「マイケルのバスケは日本一」石川海斗が信じるその理由は
「マイケルのバスケは日本一」――。信州ブレイブウォリアーズの石川海斗は、折に触れてそんな言葉を口にする。昨季の負けが込んだ厳しい時期でさえ、勝久マイケル・ヘッドコーチ(HC)への信頼感は一切揺るがなかった。2023-24シーズンに5季ぶりの復帰を果たし、キャプテンの一人としてチームを牽引したベテラン。装い新たに24-25シーズンが始まろうとしているいま、尋常ならざるリスペクトの根源を尋ねた。
文:芋川 史貴/編集:大枝 令
情熱、戦術、マネジメント…
“バスケばか”ぶりに深い感銘
「マイケルのバスケは日本一だと思っている」
「マイケルのバスケを遂行すれば必ず勝てる」
「負けたのはHCのせいだと思われることが申し訳ない。そもそも遂行できていないことが負けた要因」
これらは全て、昨季の石川が口にしたコメントだ。10勝50敗、B2降格。重苦しい戦いが続いたシーズンにあっても、その信頼は不動だった。
なぜだろうか。
そもそも過去、2人は勝久HCが就任した2018-19シーズンしかともに戦っていない。たしかにB2優勝という輝かしい経験をしたものの、ここまで指揮官のバスケに魅了されている理由はどこにあるのだろうか。
PROFILE
石川 海斗(いしかわ・かいと)1990年11月30日生まれ、東京都出身。明成高(宮城・現仙台大付明成高)から日大に進み、卒業後は4チームを経て信州に加入。初年度の2018-19シーズンにB2優勝の立役者となり、プレーオフのMVPに輝いた。翌年に移籍し、熊本ヴォルターズ時代の20-21シーズンは1試合19アシストのB2記録を樹立。23-24シーズンから信州に復帰し、キャプテンの一人を務めた。170cm、72kg。
石川が勝久HCと出会ったのは2018年。「プレジデント・オブ・バスケットボール・オペレーションズ」としてチーム編成権限も持つ勝久HCと面会し、信州に誘われた。「必要としてくれていたし、新しい土地に行くのはすごくチャレンジではあるけれども、本気で優勝を狙っているのはすごく感じた」と振り返る。
勝久HCは緻密に戦術を構築し、就任1年目でB2優勝。充実していたが、石川が強く惹かれたのはまずパッションの部分だったという。「コーチもバスケばかだけど、僕もバスケばかだと思っている。勝つための準備を怠らない」。そして、マネジメントを徹底する部分にも大きな魅力を感じていたという。
「マイケルHCは(試合に)出ている選手と出ていない選手で、贔屓をしたりすることがない。みんな平等に、チームとしてやっちゃいけないことはやっちゃいけない。徹底するのはすごく難しいと思うし、そこへのリスペクトはすごくある」
特に結果が出ていないと、基準がブレることは往々にしてある。人間であるがゆえに、好みが反映されるのも不思議ではない。しかし勝久HCのマネジメントからは、そうした偏りを感じないという。それは今季、B1得点王のSFペリン・ビュフォードに対するアプローチでも手腕が問われるだろう。
勝久HCは細かな約束事を多く共有し、レベルの高い遂行力を求めるHCとして知られる。オフェンスでは一歩一歩のスペーシングを大切にし、ピックアンドロールのプレーでは、スクリーンの角度や「コンマ何秒」のタイミングで精度を追求する。
そして信州のアイデンティティであるディフェンスでは、コーチ陣が分析した「スカウティングレポートディフェンス」の徹底遂行を要求。オフェンス同様に立ち位置や確保するビジョンを大切にするなど、勝つための準備を怠らない。
“バスケばか”を自認する石川にとって、尽きせぬ情熱を持つ勝久HCとの出会いは特別なものだった。
GM兼任についても「全面同意」
昨季に垣間見た 苦悩する姿
石川がリスペクトするのは、なにもバスケットの面だけではない。勝久HCのゼネラルマネージャー(GM)兼任についても深く同意している。
「選手を獲得する時にバックグラウンドまで調べたりする人だし、今までマック(マクヘンリー)やウェイン(マーシャル)、ジョシュ(・ホーキンソン)とかの中心にマイケルがいた。すごく良い選手が良いHCと交わったことでステップアップしたと思う。それも全部ひっくるめて、『コーチ・マイケル』は日本一だと僕は思っている」
自ら獲得した選手に対し、とことん向き合う。
例えばマクヘンリーは指揮官に対して、最初から心を開いていたわけではない――というのは既に知られている話だ。苦楽をともにしながら関係を築き、時には涙を流しながら話し合ったこともあるという。バスケを愛し、選手を愛する。誰にでも平等に接する。厳しさの中にある愛が、マクヘンリーをはじめとする多くの選手をよりグレートに成長させた。
今季もGM業を兼任する勝久HC。その任の重さと多忙さを慮り、ブースターからも心配の声は寄せられる。しかし、より近くで見ている石川は少し受け止め方が異なる。
「そこに関しては本人もやりたいことだと思うし、僕は全然何も思っていない。SNSとかでいろんな意見は目にするけれど、マイケルがGMをやっていたからこそ今の選手たちが来てくれたと思う」
もちろん何事にもメリットとデメリットの両方が存在する。しかし現在は、勝久HCの仕事量に担保されてメリットが最大化されていると言えるのかもしれない。
さらに石川は、パーソナリティにも共通した部分を感じているという。「オフの部分はずっと一緒にいるわけじゃないから分からないけど、(勝久HCは)やっぱり穏やかな人。でもそれは僕もそう。バスケから離れたら怒らないけど、バスケになるとスイッチが入る。だからちょっと似ていると思う」と話す。
会見で言葉を選びながら丁寧に語る姿、練習中にチームメイトと話す表情。公の場で話すときの柔和な笑みや穏やかな語り口調は、ブースターも共有できるのではないだろうか。しかしバスケットになると、試合会場で見るようにパッションがほとばしる。それは石川も同様だ。
「根本にあるのはやっぱり勝ちたいから。それは僕も一緒。勝ちたいから妥協したくないし、コーチが言ったことに対して疑問に思ったことは聞く。だからすごく信頼してくれているのかなと思っている」
脳裏に、勝久HCの忘れられない姿が焼き付いている。昨季のことだ。アウェイゲームで負けて、帰りのバスで立ち寄った高速道路のサービスエリア。小玉大智と一緒にストレッチをしていると、階段の奥に勝久HCが座っていた。
頭を抱えながら、打ちひしがれるように。
「辛い思いをさせちゃいけない…という思いもありながら、させてしまっている不甲斐なさを感じるし、そこを助けられない力不足も感じた。『どうにかしてあの姿から変えなきゃいけない』という話は大智とした。コーチも一番厳しかったと思うし、そういう姿にさせてしまったのも申し訳なかった」
“日々成長”のカルチャーを体現し
捲土重来の新シーズンに臨む
「日々成長」。
すっかり定着した感のある、勝久HCによるチームスローガンだ。石川は熊本ヴォルターズ、名古屋ファイティングイーグルスを経て5シーズンぶりに戻ってきた昨季、勝久HCがそれを自ら体現していると感じたという。
「5年前よりもバージョンアップしている部分がたくさんあった。現代バスケにフィットさせるように変わってきている部分もある。マイケルHCも日々成長してきたんだと思うし、グレードアップしていると思う」
まず指揮官である自分がアップデートし、範を示す。情熱を持ち、戦術を練り上げ、マネジメントを徹底する。昨日の自分を超えていく。そうやって同じ釜の飯を食べると、やがて選手たちも同じマインドを持つようになってくるのだという。
「僕はこのチームを出てからもずっと『日々成長』という言葉を使っているし、それこそ飯田遼(川崎ブレイブサンダース)もそう。信州から出た選手はやっぱりそれを大事にしている。マイケルHCのバスケットを経験すると、それに魅了される部分はすごくあると思う」
日々成長に類する言葉として指揮官はしばしば、「全てはプロセス」とも口にする。いつかB1で優勝したとしても、おそらく同じことを言うのではないだろうか。
B2屈指のロスターを整えた今季。ペリン・ビュフォード、SF/PFのテレンス・ウッドベリー、そしてパリ五輪日本代表のPF渡邉飛勇など、豪華なタレントの強みを司令塔として引き出していく。
そうしたオンザコートのケミストリーはしかし、日々の準備によってのみ練り上げられる。勝久HCのもとでプレーして足掛け3シーズン目。苦難の中にあった昨季も含め、そのことは身に染みている。
「絶対に今年1年でB1に上がるんだという気持ちを、まずは(ロスターという)形で見せられたんだと思う。ただ、そこからどうするかは自分たち次第。みんなが謙虚に成長しようとしているし、信州のカルチャーを伝えていきたい」
苦難の中でもむしろ指揮官への信頼を強め、迎えた新シーズン。今年11月に34歳を迎えるベテランとして、勝久HCのバスケットをこよなく愛する者として、そして日々成長するカルチャーの伝道者として――。石川海斗は新たなウォリアーズを牽引していく。