信州ダービー直前企画「生きのこれ」① AC長野・大野佑哉

火花を散らす一戦の機会が、三たび訪れた。信州ダービー。今回はAC長野パルセイロが、長野Uスタジアムに松本山雅FCを迎える。互いに置かれた状況は異なるものの、生き残りを懸けたサバイバルマッチであることは同じ。両チームの選手1人ずつをピックアップしながら、ダービーマッチに向けた思いなどに耳を傾ける。

文:田中 紘夢

苦悩の昨シーズンを経て
攻守に生まれた「余裕」

「正直、去年は個人的に酷いシーズンだった」

長野に加入して1年目の昨季。リーグ戦は38試合中19試合と、半分のみの出場に終わった。松本時代から課題としていたメンタルを克服できず、好不調の波が大きく揺れる。禁断の移籍で話題を呼んだだけに、期待に応えられているとは言いがたかった。

「スタッフには波があると言われていて、それは自分でも感じている」

今季は開幕からスタメンをつかめず、メンバー外も経験。昨季の二の舞になりかねない状況だったが、「なるべく波を小さくすること」を意識してきた。

トレーニングから愚直に取り組み続けた結果、味方のケガやポジション変更なども重なって出場機会が増えていく。第12節・FC岐阜戦から18試合連続でフル出場。この間、4勝6分9敗と結果こそ振るわなかったが、個人としては大きな収穫をつかんだ。

それは、余裕だ。

メンタルの安定もそうだが、プレーにも落ち着きが出てきた。これまで「苦手」と言われ続けてきたビルドアップでは、髙木理己監督のもとでポジショニングを改善。安易なボールロストはほとんどなく、鋭利な縦パスで攻撃の起点も演じる。

全体を俯瞰して見ることによって、守備もグレードアップした。例えば、シュートブロックの徹底。「こぼれ球に寄せるのが速くなったり、逆に寄せられないときはシュートコースに入ったり。より考えながら動けている」という。

©︎2008 PARCEIRO

ゴール前で身体を投げ出し、相手のシュートを防ぐ。それはプロ1年目、松本の反町康治監督のもとで注入されたイズムでもある。安定感あるディフェンダーに進化。むろん、爆発的なスピードも健在だ。

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“ビッグ”になるために
10年来のライバルを追う

「今年はさらにビッグな大野佑哉を届けられるように頑張りたい」

そう発信していた大野だが、それだけではまだ“ビッグ”になったとは言えない。「この世界は結果でしか評価されない」と口にするように、結果が出ていないからだ。

チームは第30節終了時点で16位、失点数もリーグ4番目の多さ。目標としていた昇格争いは遠ざかり、むしろ残留争いに巻き込まれている。

©︎2008 PARCEIRO

J1からJ3まで全カテゴリーを経験してきた大野にとっても、これ以上ステージを下げるわけにはいかない。28歳。チームとしても個人としても、生き残りが懸かるシチュエーションとなっている。

「徐々にチャンスが狭まっているのは確かだと思う。学生時代に一緒にやっていた選手が海外に行ったり、日本代表でやっているのを見ると、素直に応援できない自分もいる」

最も意識しているのは、ベルギーのヘントに所属する渡辺剛だ。山梨学院高時代にセンターバックを組んだ間柄。“目立ちたがり屋”という共通項がある中で、いつも注目が集まるのは渡辺だった。

高校卒業後は渡辺が中央大(東京)、大野が阪南大(大阪)と東西に分かれ、大学3年時にデンソーカップで再会。大野は関西選抜のキャプテンを担っていたが、関東選抜で活躍する渡辺を見て差を感じたという。

©︎2008 PARCEIRO

渡辺は大学卒業後、J1のFC東京に加入して1年目から定位置を確保。新人ながら日本代表にも招集され、のちに海外移籍を果たした。一方の大野も当時J1の松本に加わったが、1年目は出番をつかめず。チームは4年間でJ3まで降格し、渡辺との差は開くばかりだった。

「アイツは高校のときから騒がれていて、負けたくないと思ってやってきた。プロに入ってすぐに結果を出しているのも見てきたし、10年くらいずっとライバルだと思ってやっている」

その差を少しでも埋めるためにも、まずはチームを高みに導かなければならない。「どこまで行けるかは分からないけど、上に行く気持ちを持って毎試合臨んでいる」。リーグ戦は残り8試合。長野にとっても大野にとっても、一戦一戦が未来を左右する。

偉大な先輩と対峙する一戦
ダービーの主役は譲らない

大野にはもう一人、忘れがたい学生時代のチームメイトがいる。
山口一真だ。

山梨学院高と阪南大の1歳上の先輩。大卒で鹿島アントラーズに加わった逸材で、「今まで見てきた選手の中でダントツなのは間違いない。(UEFA)チャンピオンズリーグとか、そういう世界に行くんだろうなと思っていた」。

©︎2008 PARCEIRO

プレーの質もそうだが、眼光の鋭さも印象的。「高校のときは恐怖でしかなかったけど、大学でちょっと丸くなった」と笑みをこぼす。

そんな山口は左右の前十字靭帯断裂と大ケガが相次ぎ、カテゴリーを徐々に下げた。2021年に松本で同僚となったが、大野が長野に移籍。今季はここまで天皇杯県決勝、サンプロ アルウィンでのリーグ戦と、2度の対戦が実現した。

「左斜め45度の“山口一真ゾーン”で、1対1になったシーンがあった。だけど一真くんはバックパスを選んで、そのときは『よっしゃ』と思った。毎回やり合えるのがすごくうれしい」

10月5日は3度目の信州ダービーで松本を迎える。「自分が活躍してヒーローになれたら」。虎視眈々と主役の座を狙う。大学時代の先輩に成長した姿を示し、4年間在籍した古巣を打ち負かせるか。それこそがビッグになるための一歩だ。


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