“スポーツナース”という新しい医療のかたち ケガの経験を力に変えた看護師の挑戦

松本市の百瀬整形外科スポーツクリニックに勤務する看護師の荻原幸さんが昨年、日本健康運動看護学会が認定する「健康スポーツナース」の資格を取得した。全国でも一握りの看護師しか持っていない資格で、専門的な知識や経験を生かしてスポーツ現場における傷害予防や適切な処置を担う。ケガでスポーツを諦めた自身の苦い経験を糧に、荻原さんは「スポーツをする人にとっても支える人にとっても、心強い存在になりたい」と決意を新たにしている。
取材:大枝 令
ケガでバスケを断念した高校時代
不思議な縁に導かれ看護師の道へ
上田市出身。中学時代に取り組んだバスケットボールを続けようと県内の強豪高校への進学が決まっていたが、入学前に痛めた左膝を手術することになり、高校での競技を断念した。
県立校ながら、1つ上の年代は私立高校を破ってインターハイ出場を果たすほど有力選手が集まる環境。中学最後の公式戦を終えて多くの仲間たちが引退する中、高校での目標に向かって練習を続けていた時に悲劇が起きた。
左膝の異変を自覚しながらも練習を続け、痛みに耐え切れなくなって受診した時には手術が必要なほどにまで状態が悪化していた。

「当時は何の知識もなくて、体のことを相談できるトレーナーも身近にいなかった。体が軽い方が速く走れると思ってご飯を食べず、運動を続けた結果、疲労骨折をしてしまったり、膝の靭帯を切って手術になった際には、スポーツ復帰までリハビリが8カ月かかると言われていたのに、自己判断で復帰をして再断裂、再手術となってしまったり…。スポーツがしたいのに、ケガでできなかった苦しい経験をした」
高校卒業後に地元の産婦人科医院で看護助手として働きながら看護師資格を取得。松本市内の総合病院で病棟看護師として勤務した後、2023年に百瀬整形外科スポーツクリニックへ転職した。百瀬能成院長には高校時代に左膝靭帯の再建手術を担当してもらったことがあり、「自分のケガの経験を生かせる整形外科分野で働きたい」という思いが転職の動機だった。

学生時代の実体験が、荻原さんを医療従事者への道に突き進ませたわけではない。むしろ、スポーツナースとして働く現在の姿は「当時の私には想像すらできなかったと思う」。偶然の積み重ねや不思議な縁に導かれるようにたどり着いたキャリア。「自分の経験を生かせる立場に立てていることは本当に幸せ」と実感を口にする。
「もっと患者さんに介入する機会を」
スポーツナース資格取得への挑戦
希望する職場で働き始めた一方、クリニックでの業務は病棟看護師時代と比べて「患者さんに介入する時間がすごく少なくなった」。困っていたり苦しんでいたりする患者を目の当たりにして、自分にできる役割を広げたい――との思いを募らせていた。

現状打破のヒントを得ようと情報を探していたインターネット上で「スポーツナース」の存在を知った。専門的な知識や経験を持った看護師がスポーツ現場にいれば、選手本人はもちろん、その選手を支えるスタッフのサポートができるのではないか――。資格取得の希望を百瀬院長に伝えて快諾を得ると、講習と認定を受けるために山口県に飛んだ。

「健康スポーツナース(健康運動看護師)」は、日本健康運動看護学会が2010年に創設した認定資格だ。子どもから高齢者まで、運動を安全かつ健康に実践できるよう支援し、傷害を予防するとともに、万が一の事故やケガに適切な処置を施す役割を担う。資格を取得するには、学会が主催する全20時間の養成講座を受講し、認定試験に合格する必要がある。
スポーツナースになれば特別なことができるという感覚はない、と荻原さんは言う。実際の現場でも「できることは一般の看護師と大きく違うわけではない」。それでも、知識の更新と経験の蓄積によって専門性が高まる。

「スポーツナースの特徴は、ケガをした部位だけではなく全身の状態を評価できること。それに、例えばサッカーだったら競り合いで膝を痛めやすい、脳震盪の危険性もある、という想定を持つことができるので対応も早い。勉強や経験に基づく専門的なスキルを持っていることでスムーズに活動できることが強み」と強調する。

代表戦、海外、スキー場の現場へ
広がる活動と次世代へ届ける思い
2025年3月にスポーツナースの資格を取得すると一気に世界が広がった。
資格を得たことで新たに生まれた人脈を生かし、同年4月のサッカー女子日本代表の国際親善試合と6月のサッカー男子日本代表のワールドカップ(W杯)アジア最終予選にスポーツナースとして参加。8月にはパラオで開催された南太平洋諸国による総合競技大会に看護要員として加わり、海外の医療従事者と交流する貴重な機会を得た。

冬には現場を深く知る目的で県内のスキー場で救護活動に参加。医師や看護師が常駐せず、救急法の講習を受けた医療資格を持たないスキー場スタッフがケガ人や急病患者の応急処置を担う難しい現場を肌で感じた。

「長野県のスポーツ傷害について研究する目的で、スキー場での救護活動に参加させてもらった。スキー場は転倒して脳震盪を起こす人や開放骨折のような大ケガを負う人もいる。救護に当たるパトロール隊員は医療資格を持たない人が多く、救護に当たる側の不安や負担の大きさを感じた。私がいることで『心強い』と言ってもらえたことが印象的だった」

一般の利用者が楽しむ娯楽施設やレクリエーションの場では医療資格を持たない救護員のみで対応に当たることも多く、「スポーツナースが介入することで支える側の安心感にも繋がる」と力を込める。
自身のフィールドを広げることでスポーツナースの存在や役割をより多くの人に知ってもらい、スポーツを楽しむ人と支える人の双方が安心と安全を享受できる環境を作る一翼を担いたいと願う。

さらに4月からは、松商学園高女子サッカー部の活動にトレーナーとして携わる予定。自身がけがでスポーツを断念した当時と同じ年代の生徒たちに、これまでの経験や思いを伝えていくつもりだ。
スポーツナースの資格と並行してトレーナーや2次救命処置(ICLS)資格なども取得。「ケガの処置や予防はもちろん、疾患を持った子どもたちのサポートもできると思う。目の前の人たちに寄り添いながら、私の活動を通じてスポーツナースの存在感や役割が広がってほしい」と考えている。

百瀬整形外科スポーツクリニック
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