若林順平×若林凜香「父から娘へ 地域に“徳を積む”クラブ経営」(後編)

フットサル最高峰のF1リーグを戦うボアルース長野は、2025年6月3日付で代表取締役社長を交代。前社長の若林順平さんが会長に就任し、娘の凜香さんに社長の席を譲った。親会社であるデンセンホールディングスを同族継承してきた順平さんは、なぜ娘にクラブ経営のバトンを託したのか。親子が描く今後のビジョンとは――。(2025年取材)
取材:田中 紘夢/編集:大枝 令
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KINGDOM パートナー
社長は環境整備の“バランサー”
選手、スタッフが輝ける土壌を
――会長から「スポーツ歴なし」という意外な話がありましたが、社長はスポーツ経験はおありですか?
凜香 私は6歳から11歳まで空手をやっていて、8歳から馬術も始めました。団体競技ではなく個人競技に関わってきた中で、まだ団体競技のことは分からないところもありますけど、個人個人の気持ちには寄り添っているつもりです。それこそ馬と違って人はしゃべれるので、何を考えているかは分かりますから(笑)。
ただ、サッカーだったりフットサルだったり、特定のスポーツに思い入れがあるわけではないです。そういう競技の選手と関わる時間は長かったですが、むしろ距離を置いていた部分もありました。ケガとか退団とか、寂しい思いのほうが強いので…。
それでも目の前の応援してくれている人たちがいて、それに対してプレーで恩を返せるのは、選手にとって徳を積む行為でもあるじゃないですか。うちのクラブは試合後にお見送りをしていますが、負けたときもそうだし、出ていない選手だとなおさら一歩引いてしまうところがあるんです。

「どうせ自分なんて…」と思っているところもあるかもしれないですけど、そんな必要はなくて。むしろ「応援している人たちに恩返ししよう」というメンタルであってほしいし、私もそこは背中を押すようにしています。
ただ、まだまだ経営者として未熟なので、今は「できることをやろう」という気持ちでやっています。最初はクラブの一員として試合会場に行くことも慣れなかったですが、周りから「看板娘」と言われるようにもなって、実際に看板も立っています(笑)。とにかくチームを愛して、ともに強くなろうという気持ちが伝わったのかなと。
順平 就任から半年間で、ボランティアの皆さんだったり、いろんな人から話しかけられるようになっています。社長はバランスを取ることが仕事なので、セクショナリズムになるんじゃなくて、ありとあらゆることに手を尽くさないといけない。全員野球じゃないですけど、みんなでやっていかないといけません。
社長は社長としての重みを持っています。自分が「ここが足りない」と思ったら、そこにいるだけでなんとなくバランスが取れることはあるんです。私も社長のときはそうやってきたし、娘にも周りを見渡して、整える仕事を任せています。

社長として威厳を保つんじゃなくて、役割を全うする。社長という呼び名でなくても全然構わないし、うちの選手はみんな私のことを「順平さん」と呼びます。自分は「順平さん」という役割だと思っているし、むしろそれでいいのかなと。
世の中の人たちは社長がゴールだと思っているかもしれないですが、社長はただの役割です。私は社長の息子として生まれたのでずっとこの役職にいますが、同級生には「お前は社長しかできない」と言われます。たしかにそうなんだろうし、それでいいと思っています。
凜香 何ができるとかできないじゃなくて、やらなきゃいけないんですよ。試合会場でも常に「何かできることはないかな…」と探しているし、この前も新グッズを自分で買って身につけていたら、それを見た人がたくさん買ってくれました。
クラブとしてSNSが強いわけではないですが、私が出たイベントを自分のInstagramに投稿して見てもらえたら、それはそれでいいのかなと。そうやってできることを常に探していたら、だんだん受け入れてもらっていると思えるようになりました。

――いわゆる同族経営のもとで、マネジメント層としてのマインドが育まれたところもあるのでしょうか?
凜香 最初は経営を引き継ぐつもりも全然なかったんですけどね。大きくなっていくうちに、「もしかしてあの椅子に座るのは私じゃないか?」みたいな…(笑)。
順平 小さいときから娘には、なんでも自分で決めるように言ってきました。空手をやるかやらないかとか、中学は私立か公立かとか、推薦を受けるか受けないかとか。馬術を始めるときにも、ペットとして飼うんじゃなくて、その馬の人生を引き受ける気持ちがあるのか。それも彼女に決めてもらいました。
中学に上がるときにも、「私はパパの子だから公立に行くといじめられる」と言って、私立を選んだんです。そのために塾にも行くと決めて、週3回通っていました。高校から大学に上がるときにも、馬術で推薦をもらうこともできましたけど、一般入試を選んで受験勉強していました。

私も自分の道は自分で決めてきました。中学のときは学力が低いのに上田高校を目指していて、先生にも「無理だ」と言われましたが、必死に勉強して合格しました。ただ、私の中では合格することがゴールだったので、高校も卒業するのが精いっぱいで、大学受験すら受けなかったんです。
昼は建設業で働いて、夜はバーテンダー。そんな生活を送っていましたけど、両親も自分で決めたことなので何も言いませんでした。だけど自分で決めると、自分で尻を拭わないといけなくなるし、楽なほうばかり選んでいたら何も共感してもらえない。ここから共感してもらえるような物語を描くんだったら、どこかで博打を打たないといけない――と思って、アメリカに留学しました。
それがもし、「お坊ちゃんなのになんで建設業でバイトしてるの?」というふうに物語を描いたら、共感してもらえるかもしれないじゃないですか。王道を進むだけが正しいとは限らないし、今も髭ヅラでアクセサリーもジャラジャラつけていて、ギャップしかないと思うんですよ(笑)。

今まで歩いた道が評価されてきた中で、そういうギャップを生かしてもっと物語を描けるかもしれない。娘もしょっちゅう金髪にしたりしていますが、別に何も言いません。社員もそうだし、選手もそうですけど、とにかく自分を表現すればいいんです。
凜香 髪の色とかアクセサリーって、世間的に言えばマイナス評価されやすいじゃないですか。でも、マイナスだと分かった上で、それを超えて評価されればいい話なので。
私がいつも第一に考えているのは、自分がご機嫌でいることなんです。こんなに若い社長が仏頂面で挨拶してきたらみんな嫌だろうし、自分がご機嫌でいるためには周りもご機嫌でいてもらわないといけない。その環境を守っていくために何ができるかと考えたら、マイナス面を数えている暇はないんです。
別に何かが足りていないとは思わないし、「これをしたらもっと良くなるんじゃないか」と。そのバランスを取るために私がいると思っています。

順平 選手からしても、ボアルースを選んだのはマイナスかもしれないじゃないですか。でも、それを選んだのは自分なわけで、そこからどう頑張るかで人生は決まると思います。
私はボアルースを「選ばれるクラブ」にしたいと思っているし、そのために環境を整えています。最初は誰も来てくれないクラブでしたが、少しずつ選ばれるようになってきたし、自分で選んだ以上は頑張れるじゃないですか。
デンセンホールディングスも同じで、同族継承、外部招へい、内部昇格、婿養子みたいな選択肢があるじゃないですか。それを作るのが私の仕事で、娘にも「自分で選んでいる」んじゃなくて、「選ばざるを得ない」となると切なくなります。選手たちにも選択肢がある中でボアルースを選んでほしいし、引退した後のセカンドキャリアも受け入れられるようにしたいです。
――ボアルースは選手だけでなく、お二方をはじめスタッフのグッズも販売されていて、全員が主役であるように感じられます。
凜香 変な話ですけどね(笑)。気づいたら新しいグッズが出ていて、自分たちのアクリルスタンドとか個人グッズも出ているんですよ。

順平 それによって、スタッフも見られているという緊張感があるんじゃないですか。自分自身がクラブを構成するピースだと意識して、「画竜点睛を欠く」ではないですが、ここがハマらなければ絵にならないと。
私はとにかく権限を委譲していて、された人は責任を負って自分で考えないといけません。そのグッズが売れるか売れないかもそうだし、部活動の地域移行を請け負う話も、ほとんど外堀を埋めてから私に話が来ました。
社長が決めてやったことがうまくいかなかったら、社長のせいになるじゃないですか。でも、私たちは自分が決めてやっているし、その環境を整えるのが私の仕事です。スタッフのグッズの話も、私に相談されたら「やめろ」と言うと思いますよ(笑)。
KINGDOM パートナー
ハードの整備とプロ化も視野に
「あってよかった」を目指して
――ハードの面については、今後どのように拡充していきたいと考えていますか?
順平 今は市営の体育館を使っていますが、競技力を上げるために自分たちの練習場が必要と思ったら、そこには投資すべきだと考えています。ただ、市内にもあまり使われていない体育館は多いので、それを活用できる可能性もあります。
練習を夜から昼にしてあげたい思いもあって、そうなればハードに投資するんじゃなくて、選手に投資することになります。もちろんスポンサーの理解も必要ですが、選手たちが完全にプロ化して競技に集中できるのであれば、それはそれでいいのかなと。とはいえ、まだまだ遠い未来の話ではあります。
ただ、プロチームであることがFリーグにとって良いのかと言うと、また話は変わってきます。今の収益で選手たちに還元できる給与は大した額ではないし、それなのに「フットサルがやりたいから」という理由だけで縛りつけてしまうのは、ちょっと違うと思います。

これまでは右肩上がりで増収してきた中で、社会に還元するためにお金を使ってきました。それは選手に還元するには足りないからでもあるし、そのためには今の倍くらいの資金が必要になってきます。もちろんそこを目指してはいて、今はちょうど折り返し地点くらいの感覚です。
――スポンサー収入、チケット収入、グッズ収入の3本柱を強化していくイメージでしょうか?
順平 そうですね。今は1,000人を超えるか超えないかという動員数ですが、2028年の国民スポーツ大会に向けて長野運動公園の体育館が改修されている中で、よりアクセスの良い新会場で開催できる可能性もあります。
今はその3本柱だけじゃなくて、スクールに右肩上がりに生徒が増えています。そこでも競技力にフォーカスするというより、人として成長させて「預けてよかった」と思ってもらいたい。グッズに関しても、先ほどの話のように楽しいものを提供していきたい。正常進化の中でペイしていくのが理想です。
凜香 私はフットサルに関しては父よりも素人で、試合を見ていても「今の何?」と思うこともあります。でも、この長野県にもフットサルを知らない人はたくさんいるだろうし、そういう人たちと同じ立場で伝えられることもあると思います。
最近は知り合いから「見に行きました」と連絡をもらうことも増えてきました。自分が関わることによって人を巻き込めている実感もあるし、その輪が広がっていけばフットサル文化も浸透していくと思います。

それは経営者としてもうれしいことだし、何よりも選手がうれしいじゃないですか。フルタイムで働きながらフットサルをしている彼らが、一番自分が認められると感じる瞬間がそこにはあります。「これだけの人が応援してくれているんだ」と感じられるアリーナを用意したいし、そのためには彼らの協力も必要です。
私は選手からしたら中堅くらいの年齢なので、上にも下にも絡みやすいところはあります。大卒の選手から「BeReal.(ビーリアル)に映りましょ」と言われましたが、そういう距離感でいいのかなと。別に社長として偉そうにするつもりもないし、ただ一緒に歩んでいく仲間だと思ってもらえたらうれしいです。
順平 サッカーを見ていると、「昇格」「優勝」という目標をよく聞くじゃないですか。もちろんみんなが願っていることだと思いますけど、それだけしか夢がないと、それが果たせなかったときに揺り戻しが大きくなってしまいます。
そうじゃなくて、「このクラブがあってよかった」と。そういうブランディングができるクラブが長野県にはあるし、ボアルースもそれを目指しています。応援してくれている人があってこそのプロスポーツクラブなので、まずは地域の皆さんを幸せにすること。地方でスポーツをビジネスにするのは簡単ではないですが、今後もみんなで種を蒔き、水をやる土壌を耕していきたいです。

クラブ公式サイト
https://boaluz-nagano.com/
Fリーグ チーム紹介ページ
https://www.fleague.jp/club/nagano/


















