言葉で伝え、プレーで示す 小川大貴が松本山雅に残したもの

2026年6月6日、松本市のサンプロ アルウィン。松本山雅FCのDF小川大貴が、現役最後のピッチに立った。サポーターの声援を受け、チームメイトに背中を示し、家族に見守られながらボールを追った背番号24は、13年間のプロ選手生活の全てを注ぐかのように躍動した。ジュビロ磐田、ジェフユナイテッド千葉、そして松本山雅と3クラブを渡り歩いた34歳が、プロキャリアの最後に選んだ松本山雅に残したものは何か――。スタジアムでプレーする姿を見るだけでは決して分かり得ない小川の大きさを紹介して、はなむけとしたい。

文:大枝 史

サッカーに意味を求めた違和感
幸せだった13年間に終止符

「僕にとってサッカーは、自分の人生を豊かに、幸福にしてくれるもの」

現役引退が発表された最終戦前々日の6月4日、小川大貴はそう口にした。

5歳でボールを蹴り始めてから30年間、ただひたすらにサッカーと向き合ってきた。

「多くの人と出会い、人間としても成長できたのは全てサッカーのおかげ」

今年2月に半年間の百年構想リーグが開幕する前、自分自身と冷静に向き合って「引退する可能性が高いだろうな」と感じていた。

確かに出場機会は減った。主戦場とするサイドの定位置は、24歳のDF樋口大輝や新戦力のDF小田逸稀に譲り、ベンチから出番を待つ試合が増えた。

しかし、衰えたと受け止める人がどれだけいただろうか。ひとたびピッチに立てば闘争心全開で相手に向かい、的確な状況判断と精度の高いキックで何度もチームを助けた。

引退を決断させた理由は別にある。

「5歳から30年間、無邪気にサッカーが好きで向き合ってきた。サッカーをすることに意味を求め出している時点で『違うな』と気付いた」

まだやれる。試合に出れば自分の良さを出せる自信もあった。

その一方で、「好きだから」向き合ってきたサッカーを続けることに「何のために」と考えるようになっていた。

意味を問い始めた時点で終わりにしようと決めた。

明治大を卒業した2014年、アカデミー時代を過ごしたジュビロ磐田に加入した。プロキャリアの大半を磐田に捧げ、J1やJ2を舞台に第一線に立ち続けた。

24年に期限付き移籍した千葉と合わせ、J1、J2それぞれで100試合以上に出場。プロ選手として歩んできた道のりは輝かしい。

磐田を契約満了で退団することになり、25年にJ3の松本山雅に移籍した。「正直、最初は戸惑いや不安の方が大きかった」と明かす。

初めて足を踏み入れるJ3に対して抱いた後ろ向きの感情は、すぐに消えた。

消してくれのは、ホームスタジアムを埋めるサポーターの熱い後押し。その声と熱量を全身で受け止め、心が打たれた。

「松本山雅のエンブレムを付けてプレーできたことは素晴らしい時間だった」

松本山雅の選手として戦った1年半を振り返り、心からそう思う。

多くのサポーターに愛され、大好きなサッカーと向き合い、愛する家族と共に歩み続けた13年間を「幸せだった」とかみしめる。

PROFILE
小川 大貴(おがわ・だいき)1991年10月16日生まれ、静岡県出身。ジュビロ磐田ユースから明治大学を経て、2014年にジュビロ磐田に加入。24年までの11年間をジュビロ磐田で過ごし、同年7月にジェフユナイテッド千葉に期限付き移籍。25年に完全移籍で松本山雅へ。豊富な経験と培ってきた戦術眼で存在感を発揮した。Jリーグ通算238試合出場5得点。172cm、73kg。

「若い頃の自分に似ている」
樋口大輝への継承した姿勢

小川が松本山雅に残したもの。

それは、同じポジションの樋口を見れば分かる。

「(樋口は)若い頃の自分に似ていると思う。僕と同じような葛藤を抱えながらプレーしているんだろうな…と」

今季前半の樋口は、ボールを失うことを恐れてセーフティーな選択をする場面が目立った。

ゴール前に入っていく動きをしたい。でもボールは大切にしたい――。そんな葛藤を抱える樋口の背中を小川が押した。

「もっと自信を持っていいんだよ」

練習中はもちろん、試合の直前も試合後も、あらゆる機会で樋口と向き合い続けた。時に厳しい言い方になったとしても、自分が学んできたことを惜しげもなく樋口に落とし込んだ。

伝えたのは言葉だけでない。プレーでも示し続けた。

「なぜここが空いたのか、なぜそこを見ておくのか。そこを見ておけばどこが見えるのか。常に樋口に自分のプレーを解説しながら、サイドプレーヤーとしてのノウハウをできるだけ落とし込もうと思っている」

一連の伝授は、一方通行ではなかった。

「自分で理解しながら成功体験を積むことができた練習が何回もある。『やっぱりあれだよ』と言われると自信にもなる。大貴さんの言葉が響くようになってきている」と樋口。その成果は、小川を退けて出番をつかんだ試合で発揮した。

今季後半になると、積極的にドリブルで仕掛けて決定的なクロスを上げるシーンが格段に増えた。その成長ぶりは石﨑信弘監督も認めるところ。精度も戦術眼も、まだ小川のそれに及んでいないことを思えば、樋口にはさらなる成長の余地がある。

小川の指導は樋口に限った話ではない。後輩たちには厳しい言葉を惜しまなかった。

「僕は毎日『ロッカーにいるな、グラウンドにいろ』と言っている。プロ1〜2年目の頃、毎日1時間ロングボールを蹴り続けた。それが当たり前だった」

練習しなければ上手くならない。その信念を、背中で示し続けた。


叶わなかった夢の実現を
後輩とサポーターに託して

小川の大きな武器は、その広い視野から繰り出される精度の高いフィードだ。

第18節の福島ユナイテッドFC戦では、2-3と勝ち越しを許した直後の後半アディショナルタイムに逆サイドの小田へピンポイントで届け、FW田中想来の同点ゴールを演出した。

「蹴った瞬間に(相手を)超えるなと思ったので、『競りに行くのではなく、信じて走ってくれ』という思いが(小田に)伝わった。信じてもらえてゴールにつながったと思う」

胸でボールを収めて田中にラストパスを通した小田も「あれは(小川)大貴さんなら…という気持ちで走っていた。2-3に逆転されてみんながっくりきていたと思うが、大貴さんだけ『まだまだ時間あるぞ』とチーム全体に声をかけて、僕もそれでハッとさせられた」と振り返る。

劣勢でも諦めない気持ち。大局を見極めて攻略の糸口を探る戦術眼。狙い通りにボールをコントロールする高い技術…。決して一朝一夕で体得できるものではないが、その一つ一つを小川は樋口に伝え続けた。

「外圧的にトライアンドエラーを無理やりさせて、成長している姿を見るのはすごく嬉しい」と、苦しみながらも葛藤を打ち破ろうとする樋口の姿勢を笑顔で見守った。

言葉で伝え、プレーで示し、後輩たちに成長を促し続けた。

「個人の部分で言えば自分が伝えられることはほとんど伝えられた。みんなには頑張ってもらって、フィジカル的にも、技術的にも、サッカーの配球的にも成長していってほしい」

その願いが成就するかどうかは、後輩たちが成長と活躍につなげられるかに懸かっている。

今季最終戦終了後に開催された現役引退セレモニーで、小川は「J2昇格という夢は叶えることはできなかったが、その思いは後輩たちに託し、僕も陰ながら応援したい」とスピーチした。

小川が松本山雅で描いた夢。それを託された選手もサポーターも同じ夢に向かって、新たに幕開けするシーズンに挑む。小川が残してくれた財産を胸に抱えながら。


小川大貴選手 現役引退のお知らせ
https://www.yamaga-fc.com/archives/547840
小川大貴(Jリーグ公式選手名鑑)
https://www.jleague.jp/player/900362/#attack

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