佐相壱明が走る恩返しの道 “Route246“に乗って終着地へ

上背があるわけではない。卓越したボールスキルがあるわけでもない。それでも、佐相壱明には唯一無二の武器がある。天井知らずの運動量と、ファイティングスピリットだ。終盤戦でモードチェンジをしたチームの中で、そのストロングポイントは輝きを増している。11月24日に迫ったJ3最終38節・アスルクラロ沼津戦を前に、シーズン最終盤を疾走する25歳の肖像に迫る。

文:大枝 令

青天井のタフネスを押し出して
走り、戦い、勝利を目指す

「さそう かずあき WOW WOW WOW WOW」

キャッチーな旋律に背中を押され、右サイドを疾走する。個人チャントができたばかり。11月16日のJ3第37節FC琉球戦、10,000人弱のスタジアムが自分だけの名前を高らかに歌った。

「自分のチャントができて、たくさんのサポーターに歌ってもらえてうれしい」

全身に力がみなぎった。

信州松本は北アルプスが冠雪し、朝は氷点下まで冷え込む日もある。しかし佐相の気迫あふれるプレーは初冬の気配を吹き飛ばすように、ピッチの体感温度をグッと上げる。

©︎松本山雅FC

走る。とにかく走る。
ピッチを所狭しと、広大な範囲を一人でカバーするほどにだ。

相模原時代は、先発した試合で走行距離が13.6kmに達した試合もあるという。デバイスの誤作動を疑ったが、その後も13km台が続発。90分+αを戦い抜くと、軽量級の身体からさらに3kg近く体重が落ちる。

「球際で負けない。相手より早く帰って、相手より早く出ていく。インテンシティの高さが大事だと思うし、そこが自分の良さ。誰にも負けないように意識していけばチームの力になれる」

「スプリント回数は去年より多くなったと思う。今年は『ギュン』と出ていくシーンが求められるので、そこの数字は上がった。 総走行距離でもスプリントも、自信があるので負けてはいけない」

©︎松本山雅FC

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ドリブラー中村の加入が転機に
愚直で無骨な強みを改めて確認

ただし、この境地にたどり着くまでにはいくつかの紆余曲折があった。

まず今季の松本山雅は、ビルドアップを大切に前進するスタイルがベースだった。佐相は今季、右サイドバックへの挑戦も織り込まれて加入。しかし馬渡和彰、藤谷壮、樋口大輝らとのチーム内競争では後手を踏んでいた。

シーズン中盤戦からは1列前の右サイドハーフが主戦場に。ただ、夏の移籍期間でガンバ大阪からMF中村仁郎が育成型期限付き移籍で加入。スキルフルな左利きのドリブラーが脚光を浴びる中、またしてもピッチが遠ざかった。

だが逆に、中村の存在が自身の道を照らした。

©︎松本山雅FC

「中に入って(味方と)繋がるプレーを強く意識していたつもりだったけれど、それを意識し過ぎたがゆえに、持ち味の運動量が少し減ってしまった。でも仁郎が入ってくれたおかげで、改めて自分の特長を整理できた」

中村のように、巧みなドリブルで相手を翻弄できるわけでもない。MF菊井悠介のように、決定的なスルーパスを差し込めるわけでもない。あるのはどこまでも走れる2本の足と、湧き出てやまない闘志。それさえあればいい。

©︎松本山雅FC

PROFILE
佐相 壱明(さそう・かずあき)1999年6月16日生まれ、東京都出身。小学4年生の時に緑山SCでサッカーを始め、中学時代も同クラブに所属。昌平高(埼玉)に進み、全国高校サッカー選手権の舞台にも立った。卒業後の2018年、大宮アルディージャに加入。20年はAC長野パルセイロに育成型期限付き移籍。22-23年はSC相模原でプレーした。豊富な運動量と高い戦術理解度を武器とし、さまざまなポジションでプレーすることが可能。174cm、67kg。

恩師の教えは「魂を込めろ」
そのスピリットが背番号22にも

道筋が明確になったとはいえ、ボールスキルをないがしろにするわけではない。クロスも日々のトレーニングから磨いてきた。第36節いわてグルージャ盛岡戦では冷静に中を見てマイナスの折り返しを入れ、MF村越凱光の先制点をアシスト。その後も自身のクロスから取ったCKが、DF高橋祥平の2点目に繋がった。

©︎松本山雅FC

琉球戦の44分。相手陣内でボールを受けたMF岡澤昂星に素早くアプローチし、激しく身体をぶつけながらゴールライン近くまで押し返す。相手がたまらずクリアしてマイボールのスローインにすると、スタジアムにはチャントが響いた。

「魂を込めろ」

それは中学生時代、恩師に言われ続けてきた言葉だった。昌平高(埼玉)でも、プロ入りした大宮アルディージャでも、そのフレーズを全身に染みわたらせながらピッチを疾走してきた。

©︎松本山雅FC

背番号「22」も、自分なりの魂の象徴だ。大宮時代のチームメイト翁長聖(東京ヴェルディ)の番号。「聖くんは尊敬している先輩。気持ちがこもっていると感じて、ついていこうと思った」と明かす。

恩義を感じる松本の街に歓喜を
J2昇格へのラストフェーズを疾走

昨季は相模原で24試合に出場した。しかしシーズン終盤はケガで離脱しており、契約も満了。故障のため、トライアウトも出場できない。「ショックが大きくて、『もういいかも…』と思った。自分の気持ち的に一瞬折れてしまった」。現役引退の選択肢も脳裏をよぎった。

©︎松本山雅FC

そんな折に松本山雅からオファーが届き、即決した。「サッカー選手ではなくなっていたかもしれないので、続けさせてくれた松本にはずっと感謝している」。その思いも、身体をどこまでも動かす原動力となっている。

だからこそ、松本山雅のJ2昇格は「恩返し」でもある。チームが“最終形態”の3-4-2-1にシフトした第34節Y.S.C.C.横浜戦で先発に抜擢されると、そこから無傷の4連勝。出場26試合のうち先発は10試合で、5勝5分と負けを知らない。

©︎松本山雅FC

サッカー選手であり続けられた街・松本に歓喜を。昇格争いの最終局面を前にしたヒリつくシチュエーションでも、「この上ない幸せ」と口にする。個人チャントの基となったのは、乃木坂46の「Route246」。リーグ戦最終節の次節も、国道246号線の終着地・沼津にその歌を響かせる。


クラブ公式サイト
https://www.yamaga-fc.com/
Jリーグ公式サイト選手紹介 佐相壱明
https://www.jleague.jp/player/1617892/#attack


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