雪雲垂れ込める鉛色の滑り出し コンディションの現状と深層を探る

シーズンが開幕しても、空も気分も晴れない――。そんな思いをしている松本山雅FCサポーターも多いのではないだろうか。J3リーグ2試合を終えて1分1敗の勝ち点1。特に前節の奈良クラブ戦は、終盤の2失点であえなく逆転負けを喫した。後半は躍動感を欠き、危険なスペースを明け渡す展開。なぜこのような現象が起こったのか、打開策はあるのか。多角的に掘り下げる。
文:大枝 令
開幕後は隣県山梨でトレーニング
移動に次ぐ移動で蓄積する疲労
想像以上に、ダメージが蓄積しているのではないか――。
2025年3月1日、ロートフィールド奈良。J3リーグ第3節奈良クラブ戦に臨んだ松本山雅は後半に2点を失い、1-2の逆転負けで今季初黒星を喫した。

ボールが走らないピッチコンディション、フォーメーション上のミスマッチ、序盤で出た不測のケガ人。多くの要因が絡み合ったが、トレーニングキャンプでの取り組みと最も乖離していたのは、その運動量だった。
走れていない。
2月23日の開幕戦で見せたシャープさが、見る影もなかった。70分前後から縦横とも間延びし、間のスペースを難なく使われる。相手のボランチにフリーで前を向かれる。
76分の1失点目も、2トップの間と2ボランチの間に2回差し込まれて後手を踏んだ。

試合後にGK大内一生が明かした。
「もちろん(疲れを)言い訳にはできないしそのつもりもないけれど、正直コンディションのところで言うと非常に厳しい状況に置かれていることは間違いない」
この試合はそもそも中5日。キャンプ地の鹿児島から2月22日に沼津入りし、23日の試合後に松本へ帰った。24日のオフを挟んで25〜28日は山梨県内でトレーニングを行った。
クラブが借り上げたバスでの移動だが、片道約1時間半。往復で約3時間。メンバー入りした選手は28日、山梨県内から直接バスで奈良へ向かった。その週は概算で16.5時間バスに乗って試合に臨んだことになる。

「言い訳はしたくないけれど、身体にはきている。だけどやらないといけない」
試合後のミックスゾーン。
チーム屈指の運動量を持つ選手でさえ、そんな苦しい胸のうちを明かした。
松本で使えない天然芝を求める
5日は積雪の影響で予定変更も
隣県までトレーニングに日参しているのは、天然芝の環境を求めているからだ。練習拠点の松本市かりがねサッカー場は3月中、芝生の養生期間となっている。
松本市サッカー場などの人工芝であれば使用可能だが、膝などへの負担を考えると強度を上げられない。早川知伸監督は「移動の負担ぐらいで収めた方がしっかり練習できる」と、山梨県内まで毎日往復することをチョイスした。

ところがオフ明けの5日は、それさえも実現できなかった。積雪の影響だ。山梨県内のグラウンドは使用可能な状況であることを、早朝にコーチングスタッフが確認。しかし、雪道の移動にリスクが伴う。
「途中で(長野道か中央道が)止まってしまって練習できないリスクもある。それを含めると、移動しないで松本でできることをやるしかない」。早川監督はそう説明する。

結果的には、かりがねサッカー場でのトレーニングとした。隣接するクラブハウス内での筋トレと、サッカー場の一角にあるフットサルコートで軽くボールトレーニング。スペースと人数の都合上、2組に分けてたすき掛けで進行させた。

心身を一旦リセットして臨みたい1コマ目だっただけに、指揮官も「(午前と午後の)2部練でもないし、オフ明けから強度を上げてやろうと思っていたところだったが…」と鉛色の空を恨んだ。
開幕後のミニキャンプ実施せず
浮き彫りになる財政面の厳しさ
ここで一つの疑問が生じる。
そもそも、雪のない温暖な地域にミニキャンプに行けばいいのではないか――と。
実際、過去にはそうした例がいくらでもある。例えば昨季はテゲバジャーロ宮崎との開幕戦から第2節のFC琉球戦まで、鹿児島に滞在して1勝1分と好スタートを切った。

それ以前もシーズン序盤は、時之栖スポーツセンター(静岡県御殿場市・裾野市)、清水ナショナルトレーニングセンターJ-STEP(静岡市)、JFA夢フィールド(千葉市)、J-GREEN堺(大阪府堺市)などでミニキャンプを行った実績がある。
しかし、今季は「財政が厳しい」とクラブ幹部は明かす。
取材を総合すると、キャンプを行う場合は1泊で約100万円が必要とされる。つまり次節の宮崎戦までミニキャンプとした場合、プラス2週間(14日)で約1400万円の出費増となる。

一方で山梨県内までの日帰り移動とした場合は、移動負担があるものの、4日間×2週間(8日)の約160万円で済む。
ただし、全て数字だけを見て判断しているわけではない。
というのも本来、J2に昇格しなければ第1次の和歌山串本キャンプを取りやめる可能性もあった。その方針を変え、例年より短期間ではあるものの8日間の1次キャンプを行った。

今後も冬季のトレーニング環境をどう確保するか――は継続的につきまとう課題となる。
株式会社松本山雅の小澤修一社長は「年間に何千万かかるキャンプ費用を少しでも捻出することを考えなければいけない。特にこれから(秋春制に)シーズン移行し、キャンプの期間がもっと長くなる可能性もある」と指摘する。
キャンプ地で価値創出して支援を
現地の「鹿児島協力会」が発足
いずれにしても必要となるのは原資。今季はキャンプ地として13年目になる鹿児島で、その一助となる動きが始まった。
鹿児島県内の有志による、「松本山雅FC鹿児島協力会」が本格スタート。昨季に設立された団体で、今季から物心両面でサポートを始めた。

矢野健会長は自身もサッカー経験者。2011年に所属した松田直樹さんや反町康治・元監督の名を挙げながら「松本山雅はストーリーのあるクラブだと感じていた」と話す。
このほか「(信州大と連携した)『ママサポ』の取り組みも非常に素晴らしいと感じた」といい、こうした要素が重なって支援に至った。

矢野会長は鹿児島県内でグループ会社を経営する代表取締役。すでに周囲に声をかけるなど、支援拡大の動きを進めているという。
「サッカーが好きで応援していただくのもそうだけれど、松本山雅というクラブを好きになって応援していただける温度感が皆さんにあった。すごくうれしく感じている」と小澤社長。
キャンプスポンサーのバナー掲出だけでなく、多面的な価値提供でWin-Winの関係を構築していきたい考えを示した。

場面を雪景色の松本に戻す。
雪国のクラブであることは、天変地異でもない限り動かせない事実。トップチーム運営費を削減せざるを得ない方針は、早川監督も織り込み済みで就任して現在に至る。

今は限られたリソースの中、目の前の試合に勝ち続けることでしか展望は開けない。少なくとも9日の宮崎戦まで山梨県内でのトレーニングが続くが、勝てば心身の疲労もいくぶんは軽い。
大内は力を込める。
「去年ああいう悔しい思いをして、今年それを晴らすという意味では、環境やコンディションの難しさを乗り越えていかなければいけない。結局、自分たちの目標に届かなかったときの方がキツい。なんとかやっていくしかない」