千尋の谷から逆襲を チーム内用語が創る“獰猛”な世界観

苦境に立たされた時こそ、立ち返る場所が求められる。髙木理己監督が率いるAC長野パルセイロはライオンさながらに、群れをなして獲物に噛み付く。そのマネジメントはブレることなく、独自のチーム内用語を駆使して獰猛なスタイルを落とし込んできた。それでも低迷が続く中、未来への光は見い出せるのか――。今だからこそ、その営みに焦点を当てる。

文:田中 紘夢

大所帯の36人でチーム内競争
カップ戦で一定の成果が出る

「敵陣にしかJ2はない」

昨夏に途中就任した髙木理己監督は、初日からそんな言葉を投げかけた。守備では前線からのハイプレスでボールを奪いにかかり、攻撃では縦に素早くゴールを目指す。まさに相手を敵陣に閉じ込めるようなサッカーだ。

そのスタイルは初陣から色濃く見られた。

首位・愛媛FCとのホームゲーム。開始からフルスロットルで相手に噛み付き、最後まで持つのかと不安を感じさせたほどだった。12分に先制を許したが、33分に同点。DF杉井颯が左サイドを抜け出すと、ゴール前を目掛けて3人が全速力で駆け抜ける。クロスからMF佐藤祐太が押し込んだ。

首位を相手に1-1のドロー。攻守ともにアグレッシブさを前面に押し出し、15位と低迷していたチームに新風を吹き込んだ。結果からすれば14位でフィニッシュし、巻き返しとまではいかなかったが、確かな期待感を抱かせて2年目のシーズンに突入した。

前に向かうスタイルは不変。いつしかそれが「長野らしさ」と表現されるようになった。

歴代最多となる16人の新戦力を迎えた今季。そのうち6人は指揮官のかつての教え子で、“髙木イズム”を知る存在だ。派手さはなくとも堅実な補強を敢行し、最終的には36人体制で編成を終える。一般的には30人前後で組まれることを踏まえれば、大所帯に分類される。

©️2008 PARCEIRO

とはいえ、髙木監督からすれば「人数はあまり関係ない」。均衡した戦力が揃う中で、1次キャンプから序列を決めることなく、全体を3チームにシャッフルして練習試合に臨んだ。テーマはいわゆる「競争」。誰が出ても遜色ないチームの構築を目指した。

シーズン開幕後の練習に目を向けても、スタメン組と控え組を明確に分ける時間は少ない。「選手からしたら『固めてよ』と思うかもしれないけど…」と苦笑しつつ、「正直に言うと、みんないい」。うれしい悩みもありながら、“健全”な競争を促すことによって、日々全員で高め合えるのが理想だろう。

その成果が顕著に現れたのが、リーグ戦と並行して開催されたカップ戦だった。ルヴァンカップではJ2の徳島ヴォルティスに対し、いわゆるサブ組をぶつけて5-1と大勝。天皇杯県予選決勝でもベストメンバーの松本山雅FCを前に、大幅にメンバーを入れ替えてPK戦で競り勝つ。これによってスタメン組に火がつき、日々の競争はより一層の熱を帯びた。

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言葉選びで作る明確な世界観
群れをなして、噛み付く 

人数に関わらず、チームマネジメントはえてして一筋縄ではいかないものだ。内容は良くとも結果が伴わなければ、選手たちが疑心暗鬼になるのも無理はない。それは長野が現在7勝10分11敗(勝ち点31)の16位に沈んでいることを踏まえると、当てはまりかねない話でもある。

だが、このチームが順位の浮き沈みに左右されることはない。練習の強度や雰囲気が著しく落ち込むこともなければ、良し悪しはさておき戦い方のブレも見られない。それはキャンプから明確なコンセプトのもとに組織を構築し、世界観が明快だったからだろう。

©️2008 PARCEIRO

その世界観を表すキーワードがいくつかある。

守備の代表例で言えば、「フロック」(群れ)と「バイト」(噛み付く)だ。既存のサッカー用語であれば「ブロック」「ハイプレス」と言い換えられるだろうが、それはあくまで手段の話。目的は群れをなして相手に噛み付くことであり、それこそが長野の真骨頂でもある。

攻撃における最終目的はゴール。ボールを奪った瞬間は自分たちに主導権があり、真っ先に縦への「ブレイクパス」(相手を破壊するパス)を狙う。その根底にある考え方は「ボックスアウト」。ビルドアップを複雑化せず、シンプルに相手のファーストラインを越える。

「どこからブレイクして、どこがターゲットになるのか。あとは自然発生的に、それが得意な選手、理解できる選手がいて、分かっていなくても助けられる選手を繋げられれば、そういう方向性のゲームになる」

「ボックスアウト」は守備や切り替えのフェーズでも有用となる根本思想を示すワードの一つだ。プレッシングで下がらないこと、守→攻のトランジションで相手より早く追い越すこと。「自陣から敵陣へ」という大枠の発想があり、その具体的な手段としてブレイクパスやフロック、バイトなどが存在する。

選手の繋がりを求める際には、各ポジションのナンバリングも役立つ。ボランチは6、ウイングバック(サイドバック)は7、シャドー(トップ下)は10――。これはシュタルフ悠紀リヒャルト前監督から継承したものだが、「試合中にも『7、6が繋がって、10はニアゾーン』というふうに言えば、すぐに分かる」

とはいえ、用語はあくまで目的を明示するもの。髙木監督は選手間が繋がるためのヒントこそ与えるものの、手段を明示してはいない。「プロサッカー選手なので理解力は高いし、能力も高い。だからこそ『こうしろ』と当てはめてしまうと、それより上に行けなくなってしまう」。ある程度は選手の感性に委ねつつ、それを引き出すための“手助け”をする。

逆境でもブレないチームづくり
ルーツにある偉大な背中とは

「監督をやり始めた頃は、もう少し練習が複雑だった。そうなると馴染みのある選手は楽しめるけど、馴染みのない選手は途端につまらなくなる」

指揮官が思い返したのは、2021年の夏。ガイナーレ鳥取を率いて3年目のシーズンだ。開幕から7試合で2勝1分4敗とスタートダッシュに失敗すると、成績不振によって自身初の解任を経験した。

「あのときは選手を迷わせてしまった部分もあった」

©️2008 PARCEIRO

その経験があったからこそ、着地点が同じだったとしても「詰め込む」のではなく「削ぎ落とす」作業に取りかかり、世界観に合わせた用語もチョイスしてきた。日々のトレーニングも複雑な落とし込みはなく、いたってシンプルな上に反復的要素が多い。

それゆえに選手たちのプレーにも迷いがないように思える。今季は一貫したスタイルのもと、トレーニングの強度や温度感も一定に保たれてきた。それは髙木監督のマネジメントの賜物だが、そのルーツにはかつてコーチとして支えてきた指揮官の存在もある。

まずは京都サンガF.C.在籍1年目の、2011年。大木武監督(現ロアッソ熊本)のもと、開幕10試合で2勝2分6敗(勝ち点8)と20チーム中19位に低迷した。FW久保裕也、MF宮吉拓実、MF工藤浩平、MF中村充孝――。FWドゥトラら外国籍選手も含め、タレントはそろっていた。

「崩れかけたときもあったけど、最後まで大木さんがブレなかった。それをコーチとして下支えするのであれば、より練習していくこと。アフターで30分とか1時間やるようになって、選手が成長して、『大木さんが言っていることはそういうことなんだ』と分かってもらえた」

ボールサイドのポゼッションにこだわる大木監督のスタイルが徐々に浸透して右肩上がりとなり、ラスト9試合で8勝1分と追い上げて7位フィニッシュ。天皇杯でも準優勝を遂げるなど、怒涛の巻き返しを見せた。

2016年にはJ1湘南ベルマーレのヘッドコーチに就任した。曺貴裁監督(現京都サンガF.C.)のもとで10連敗も経験したが、「練習の雰囲気はなんら壊れていなかった」と回顧。表現するサッカーのスタイルは違えど、「徹底する」指揮官と共闘してきた。だからこそ、なのだろう。髙木監督自身のマネジメントにも一切のブレを感じさせない。

©️2008 PARCEIRO

それもこれも、すべては選手たちを上手くさせるためだ。

「選手が成長していかないとクラブも成長していかない。選手のできることが増えることによって、戦術も多様化していく」

これまで鳥取、今治とJ3で監督キャリアを積んできたが、個人昇格に導いた選手は数多い。出世頭である元鳥取のDF井上黎生人は、いまやJ1の浦和レッズでスタメンも経験している。

長野でも個の成長は見受けられる。昨季はFC岐阜で無得点に終わったFW浮田健誠が、第28節を終えて得点ランキング首位の13得点と活躍。ユース出身第一号のMF小西陽向も、プロ5年目にして開花寸前だ。

確かに勝ち点3が遠く、もどかしい足踏みは続く。安易な失点が多いのも否めない。しかしチームとしても群れをなして噛み付き、ゴールに襲いかかるスタイルは浸透しつつある。残り10試合。停滞感を打破して結果に繋げ、“百獣の王”の矜持を取り戻したい。

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