Jリーグ女性実況・平山未夢アナ “心に開いた1cmの穴”から動いた人生(後編)

Jリーグの女性実況者として2024年にデビューした平山未夢アナウンサーが、信越放送株式会社(SBC)を退社してフリーに転身した。局アナ時代は主にJ3松本山雅FCのホームゲームを担当。「ゴラッソメーカー村越凱光」「恐れ入ります、橋本啓吾」などの印象的なフレーズも注目を集めた。しかし一見すると華やかなキャリアの裏側で27年間、人知れず抱えてきたものがあった。“心に開いた、1cmの穴”から動き出した、新たなチャレンジに迫った。
文:大枝 令
前編はこちら
KINGDOM パートナー
「請求書とは?」から始まった
手探りで格闘する前例なき挑戦
フリーランスの現実は、想像以上に手づくりだった。
「完全に個人で始まったので、『請求書とはなんぞや?』というところから。作るのに1日、2日かかった」
スケジュール調整も、営業も、すべて自分。それでも手帳には、もう予定が並び始めている。7月25日の松本山雅FC-ヴァンフォーレ甲府のプレシーズンマッチに始まり、WEリーグ開幕の仙台-AC長野パルセイロ・レディース——。また、週末に向けて平日を過ごす日々が始まる。

しかし、局アナ時代との違いが明確にある。「(テレビ局在籍の)アナウンサーは受注産業。半月に1回出るシフトを見て、週末のサッカーに向けて、日々の仕事の隙間で仕込みをしていく。今はそのシフトすらない。うかうかしていると、仕込みを忘れそうになる」
何時に、どこで、何をするか。すべてを自分で設計する日々だ。
しかも平山アナは、実況一本に絞らない。平日は司会などの顔の出る仕事に加え、ビジネスサイドの仕事も並行して走らせている。「サッカー実況も頑張るけれど、他も並行してやっていきたい」

なぜ、実況に「フルベット」しないのか。そこには理由があった。
「実況者として大成したいという気持ちは1mmもなくて、細く長く関わっていきたい。ただ、松本山雅がJ2、J1に行ったときに、しゃべれる自分でいられたらいいな…と思っている」

とはいえ、サッカーが持つ誘引力の強さも実感したという。ビジネス関連の案件で訪れた企業で、30〜40人の社員のうち少なくとも2人が平山アナを知っていた。浦和レッズとRB大宮アルディージャのサポーターだった。客先ではワールドカップの話題で場がほぐれる。
「サッカーは共通言語なんだと改めて感じた。この武器を手放すのは、さすがにもったいない」
KINGDOM パートナー
移籍を決める選手と同じ心境に
保証なき世界の“ヒリヒリ感”味わう
転身の決断を支えたもの。先天性の心臓疾患を克服したことに加え、取材で追ってきた選手たちの背中も刺激になった。
その象徴は、松本山雅に在籍していた同い年のFW小松蓮(現ヴィッセル神戸)。2022シーズン。ゴールから遠ざかっていた時期の小松にインタビューをした際、「日本代表を目指す」と真顔で語っていた。そして小松は実際に23年、生活習慣をガラリと変えて大きく飛躍。J2ブラウブリッツ秋田を経て、現在は神戸でプレーしている。
こうして羽ばたいていく同世代がいる半面、移籍を決断するタイミングの難しさも痛感。悲喜こもごもを間近で見て、自らの立場に投影した。「20代で自分の身をどこに置くかが、その後を左右する。それを同世代の選手たちから教わった」

だから、決断の心境をこう表現する。
「選手が移籍を決める時と、全く同じ気持ちだったと思う。最後に残った選択肢は『東京にフリーで出る』か『石﨑(信弘)監督のフットボールをあと1年実況するか』だった」
局アナからフリーに転身した今、選手との精神的な距離感はさらに縮まった。アナウンサーは声というフィジカルな力が資本で、それはピッチで四肢を躍動させる選手と同じ。体調不良で声が出なくなったとき、気付いたことがある。
「選手がケガをしたときの気持ちが、前より具体的に分かるようになった。試合に出られないということは、アピールの場がないということ」
「活躍すれば上のカテゴリーに行けたかもしれないのに、そのチャンスも消える。毎日、保証がない中で戦っている。そのヒリヒリ感が、少しだけ理解できた」
日々努力を続けているのは、誰しも変わらない。その先で「誰もやっていないところまで追い込めた選手が上に行く。それは、この世界も同じ」。実況の言葉そのものにはならなくても、この理解は「ニュアンスや熱量として、実況に乗る」という信念を強めた。
退社日「6月10日」が帯びる意味
4年後の2030年、リベンジの舞台へ
退社日は2026年6月10日。中途半端に見えるこの日付には、意味があった。翌6月11日は、北中米ワールドカップの開幕日だ。
実は、ワールドカップ実況――という晴れ舞台を目前まで引き寄せかけていた。「日程もカードも、国まで候補として決まりかけていた。でも本当に、あと一歩で届かなかった」。SBCの人々も、それを期待して背中を押してくれていたという。だからこそ、悔しさが残る。
「自分の実力不足が大前提だけれど、それができないまま終わるのは悔しい。(ラウンド32で敗れた)日本代表も、目指したところからすると道半ばだったと思う。私も、じゃないけれど——4年後にリベンジしたい」
そこから逆算すると2027年の女子ワールドカップ・ブラジル大会があり、さらにさかのぼれば26/27シーズンのJリーグがある。そしてフリーとして最初の実況は、スカパーで放映される2026年7月25日の松本-甲府のプレシーズンマッチ。保証のない世界へ飛び込んでから初めての実況も、やはり松本山雅とともに始まる。

「山雅の昇格の瞬間を実況したい、という夢は諦めていない」
「山雅も成長してもらって、私も成長して、またJ1で会いたい」
信州から羽ばたく——。それはアスリートだけでなく、スポーツの周辺で熱量を発する者たちにも当てはまる。この土地に縁を持ち、愛着を強め、世界を目指す営み。その意味で、信州のフットボールは高みに通ずる扉となっている。

平山未夢オフィシャルサイト
https://miyu-hirayama.com/


















