金子光汰のアンカー起用に見る 石﨑信弘監督の狙いと計算

小さなざわめきが、試合開始と同時にどよめきに変わった。2026年7月18日、松本市の信州グリーンフィールドかりがね。J3松本山雅FCがJ2カターレ富山を迎えて臨んだトレーニングマッチ(TRM)で、松本山雅のDF金子光汰がアンカーのポジションに入ってプレーを始めた。ルーキーイヤーの昨シーズン、3バックの中央でレギュラーの座をつかんだ背番号43。見慣れぬ光景に、約700人の観衆が驚くのも無理はない。J3開幕まで3週間。勝負のシーズンを見据えた石﨑信弘監督の深謀遠慮を考察する。
文:板倉 就五
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高い走力とカバリング力
入念に用意されたコンバート
遡ること10日。静岡県御殿場市を拠点に臨んでいたトレーニングキャンプ10日目の7月8日から、金子光汰のアンカー起用は準備されていた。

攻守の戦術を浸透させるためのハーフコートでの実戦形式の練習。その1本目は3バックの中央でプレーしていた金子光が、2本目にアンカーの位置に入った。
実戦形式の練習では、監督とコーチが事前に準備した配置をホワイトボードで選手に伝える。アンカーの位置に自分の名前があるのを見た金子光は「(コーチが)間違えちゃったのかなと思った」。中学生の頃からセンターバックとサイドバックを主戦場にしてきた生粋のディフェンダー。ボランチやアンカーといった中盤でのプレー経験は一度もない。

7月8日の練習後、石﨑信弘監督は「(金子光は)運動量が多くてカバーリング能力も高い。中盤でやったらどうなるかなと。ちょっと試してみただけ」と話した。翌日の練習でもアンカーのポジションに入った金子光は、7月11日にJ1水戸ホーリーホックと対戦した非公開のTRMでも「15分くらい」(石﨑監督)アンカーでプレー。富山とのTRMでは、現時点の主力組と言える1回目の先発にアンカーで起用された。
「ちょっと試した」という10日前と比べ、金子光のアンカーへのコンバートは現実味を増している。

昨シーズン、アンカーの主力を担ったのはMF深澤佑太だった。
豊富な運動量と球際の強さを武器に、こぼれ球奪取やインターセプト、デュエル勝利など守備面で軒並み百年構想リーグトップクラスの数字をマーク。ディフェンスの構築を重視する石﨑監督によるチームづくりの要だった。

その深澤が、今シーズンを前にJ2湘南ベルマーレへ移籍。石﨑監督は、深澤がチームを去ることが決まった時点から金子光のアンカー起用を考えていた――と明かす。
松本山雅のイ チャンヨブ・フィジカルコーチによると、百年構想リーグでチームトップの走行距離をマークしたのは金子光だった。1試合平均で10~11kmを走り、12kmを超えた試合もあったという。

オーバーラップによる攻撃参加が求められる3バックの左右ならまだしも、3バックの中央に入る選手の走行距離としては驚くべき数字だ。「それだけカバリングに走っていたということ」と石﨑監督。深澤が抜けた穴を補って余りある戦力になる可能性がある――。今シーズンに向けた強化が始まる前から、金子光の潜在能力に目を向けていた。
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主力抜かれた八戸での成功体験
3バックの補強も決断後押し
金子光のアンカー起用は石﨑監督の“賭け”ではない。そもそも、勝ち点1が足りずに昇格を逃した経験が3度もある百戦錬磨の指揮官は、一か八かのチームづくりや試合運びを嫌う。それに、確かな成功体験もある。

石﨑監督が当時J3の八戸を指揮していた2025年。アンカーの主力として好成績を支えていたMF土井紅貴が、シーズン途中の8月にJ2ブラウブリッツ秋田に引き抜かれる形でチームを去った。
その時、チームは6連勝で首位に立っていた。石﨑監督は3週間のリーグ中断期間を使い、もともとはトップ下を担っていたMF佐藤碧をアンカーにコンバートした。

「ワシがアンカーに求めるのはディフェンスのところ。(佐藤碧は)守備で気の利く選手だったし、たまたま練習で中盤をやらせたら良かったから」。シーズン途中に主力のアンカーを欠く緊急事態を乗り越え、八戸は2位で初のJ2昇格を果たした。
当時の八戸で3バックの中央を務めたDF蓑田広大が今シーズン、松本山雅に加わった。高いリーダーシップや経験値に加え、石﨑監督の下で3シーズンにわたってプレーした実績もある。

蓑田が松本山雅の主力に定着すれば、同じポジションの金子光は控えに甘んじることになるかもしれない。「それはもったいない」という指揮官の考えも、コンバートを後押しした。
確約されていない主力の座
開幕に向け選手間競争過熱
富山とのTRMでアンカーとして45分間プレーした金子光は一度ベンチに下がり、今度は3バックの中央に入って再出場した。

代わって2回目でアンカーに入ったMF松村厳は、相手ボールにガブガブとかみつくようなつぶしを見せていたし、3回目にアンカーで起用されたMF渋谷諒太も闘争心をむき出しにして球際の争いに挑んでいた。
金子光にアンカーの主力の座が約束されているわけではなく、ポジション争いのライバルたちは目の色を変えてレギュラーを奪い取ろうとしている。誰が開幕スタメンに名を連ねようと、石﨑監督の采配が選手間競争を過熱させ、チーム力アップにつながっていることは間違いない。

「アンカーで自分の良さを生かせることは分かってきた。(アンカーとセンターバックの)どっちもできれば選手としての幅が広がる。アンカーをもっと頑張ったらセンターバックとしての自分の成長にもつながる」と明るい表情で話す金子光。「ディフェンスのところで言うと、かなり良かったのではないか」と富山戦で見せた金子光のパフォーマンスに及第点を与えた石﨑監督。

開幕戦のスタメンとしてピッチに送り出される11人は、誰になっているのだろうか――。
松本山雅FCオフィシャルサイト
https://www.yamaga-fc.com/



















