Jリーグ女性実況・平山未夢アナ “心に開いた1cmの穴”から動いた人生(前編)

Jリーグの女性実況者として2024年にデビューした平山未夢アナウンサーが、信越放送株式会社(SBC)を退社してフリーに転身した。局アナ時代は主にJ3松本山雅FCのホームゲームを担当。「ゴラッソメーカー村越凱光」「恐れ入ります、橋本啓吾」などの印象的なフレーズも注目を集めた。しかし一見すると華やかなキャリアの裏側で27年間、人知れず抱えてきたものがあった。“心に開いた、1cmの穴”から動き出した、新たなチャレンジに迫った。

文:大枝 令

誰にも見えない「1cmの穴」
平山アナが初めて明かす27年間

2026年3月7日、サンプロ アルウィン。実況席に続く階段の前で、当時信越放送アナウンサー・平山未夢さんの足が止まった。

本来であれば、何事もなかったかのように、階段を上って職場復帰する――はずだった。しかし、体が動かない。エレベーターで3階まで上り、ガラス越しに90分間の試合を見つめていた。

平山アナは、先天性の心臓疾患を抱えていた。

「心臓に1cmの穴が、ずっと開いている状態だった。血が逆流し続けている」。0歳から半年に1回の検診が欠かせず、高校時代からは地元・愛知から東京の病院に通っていた。

見た目には決して分からない。生活にも困らなかった。ただ、虫歯になってはいけない。菌が心臓に回る可能性があるから。風邪も同様。コロナ禍では「基礎疾患のある人」に分類され、重症化リスクに怯えた。

「普段は生きていたら、忘れている。だからこそ検診のときや風邪をひいたときに怖くなる」

30歳を超えれば、血栓から脳梗塞などのリスクが上がる。いつかは必ず手術をしなければならない。そう言われ続けて、26年余が過ぎていた。

外形からはわからない。早稲田大学を卒業し、地方局アナウンサーになり、“Jリーグ公式映像”では初の女性実況者になった。むしろ順風満帆なパイオニアに見えても不思議ではない。

「でも、抱えているものもあるんだけどな」――。穴の空いた心臓とともに歩き続けた人生。それは口には出さず、マイクの前に座り、松本山雅のホームゲームで言葉を紡ぎ続けてきた。

「道半ばでは死ねない」と延期
手術より先に選んだ全試合実況

手術日程は、実は何度か決まりかけていた。まず2024年夏の予定だったが、実況デビューの話が舞い込んできたため延期。シーズン終了後のタイミングで再度検討したものの、ここでも先送りした。一時的にでも心臓を止める手術。「万が一」の可能性が、頭をよぎったのだという。

「手術(の成功率)は100%じゃない。もし死んでしまったら、4〜5試合しゃべっただけで終わってしまう。ものすごく道半ばじゃないか——と思った」

そして最終的には、2025シーズンのホームゲームを全試合やり切ると決めた。実際、熱を出しながら実況席に座っていた試合も。終盤戦はサンプロ アルウィンが鉄骨落下に伴って使えず、チームの成績も散々だった。

人生を懸けて選んだはずのシーズンなのに、不甲斐ないパフォーマンスをリアルタイムに言語化し続けるばかりの状況。やるせなさが言葉のトゲとなって表れ、後悔の涙を流した夜もあった。

それでも「やり切る」という執念を保ち続け、ワンシーズンを完走。次のJ2・J3百年構想リーグは、松本山雅のホーム開幕戦が遅い。そのタイミングで手術に踏み切った。

「絶対に放送に穴を開けないように戻りたい」

3月7日のホーム開幕・札幌戦で、何事もなかったかのように復帰する——。決意を固めて、手術に入った。

手術台でも脳裏に浮かんだ実況席
ホーム開幕戦、上れなかった階段

心臓手術は、一度心臓を止める。執刀にあたるのは、日本でも高名な心臓血管外科医・渡邊剛医師(ニューハート・ワタナベ国際病院総長・院長)。それでも、リスクはゼロにはならない。

「怖いに決まってるし、不安になることもあった。でも、手術台のベッドに横になった時も、頭にあったのはアルウィンの実況席だった」

「3月7日、アルウィン」
「3月7日、アルウィン」

脳裏で、そう念じる。
恐怖や苦難に打ち克つための、“おまじない”でもあった。

手術は無事に終了したものの、目覚めてからが本当の闘いだった。立ち上がれない。25mから始まった歩行練習は、満足に歩けない。

「80歳くらいのおばあちゃんが、スタスタと私を抜いていく。ちょっと待って?実況席に戻れないかも…と思った」

喉には機械のパイプが入り、声も出ない。実況どころか、アナウンサーの仕事そのものができなくなるかもしれない。新チームの新体制発表会は、病室のベッドで見た。

手術からの回復は、思い描いたようには進まなかった。そして「本当に言いたくなかった」という一言を、彼女は会社に伝えざるを得ない状況となった。

「開幕戦、実況には戻れません」

それでも、当初の実況予定からインタビュアーに役割を変え、サンプロ アルウィンの現場でサッカーの空気には触れた。

「あなたはもう普通の人です」
27年目の卒業と“ニューハート”

「3カ月で元に戻る」という渡邊医師の見立て通り、体は回復していく。2月末に職場復帰し、ラジオのニュースから徐々に感覚を取り戻すと、4月5日のいわきFC戦で実況席に帰ってきた。直後からの連戦も乗り切った。

そして4月、術後3カ月の最終検診。渡邊医師に言われた。

「あなたはもう、普通の人です」

0歳から続いた半年ごとの検診は、もう要らない。27年間連れ添った心臓疾患からの“卒業”だった。「せっかく手に入れた『ニューハート』なんだから、ここからいろんなことを頑張って」。医師の言葉に、背中を押された気がした。

体は、確かに変わった――という。

「実況していても、胸が引きつることも、ドキドキすることもない。疲れにくくなってパワーアップした感じがしたし、『突然何かが起きるかもしれない』という不安も消えた」

しかし病気は結果的に、「奪う」だけではなかった。他ならぬ自身がそうであるがゆえに「外から見えるものと実際の中身は、けっこう違う」。その思考を他者にも自然と投影してきた。

10,000人以上のサポーターに囲まれてピッチで輝く選手にも、見えない何かがあるかもしれない。サポーター一人一人も、この瞬間を励みに1週間仕事を頑張ってきたのかもしれない——。

見ただけではわからないからこそ対象を知ろうと、チームの練習取材にも足を運んできた。その想像力が、サッカー実況を含めた仕事スタイルの根幹をなしている。

そして新しい心臓は、人生の背中を押した。

「治してもらったこの心臓で、もう1つ2つ、頑張ろうと思った」

2026年6月10日、信越放送を退社。フリーアナウンサーへの転身という道を選んだ。なぜ退社日は6月10日でなければならなかったのか。保証のない世界に飛び込んだ平山アナが垣間見た、新たな地平とは——。

(後編は7月23日公開予定)


平山未夢オフィシャルサイト
https://miyu-hirayama.com/

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