年末年始の高校サッカー 躍進の長野県代表を追った3,788kmの旅路
年末年始の風物詩を、とことん追いかけた。首都圏の1都3県で開催される高校サッカー選手権と、兵庫県で行われる高校女子サッカー選手権。地上波でも放映される注目度の高い大会で、会場にも数多くメディアが詰め掛ける。とはいえさすがに、千葉-兵庫間を1日刻みで3往復した記者はさすがにいないのではないだろうか――筆者以外は。
文:田中 紘夢
8日間で関東⇄関西を自走3往復
稚内-那覇間を超える計3,788km
うれしい悲鳴だった。
高校選手権は上田西、高校女子選手権は佐久長聖がいずれもベスト8に進出した。2017年にも上田西がベスト4で女子の松商学園がベスト8に入っており、これはともに長野県勢の過去最高成績。今回はそれに次ぐ7年ぶりの快挙だった。直近5年間は初戦で敗退していたことを加味すれば、その躍進ぶりは目覚ましい。
大会スケジュールは下記の通り。
元日を除けば毎日試合があり、筆者はそのすべてを取材した。
12/29 佐久長聖1回戦 vs高取国際 16-0
12/30 佐久長聖2回戦 vs高川学園 1-1(PK 5-4)
12/31 上田西2回戦 vs徳島市立 2-1
1/1 なし
1/2 上田西3回戦 vs矢板中央 2-0
1/3 佐久長聖3回戦 vs作陽 1-0
1/4 上田西準々決勝 vs流通経済大柏 0-8
1/5 佐久長聖準々決勝 vs藤枝順心 0-4
兵庫、兵庫、千葉。元旦を東京の実家で過ごし、千葉、兵庫、千葉、兵庫。8日間で関東と関西を3往復している。
移動手段はすべて車での自走。東京の実家をスタートに、長野の自宅に帰るまでがゴールだ。
総走行距離は3,788km。どのくらいの距離感なのかを調べてみると、北海道稚内市から沖縄県那覇市まで道路とフェリーで3,600km。直線距離だと東京からベトナムの首都ハノイまで3,674km。改めてとんでもない距離だったと思う。
とにかく果てしない。
ただでさえ移動距離が長い上、年末年始に重なることも手伝って渋滞の連続。サービスエリアやパーキングエリアの駐車場も空いておらず、食事や休憩をとるのも一苦労だ。
取材が終わってから慌てて高速道路に乗っても、ホテルに着くのは日付が変わる前後。渋滞が酷いときは深夜3時過ぎにもなる。ホテルの駐車場はすでに満車で、泣く泣くコインパーキングを探した。
ようやくホテルにチェックイン。シャワーを浴びて温まった後、机に座ってノートパソコンを開く。眠い目をこすりながら原稿を書き、筆を置く頃にはきれいな朝日が見える。「もう朝か…」とボヤきながらしばし寝床に入り、翌日の試合に備えた。
良い意味で裏切られた淡い期待
“本業”犠牲にし選手権に全張り
失礼ながら、ここまで勝ち上がるのは推測しづらかった。
先述した通り、直近5年間はともに初戦敗退。4年前に長野県に来た筆者からすれば、一度も全国での勝利を見た経験がない。「初戦敗退が当たり前」のような感覚になっていたのだ。
普段はAC長野パルセイロの番記者をメインの活動としている。1月5日に新チームの始動日を控えており、それまでに少しでも長く勝ち残ってくれれば――。そんな淡い見通しでいたものの、良い意味で裏切られた。
転機となったのは3回戦だ。上田西は矢板中央(栃木)、佐久長聖は作陽(岡山)と、いずれも全国常連校に勝利。下馬評を覆したと同時に、「3往復目」も決まる。まさに“うれしい悲鳴”だった。
ただ、3往復目も即決したわけではない。高校選手権の準々決勝は4日。それはいい。しかし高校女子選手権の準々決勝は5日で、AC長野の始動日と丸かぶりなのである。
番記者であるにもかかわらず、始動日を取材しないのはいかがなものか――。そう思いつつも、一度乗った船を降りるわけにもいかない。葛藤したあげく、再び兵庫に戻ることを決めた。
同じ道を何度も通る。
見慣れてしまったサービスエリアやジャンクションに飽き飽きしながらも、不思議と足取りは軽い。明日はどんな試合を見せてくれるのか――。遠足を楽しみに待つ子どものような感覚で、眠気も吹っ飛んだ。
記者として初めて流した涙
長くも短い旅路の果てに
とりわけ忘れられない試合がある。
女子3回戦の作陽戦。佐久長聖は前半、守備の要であるセンターバックが負傷交代したものの、耐えて無失点で乗り切る。そして後半は概ねゲームを支配し、佐久長聖らしいパスサッカーを披露。残り2分の最終盤でこじ開け、1-0と勝利を収めた。
筆者は同校を練習から追い続けている。それはチームの理念に共感しているからで、詳しくは過去の記事を参照していただきたい。当初はメディアに対してドライな大島駿監督だったが、何度も足を運ぶことによって打ち解けることができた。
そんな間柄もあって、感情が動かないはずはない。3大会連続3回目の出場。過去2大会は初戦敗退に終わっていた中で1〜2回戦を突破し、全国常連校の作陽を下した。終了間際の劇的な勝ち越し弾も相まって、勝利したときには涙が出た。今まで数百試合を取材してきたが、これほど感情があふれたのは初めての経験だった。
男女ともにベスト8に入ったのは、長野県と静岡県のみ。“サッカー王国”と呼ばれる静岡県に今回は肩を並べた。当サイトの名称「信州スポーツキングダム」にも、一歩近付いたのではないだろうか。
ただしこの記事で訴えたいのは、決して苦労話ではない。「足を運ぶことの大切さ」だ。
近年はいわゆる「コタツ記事」(独自の調査や取材を行わず、他媒体やSNS上の情報などでのみ構成した記事)が散見されるが、それだけではスポーツが本来持つ価値は掘り下げられない。
五感を研ぎ澄ませて現場の温度を肌で感じ、選手や指導者と対話を重ねてこそ、深みと広がりのある記事が書ける。記者は泥くさい職業であり、コスパやタイパだけを追求しては何者にもなれないのではないだろうか。
筆者は高校時代、2年生の終わりにサッカー部を退部した。高校サッカーから“脱落”していただけに、全国で活躍する高校生たちを見てうらやましく思った。
高校生にとって、選手権はかけがえのない舞台。取材するメディアにも、選手たちの努力や思いを伝える使命がある。その役割を全うできたかは分からないが、感動を「伝える」以上に「与えてもらった」ような感覚だ。
さまざまな感情に揺り動かされながら駆け抜けた、長くも短い旅路。労力を費やしたからこそ、選手たちが最高の景色を見せてくれた。心から感謝し、またどこかで再会できることを楽しみに待ちたい。