ブラジルの大地に根差す “パウリーニョ流スカウト”の全て

14年間にわたってJリーグでプレーし、2024年から松本山雅FCのブラジル在住スカウトとしてセカンドキャリアを踏み出したパウリーニョ氏。どんな選手が求められるかを熟知しており、その基準で作成した「パウロリスト」にDFチアゴサンタナをリストアップした。現地在住のブラジル人という強みを生かし、緻密な情報網からフィルタリング。その経緯を赤裸々に語ってもらった。
取材:大枝 令
Jリーグで活躍できる条件を熟知
「流れた音楽のリズムで踊れ」
――ブラジル在住のブラジル人スカウトを置くのはJリーグでも珍しい例だと思います。そのメリットをどう感じていますか?
もしかしたら初めてのケースかもしれません。
日本で14年間プレーしてきた中で、いろんな外国籍選手や日本人選手、監督、サポートスタッフなどの意見を聞いてきました。
日本において価値のある行動や態度などを自分の中で吸収して、今はブラジル人選手を連れてくる時にそれを生かしています。

PROFILE
パウリーニョ(Paulo Roberto Gonzaga)1989年1月26日生まれ、ブラジル出身。ドイツ系移民が設立したサンタカタリーナ州ブルメナウで育ち、幼少期は俊足のFWだった。15歳の時に地元のCAメトロポリターノでプロデビュー。グレミオFBPA、CRヴァスコ・ダ・ガマを経て2010年途中にJ2栃木SCへ。川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、松本山雅FCなどJ1〜J3の国内6クラブで14年間プレーした。ボール奪取能力に秀でたボランチとして活躍。2023年で現役引退し、松本山雅のブラジル在住スカウトとなった。
――どんなことが大事だと感じ、それをどう生かしていますか?
人間性の部分を日本の人たちはすごく大切にします。人間性が良ければ周りもサポートしてくれたり、その価値を認めてくれます。もちろんサッカー選手としていい選手ではないといけませんが、人間性をよく見ています。
ブラジルに長い期間滞在することによって、その選手の評判を知ることが可能です。

実際にチアゴサンタナを連れてくるにあたっては、今まで所属してきたチームの監督だとか、一緒にプレーした選手だとか、そういう人に評価を聞いた上で連れてきました。
聞いた全員が、良い評価をしていました。ウクライナ時代の監督、ブラジルの監督、一緒にプレーした選手、ウクライナで一緒にプレーした外国籍選手もそうです。

サッカーは計算ではないので「絶対」がありません。なのでこういう人格者とか、こういうプレーヤーを連れてきたら100%成功するとは限らないですが、成功するためにはなるべくミスマッチを最小限にすることが大切だと思っています。
――具体的にどのような人間性が日本で成功しやすい傾向にあると考えていますか?
日本に来る外国籍選手は、うまくいくケースといかないケースがあります。うまくいくのはオープンだったり、学ぶ姿勢がある人です。
逆に学びに興味がない人やエゴが強い人はなかなかうまくいきません。日本の文化はブラジルと全然違うので、学ぶ姿勢、文化を受け入れる姿勢が大切です。

自分の国ではない他国に行って、その国が自分に慣れてくれるわけはありません。だから、何度もチアゴに言いました。「日本がチアゴに慣れるのではなく、チアゴが日本に慣れなくてはいけないんだよ」と。
“Temos que dançar conforme a música.”
「流れた音楽のリズムで踊れ」というブラジルの格言です。その国、その土地の文化に自分から慣れていくことが大切です。

それを理解できるサッカー選手は活躍できると思います。例えば長野県から東京に行ったら東京のリズムがあって、大阪に行ったらまた違う踊りをする必要があると思います。
同じ国でも理解し合わないといけない。ましてや国が違えば、それもなおさらです。
経験と人脈の“パウロ・リスト”
「迷わず削除する」のも仕事
――そうした中で今回、チアゴサンタナ選手を連れてきた経緯を教えてもらいたいと思います。
各ポジションごとに全部で十数人をリストアップしました。プレーはもちろん、人間性の部分も全部見た上でリストを作成し、クラブに紹介しました。そうしたら全員がチアゴを気に入り、興味を持ってくれました。

サッカーの部分では日本人のスタイルとはいい意味で違っていて、対人も強いですし、良いものを持っています。今持っているものもあるし、ポテンシャルもある。まじめでオープンな人間性でもあります。それがクラブの興味を引いたのだろうと思います。
――その「リスト」の精度こそ、パウリーニョがブラジルにいる意味ですよね。
自分が納得した選手でなければ、「パウロリスト」には入れません。
例えば今、センターフォワードを探すのが非常に難しい。でも、パウロリスト「A」にはいないけれど、「B」に入っている選手はいるかもしれません。そういう状況であれば、クラブにはハッキリとその通りに伝えます。

全ては自分の責任になることですし、隠しごとはせずに伝えます。リスクが大きくなるくらいなら、「条件に合うのは誰もいない」と言った方がいいです。
――リストの基になる情報は、どのように収集しているのでしょうか?
たくさん試合を見ます。自分も使える遠征費が限られているので、あまり長距離は多くありません。それも考えた上で、いろんな人と話をします。
自分が話をする人は「パウリーニョがどういう考えの人間で、どういう人間を探しているのか」を知ってくれています。

代理人やクラブのオーナー、社長、監督とかと話をして、そこからどんどんパイプが繋がっていきます。そうしたら最初にリストを作って、その後でどんどん絞っていきます。
例えば、非常に能力のあるFWがいました。たくさん試合を見たのですが、最近の試合で非常に好ましくない行為をして退場になりました。それをもし日本でやったらどうなるのか――。
ものすごくいい選手だったのでリストに入っていましたが、その行動はリスクになるので、迷わずリストから削除しました。

――日本に適応することもそうですが、その中にさらに松本山雅FCに適応するフィルターもあるのではないでしょうか?
まず基本的には、カテゴリーが下がれば下がるほど慣れるのが難しいと思っています。個人戦術ではなくてチーム戦術が主体になるので、細かい部分を理解する必要があります。
川崎フロンターレ、柏レイソル、横浜F・マリノスに友人がいます。J1は細かいことももちろんありますが、どちらかという個人。もう少しシンプルなサッカーになりがちです。

でも、J2、J3と下がれば下がるほど、選手のクオリティを補うためにチーム戦術が主体になってきます。それに伴って、細かいところを理解しなければいけないことが増えます。
だからこそ、やっぱりオープンで学ぶ姿勢がある人でないと難しいです。J3はガマン強さもないといけません。
松本山雅には常にブラジル人がいました。ハヤさん(早川知伸監督)もオープンな人でコミュニケーションもしやすくて、受け入れ態勢もすごくできている状況。外国籍選手にとってはポジティブなことがたくさんあります。

「隠密の6日間」でチアゴを精査
来日前の事前レクチャーも入念に
――チアゴサンタナ選手がいたコンコルジアACは、パウリーニョの本拠地と同じサンタカタリーナ州のクラブです。近かったからこそ情報が得られやすかったのでしょうか?
同じ州ですが、バスで8時間移動する必要があります(笑)。クラブがチアゴに興味を持ったタイミングで、視察に行きました。
ここでナイショの話をしましょう。
選手を見る時には、選手に伝えないで見に行きます。ブラジルでは日本に対するイメージが非常によく、「日本のクラブのスカウトが来ている」と分かったら絶対に頑張るじゃないですか。

そうではなく素の状態を見たかったので、チアゴには言わないで8時間かけて向こうにいって、6日間練習を見ていました。丘の上に車を置いて、少し遠くから。スタジアム練習の時も、壁の陰から誰にも見られないように見ていました(笑)。
試合も見て、そして最終日に直接話をしにいきました。

――そうやって手間と時間をかけて、ダメだと判断したらリストから消えますよね。
もちろんです。確実に少しでも良い選手を連れていきたいですから。
実際に、同じチームで見ていた選手がチアゴのほかに2人いました。1人はリストから外しました。うまい選手だったんですが、練習態度が6日間とも良くなかったと感じ、日本には合わないと判断しました。

――チアゴサンタナ選手が松本山雅FCにスムーズに慣れるために、何をどのぐらい事前レクチャーなどをしたのでしょうか?
決まったのが12月。それまでに期間があったので、言葉のリストをチアゴに渡して「これを覚えないとダメだよ」と。Zoomでもチアゴに日本語を教えました。ベースを覚えるのが大事なので。
――日本語リストというのは何ワードぐらいありますか?
1〜20の数字。右左前後、赤青黄色白黒、切り替え。おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです、ありがとうございます。頑張ってください、頑張ります、元気ですか?、元気です、大丈夫ですか?、大丈夫です。

これは最初のリストです。その次のステップが、
中切れ、外見て、準備、集中、我慢、首振れ、来てる、もう一回、クリア、締める、締めて。インスイング、アウトスイング、ハイライン、ローエリア、クロス、大外、リスクマネジメント、大事に、マイボール……センターバックですからね。
事前準備はすごく大事だと思います。一般的なケースだと、日本に来てまずカルチャーショックを受けて、そこから「覚えていこう」となるじゃないですか。でも、事前に教えることが可能であれば、スムーズに入れる可能性が高まります。

「塵も積もれば…」という言葉があります。それは良い意味でも悪い意味でも捉えることができるじゃないですか。悪い意味で塵も積もったら大きなトラブルに発展しますし、ポジティブだったらすごく大きな成功に繋がったりもします。
――そうしたステップを踏んで来日したチアゴサンタナ選手ですが、ここまでの適応はどう見ていますか?
チアゴは日本に来てまだ1カ月です。練習を見れば分かりますが、よくしゃべったり自分で一生懸命やっている部分があるので、そこは多分周りが評価してくれていると思います。
もちろん本人の努力と人間性が第一ですが、一般的なブラジル人選手との「来日1カ月」で比べたら、だいぶ大きい一歩を踏み出せたと思います。ただそれで満足したら成長は止まってしまうので、続けないといけません。

何度も言うように絶対はありません。吉と出るか凶と出るかわかりませんが、ハヤさんもスタッフもサポートしてくれています。
本当の意味で日本のサッカーに慣れるためには時間はどうしても必要ですが、日本でうまくいくプレースタイルであることには正直自信があります。将来的にはJ2でもJ1でも活躍できる選手にはなれると思います。

――チアゴサンタナ選手をきっかけとして第2、第3の「パウロ印」に期待がかかります。
今回は私がインタビューされていますが、これは会社としてグループで進めているプロジェクト。自分一人でこの仕事はできません。そこは強調しておきたいです。
まず、神田さん(神田文之取締役/前社長)が自分を信用してこの仕事をさせてくれています。小澤さん(小澤修一社長)もサポートしてくれているし、横関さん(横関浩一・執行責任者)もプッシュしてくれます。

都丸さん(都丸善隆SD)も飯田さん(飯田真輝・強化担当)も、みんながすごくサポートしてくれています。自分が直接見た選手じゃない選手が入っていたとしても、私は同じようにサポートします。
クラブ、サポーター、選手のため
ミスマッチを防ぐクッションに
――ミスマッチの可能性を低くすることは、クラブやサポーターにとってもそうですが、選手にとっても大切なことです。その意味でも大きな役割になりますね。
ミスマッチを最小限にしていかないといけません。
例えばケガをしないために体幹トレーニングをたくさんしますよね。それでも100%ケガしないわけではないし、ケガをする可能性もある。でもやらないよりは絶対にやった方がいい。リスクを最小限にしないといけないので、自分は「体幹」のような役割です。

他の例えで言うなら、砂利道にクッションを置くような役割。そこで倒れてもケガを最小限に抑えられるような存在でありたいと思います。
連れてきた選手がうまくいかなかったことがケガだとすると、クラブがケガをしないために自分が体幹であり、クッションであるような役回りだと思います。

――今はJ1やJ2時代と比べると、獲得に使える予算も縮小しています。限られた条件下でベストチョイスをすることも大切になってきますね。
その通りです。金銭的に余裕があまりないので完璧な選手を連れてくることは難しいです。「技術が高くて」「オープンな気質で」「賢い」という条件を備えている選手は当然、それ相応の価値があります。
お金の話はシビアです。自分がフィルターになって、松本山雅に愛情を注いでくれているサポーターやスポンサーさんのお金をどれだけ大切に使うかを心掛けています。

サッカーは本当に計算ではなく、数学でもありません。高い選手を連れてきたら成功するとは限らないし、お手頃な選手を連れてきて成功する可能性もあります。最終的には本人次第です。
また、サッカーはビジネスなのでお金を生むことも考える必要があります。連れてきた選手を売って利益を生むことも考えなくてはいけません。
活躍したらその時点で価値があるものでしょう。結果で見せてくれたらみんな幸せになると思います。それにプラスして最終的にクラブにお金が入ればさらに最高です。
