信州ダービー直前企画「生き残れ」② 松本山雅・山口一真
火花を散らす一戦の機会が、三たび訪れた。信州ダービー。今回はAC長野パルセイロが、長野Uスタジアムに松本山雅FCを迎える。互いに置かれた状況は異なるものの、生き残りを懸けたサバイバルマッチであることは同じ。両チームの選手1人ずつをピックアップしながら、ダービーマッチに向けた思いなどに耳を傾ける。
文:大枝 令
クオリティ備えるストライカー
ピッチを遠ざかっていた理由は
孤高の狼――。
山口一真には、そんなイメージがある。
獰猛でしなやか。グラウンド上で好んで群れることも少ない。
「自分がこのクラブを勝たせる存在にならないといけない。前線の選手が点を取ることでチームは勝てる。もっと責任を持って、練習から厳しさを持って、一本一本にこだわっていきたい」
4月上旬、トレーニング後の取材に対してそう応えていた。それから半年。チームは残り8試合で7位と不本意な順位に甘んじている。自身は22試合出場3得点だが、このうち先発は8試合だけ。チームだけでなく、自身もくすぶりが続く。
ケガをしていたわけではない。
自身も「何も変わってはいない」と言う。
ではなぜ、ピッチから遠ざかっていたのだろうか。
霜田正浩監督が説明する。
「彼はストライカーだと思っている。『点を取りたい』というギラギラしたオーラをピッチに吹き込んでくれる数少ない選手で、(ペナルティ)ボックスの中にたくさん入ってほしい。(起用されなかった)理由は明確。練習試合でも練習でも、あまりゴールに向かっていなかった」
11人の連動性が重視されるチームスタイルの中で、“ストライカー・山口一真”に期待される役割の一つは圧倒的なクオリティ。組織の秩序をあえて部分的に壊してでも、個の暴威で制圧することだ。それを可能とするだけの能力を持っていることに、疑いの余地はない。
「最後の個で決め切るところは、もっと見せないといけない。僕はそれをできる選手だと思うので、ピッチで表現したい」と山口。第27節大宮アルディージャ戦以降は5バックの相手が続いており、こじ開けるのにひと苦労している。それだけに、かかる期待は大きい。
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生き残りを懸けたシーズン終盤
信州ダービーは昇格への通過点
阪南大からJ1の鹿島アントラーズへ。将来を嘱望されていたものの、2度の前十字靭帯断裂が大きく影響して現在に至る。来年1月で29歳。むしろ今は1度目の左膝に違和感を残しているというものの、試合から遠ざかっている時期も覇気を失うことはなかった。
「出ればやれる自信はある」
それでも、チームはJ2昇格プレーオフ圏内を争う順位。チームとしても個人としても、生き残りの瀬戸際に立たされている。
「自分が試されるシチュエーションに来ている。まずはチームが上がらないと自分のカテゴリーも上がらないし、注目されるような選手にはなれない。昇格のために自分に何ができるのか。そこを意識してやっていかないと」
次節の信州ダービーも、そのための通過点。どの試合も必勝なのは同じだといい、「一戦一戦同じ気持ちで戦わないといけない。選手は勝ちを拾いにいくために貪欲にやらないといけないし、個人として特別に長野を意識しているところはない」と言い切る。
ちなみに長野のセンターバック大野佑哉は1学年下で、山梨学院高-阪南大と同じルートをたどる。2021年には山雅でともにプレーもした。「アイツは気分にムラがあるけど、センターバックとしての能力は高い。足も速いし、ボールも繋げる。対戦できるのなら楽しみ」と牙を研ぐ。
ゴールこそが存在証明
信州に「山口一真」の名を刻む
むき出しの刃物のような印象を帯びつつ、義に厚い一面もある。2021年の加入時は左膝の前十字損傷から回復中の段階。「大ケガをしても手を差し伸べてくれたクラブ。何かしらの形で恩返ししたいと思って選んだ」と話していた。
加えて父親は小諸市、母親は佐久市の出身。親類の多くは長野県在住だという。自身は東京都の生まれ育ちではあるものの、故郷のような印象を抱いてきた。親類の集まりで「将来は山雅に入りなよ」と言われたこともあった。
もちろん次節、通過点として勝って生き残るのが大前提。しかしその過程で、この信州に「山口一真」という名を克明に刻む千載一遇のチャンスでもある。
実際にこの街で暮らして、その熱量に感化された側面もある。
「自分がお客さんだったら、毎回つまらないプレーを見せられたら行かないと思う。松本には勝っても負けても常に応援してくれるサポーターがいて、それは素晴らしいクラブという証拠でもある。その期待を裏切ってはいけない」
相手を上回る獰猛さを示し、ゴールを奪う。
それこそが山口一真の存在証明でもある。