“ライオンテイマー”廣瀬龍 眼光鋭く2季目のWE開幕へ
廣瀬龍。高校サッカーフリークであれば、誰もがその名を耳にしたことがあるだろう。名将・古沼貞雄監督の後継として帝京高を率い、名門・鹿島学園高の総監督も務めた熟練者だ。昨季からAC長野パルセイロ・レディースの監督に就任し、自身初となる女子チームを指揮。1シーズン目はWEリーグで12チーム中11位に終わったが、9月15日に開幕する2シーズン目へ、“廣瀬色”を強めている。
文:田中 紘夢
昨季はWEリーグに初挑戦
中断期間が分かれ目に
昨年5月まではカンボジア代表の監督として、ゼネラルマネージャー(GM)の本田圭佑とタッグを形成。東南アジア競技大会(SEA Games)を戦う最中、AC長野の村山哲也強化ダイレクターから監督就任の打診が届く。
村山氏は2019年にタイのサムットプラーカーン・シティFCを率い、その際に廣瀬氏はヘッドコーチとして共闘した間柄。かつての戦友から誘いを受け、2年ぶりの帰国を決意した。
開幕戦こそ日テレ・東京ヴェルディベレーザに敗れたものの、その後は2勝2分と立て直し。WEリーグカップ王者のサンフレッチェ広島レジーナに勝利すれば、日本代表を数多く擁するINAC神戸レオネッサにも引き分けるなどして、期待感を膨らませた。
PROFILE
廣瀬 龍(ひろせ・りゅう)1956年4月19日生まれ、東京都出身。現役時代は帝京高(東京)、中央大を経てフジタ工業(現・湘南ベルマーレ)でプレーした。引退後は帝京大三高(山梨)、帝京大、帝京高で監督を務め、鹿島学園高(茨城)では総監督。その後サムットプラーカーン・シティFC(タイ)ヘッドコーチ、カンボジア代表監督などを経て、2023年からAC長野パルセイロ・レディースの監督を務める。
前線からのハイプレスでボールを奪いにかかり、いざ奪えば人数をかけて相手のゴールに迫る。前半戦は攻守ともにアグレッシブなスタイルが機能した。
しかし、後半戦は波乱が待ち受けていた。
2カ月間のウインターブレイクを経て再開。初戦のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦こそ勝利するものの、その後は泥沼の12試合未勝利。最終節でも最下位のノジマステラ神奈川相模原に敗れ、12チーム中11位と過去最低順位に終わった。
スタイルを大きく転換したわけではなくとも、前半戦のような勢いが失われたのは事実。現場では何が起きていたのか。
分かれ目となったのは、時期的にもウインターブレイクと言えるだろう。WEリーグは秋春制を採用しており、シーズン途中に2カ月の中断期間に入る。選手やスタッフが入れ替わったり、戦術を落とし込む時間ができたりと、転換点にもなり得る時期。チームは3名の新卒選手を迎え、タイで11日間に及ぶキャンプも敢行した。
この間には前半戦で培ってきたハードワークを磨きつつ、細かな戦術も落とし込んだ。具体例を挙げるとすれば、自陣からボールを繋ぐビルドアップ。これまではいくつかのパターンを引き出しとして与えてきたが、そこに流動的なポジショニングなども加味したイメージだ。
従来よりもボールを大事にしながら、相手陣内に進入していくスタイル。後半戦はそれがうまくいくシーンもあった半面、失点に直結するケースも多く見られた。
例えば後半戦初黒星となった第10節・大宮アルディージャVENTUS戦。自陣でのビルドアップからボールを失うと、そのままGKの頭上を越えるロングシュートを決められる。第13節の三菱重工浦和レッズレディース戦でも、GKのパスミスから無人のゴールに流し込まれた。
新たな試みに挑戦する中で、プレーに迷いが生じれば、失敗体験が重なって自信を失う側面もあった。後半戦にかけてメンバーが固まりつつある中で、チームとしてのモチベーションにもバラつきも生まれてくる。前半戦に見せたようなアグレッシブさも薄れ始め、負の連鎖を断ち切れず。気づけば12試合未勝利と泥沼にハマった。
ベテラン指揮官の明確な指導哲学
「できるようにすること」
廣瀬監督は、厳しくも愛のある指揮官――と言えるだろう。
これまで育成年代やナショナルチームを率いた中でも、常に眼光を鋭く光らせ、原理原則から外れれば語気を強めてきた。それが女子チームにどれほど適用できるかは未知数で、1年目はさじ加減を探りながら試行錯誤。「ミスをした選手にパッと指摘ができなかったりして、『これは芳しくないし、指導としてどうなんだろう』と反省するところもあった」
選手に求める要素は明白だ。球際、切り替え、運動量。サッカーの原理原則に基づいて技術や判断を養いながら、身体的にも精神的にもタフに戦う。そこに帝京高時代の教え子である諸町光彦GKコーチをはじめ、若き指導者のエッセンスも取り入れてきたが、根本的な指導哲学は変わらないものがある。
「サッカーは相手よりも多く点を取るスポーツで、勝てるチームには点を取るストライカーがいる。逆に失点を食らわなければ負けないし、トーナメントであればPK戦で勝つこともできる」
相手よりも多く点を取るためには何が必要なのか。さまざまな戦術論が取り沙汰される中でも、最終的に勝敗を左右するのは「気持ち」。その最たる例として、J1で首位を走る町田ゼルビアを挙げる。
「相手のボールを奪い取る姿勢は、どこにも勝る気持ちが出ている。パリオリンピックに出た藤尾(翔太)を見ていても、形よりも気持ちで点を取っている。そういうことがプロに入っても原点にあって、チームスポーツではあるけど、まずは良い選手を育てないといけない」
では、「良い選手」を育てるためには何が必要なのか。
廣瀬監督からすれば、指導者としての仕事は「できるようにすること」だ。一歩の寄せ、一本のシュートにどれだけこだわれるか。単純な走り込みやシュートの練習も多いが、その意図は技術や走力の向上だけではない。当たり前のことを徹底させたり、自信を植え付けさせる狙いもある。
帝京高を率いていた際もそうだった。
名将・古沼貞雄監督の後継として就任。もともとポテンシャルのある人材が集う中で、足りない部分を補いつつ、メンタルにも訴えかけてきた。代表例を挙げるとすれば、名古屋グランパスの稲垣祥。29歳にして日本代表デビューを飾ったボランチだが、彼もまた廣瀬監督のもとで育ったプレーヤーだ。
「最初は小さくても身体が強い印象だったけど、入学して走らせると遅かった。それでも頭が良くて、トレーニングのポイントを押さえて積極的にやる。3年でキャプテンにしたときも目配り、気配りが効く選手だった」
目を見張るような技術があるわけでも、高さやスピードがあるわけでもない。それでも足を止めることなく、ボックス・トゥー・ボックスとしてゴール前にも入っていける。2021年にはボランチながら8ゴールを記録。その際には「もう10m前に出ていくことで打てるようになりました」と連絡があったという。
AC長野の選手にも重なる部分がある。
昨季、当時21歳ながらキャプテンに任命した伊藤めぐみだ。稲垣と同じボランチが主戦場だが、150cmと人一倍小柄。技術的には優れているものの、高さやスピードは持ち合わせていない。
それでも昨季はチームトップとなる7ゴールを記録。ポジションがトップ下に変わったこともあるが、キャプテンとして周囲の模範となり、ゴール前に出ていく回数も増えていった。廣瀬監督の指導を受け、まさに「できるようになった」と言える。
「甘え」を許さない鋭い眼光
獅子の群れを束ね、上位進出へ
話をチームに戻すと、今季も基本路線は変わらない。廣瀬監督の口癖を借りれば、「個を鍛え上げる」こと。それによってチーム力を底上げしながら、球際や切り替えといった基本を徹底することだ。
引き続き伊藤にキャプテンを託しつつ、新たな精神的支柱にも期待がかかる。大宮アルディージャVENTUSから加わった坂井優紀だ。なでしこジャパンでの出場歴を持つ35歳。指揮官が渇望していた経験のあるベテランで、コミュニケーション力にも長けている。
「あえて僕もそういう見方をしながら、キャンプのときにも話をさせたりしていた。選手たちには坂井の経験談を聞こうとする姿勢があるし、試合に出ながら活躍をして、なおかつ意見をしてくれたら効き目がある。それに出ている選手も意見をしてくれたら、若手への刺激にもなると思う」
とはいえ、やはりカギを握るのは指揮官の手腕。帝京高出身で、現在は“ホスト界の帝王”と称されるROLANDも恐れたほどの眼光。華やかな世界に身を置く者でさえ、今でも恩師を目前にすれば頭が上がらないという。
サムットプラーカーン・シティFC時代に共闘した木野村公昭アシスタントコーチからしても、当時は「目でやらせる」ほどの鋭さがあったという。今村俊明・代表取締役社長も新体制発表会において「昨季はらしさがなかった。馴れ合いの優しさとか甘さよりも、愛情のある厳しさを出せると思う」と発言した。
9月15日、いよいよリーグ戦が開幕。プレシーズンから愛ある厳しさが垣間見られ、昨季以上に個々へのアプローチが強まった。出番が少ない面々にも奮起を促し、実際に目の色が変わった選手もいる。戦術うんぬん以前に、まずは気持ちの面で上回れるか。それさえあれば上位にも食らい付けることは、昨季の前半戦で証明済みだろう。
具体的な目標は明言していない。昨季のアルビレックス新潟レディースやちふれASエルフェン埼玉が快進撃を遂げたように、蓋を開けてみなければ分からないからだ。坂井を筆頭に5人の新戦力も迎えた中で、本人からすれば「昨季よりも感触はいい」。一つでも上の順位を目指しつつ、原理原則から外れる者がいれば、その目を強く光らせることだろう。
契約更新のリリースの際には、批判の声も少なくなかった。昨季の成績を見れば無理もないかもしれないが、我々はまだ“本物の廣瀬龍”を見ていないのもまた確かだ。その眼光が鋭さを増し、選手たちに流儀が浸透すれば、よりたくましい獅子の群れとなるだろう。
変貌を遂げての上位進出なるか。そのスタートラインとなるのが、9月15日のWEリーグ開幕戦だ。アルビレックス新潟レディースを迎え、長野Uスタジアムで18時キックオフとなる。
AC長野パルセイロ・レディース公式サイト
9/15(日)2024-25 SOMPO WEリーグ 第1節 アルビレックス新潟レディース戦 試合情報