代表が集結。元W杯戦士たちから「そういう気持ちがあるなら上を目指すべき」と背中を押され、再び心に火がついた。
南葛SCでは2試合の出場にとどまり、翌年に出場機会を求めてFCティアモ枚方へ。関東1部からJFLへとカテゴリーも上げた中で、28試合中27試合に出場。帰国後初の契約更新をつかんだ。

2年目はスタッフの入れ替えもあって序列が低下。開幕直後にレイラック滋賀FCへの移籍を決断すると、夏場から出場機会を得る。京都サンガF.C.やベガルタ仙台で活躍した角田誠監督のもと、GKを交えたポゼッションスタイルにフィット。攻守においてDF陣との連係が評価され、欠かせない存在となった。
JFLで主力の座を築き、J3昇格争いにも貢献。当然ながら滋賀から慰留を受けたが、プロ入りの意志は固かった。代理人と移籍先を模索する中で、タイミングが合致したのは鳥取。GK井岡海都がV・ファーレン長崎に個人昇格となり、寺沢に白羽の矢が立った。

引退とは常に隣り合わせの日々
“不屈の精神”で4年ぶりのJ復帰
紆余曲折はありながらも、4年ぶりにプロの舞台に帰ってきた。
「もちろん嬉しい気持ちもあるけど、やっと試合で積み重ねて戻ってこられた感覚がある。長野のときとはまた違った感情だった」
それもそのはずだ。
長野に加入した際は実戦から離れており、いわば“補欠要員”としての獲得だったかもしれない。

だが、今回は違う。JFLの2クラブで正守護神としてプレーし、活躍ぶりが認められた。31歳という年齢を踏まえても、まぎれもなく“補強”のピースだ。
自身2度目のJリーグ挑戦。1度目は大卒から5年を要し、2度目も3年かかった。その間には約半年の無所属期間、3度の契約満了、そしてトライアウトも経験。常に引退と隣り合わせの状況だったが、その経験が動じないメンタルを築き上げた。

「毎年がラストチャンスのような感覚だったけど、いろんな経験をしてきているので心が折れそうにはならなかった。『自分がこうなりたい』という理想像に対して、もがいて続けていたら成し遂げられる」
「自分のキャリアを見て『頑張ってみよう』『あと少しやってみよう』と思ってもらえたらうれしい」
まさに“不屈の精神”で這い上がってきたが、ここはあくまでスタートライン。J1の舞台を目標に据えており、プロデビューも通過点に過ぎない。

ハードルは決して低くないが、近しい前例もある。朴一圭(横浜F・マリノス)は関東1部から駆け上がり、29歳にしてJ1デビュー。一森純(ガンバ大阪)も29歳でデビューし、定位置をつかんだのは31歳だった。
GKは経験がモノを言うポジションで、フィールドプレーヤーと比べて比較的寿命も長い。「今年で32歳になるけど、まだまだ可能性はあると思う。J1にいる自分を理想像としているので、そこに向けてまた這い上がっていきたい」

その過程には“ビッグマッチ”も控えている。AC長野との古巣戦に向けては、「今までに経験したことのないようなイベントになると思う」。地元・岡谷市からほど近い松本山雅FCも身近な存在。地元クラブとの対戦を実現するためにも、まずは定位置を射止める構えだ。

クラブ公式サイト
https://www.gainare.co.jp/
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