“俺の憧れを超えていけ” アカデミー出身の20歳・田中想来が次世代エースに名乗り

アカデミー育ちのストライカーが、チャンスをものにして一皮むけようとしている。松本山雅FCのFW田中想来。高卒でトップ昇格して今季で3年目を迎え、公式戦で3ゴールを挙げるなど存在感を示している。サポーター投票で選ばれる4月の「エプソン月間MVP」も初受賞。幾多の試練を乗り越えて開花の時を迎えた20歳は、かつて憧れた先輩の背中を追い、そして追い越していく。

文:大枝 令

「勝たせるストライカーに」宣言
フィジカル強化から生まれた自信

「本当に実感がない。2カ月前までは紅白戦にも出られない生活が続いていた中で、ルヴァン(カップ)がきっかけなのか、いつもの取り組みを見てくれたのか。ちょっと分からないけど…」

2025年4月30日。
サポーター投票で決まる月間MVP受賞の受け止めを聞かれると、田中は首をかしげながら控えめに喜んだ。

J2サガン鳥栖を1-0で破ったルヴァンカップ1stステージ1回戦、延長前半のPKを決めるなどしてアップセットに貢献した。J3第8節カマタマーレ讃岐戦でリーグ戦初先発を勝ち取ると、流れの中から2ゴール。一気に表舞台で足場を固めた。

「僕が山雅を勝たせるストライカーになるので、みなさん応援よろしくお願いします!」

一躍ヒーローとなった田中。香川県丸亀市のスタジアムでトラメガを渡され、力強くゴール裏に宣言した。

その試合以降、自らのゴールは生まれていない。ただしゴール以外の部分で、着実に自身の進化を感じ取っているという。

「ボールを収めたり相手に身体をぶつけながら競りにいったりするのは、あまり得意としている部分ではなかった。でもそこがリーグ戦で通用している実感が出てきて、自分的には自信になっている」

今季はDF野々村鷹人が主宰する「筋トレ部」に入り、自主的にフィジカルを強化。特に尻周りの下半身を重点的にいじめ、筋肉量を増やしてきたという。讃岐戦は相手のセンターバックを片腕で抑え、成功体験を得た。

試合に出るために、活躍するために――。
プロ選手であれば、誰もがそう願って日々を送る。その上にもう一つ、田中には原動力がある。

アカデミー出身である、ということだ。
観客席で、あるいはピッチサイドのパイプ椅子で。ずっと、ピッチ内に憧れの視線を送ってきた。

「ホームで勝つのを見ると『自分も頑張らなきゃ』と思えた。街に根付いたクラブである以上、サポーターのみんなに1週間生きる活力を与えるのが自分たちの仕事だと思う」

PROFILE
田中 想来(たなか・そら) 2004年11月11日生まれ、上伊那郡宮田村出身。4歳の時にサッカーを始める。小学生時代はTop Stoneでプレー。当時から友人の父に連れられて松本山雅FCのホームゲーム観戦やトレーニング見学をしていた。中学に上がると松本山雅FCのジュニアユースに加入。試合に出られない日々も続いたが、ユースに昇格。3年時には2種登録選手となり、AC長野との長野県サッカー選手権決勝でゴールを決める鮮烈デビュー。同年にトップ昇格が内定した。裏抜けを得意とする運動量豊富なFW。174cm、71kg。

かつては観客席、今は同じピッチ
憧れを追ったアカデミー少年の旅

幼少期から、松本山雅の選手は自分にとってのヒーローだった。

上伊那郡宮田村出身。小学生時代は、応援に熱心な友人の父が頻繁にアルウィンに連れて行ってくれた。5年生の時に松本山雅は初のJ1。きらびやかな舞台に、目を輝かせた。背番号11なのに左センターバックの喜山康平は大のお気に入りだった。

2019年、松本山雅FCでプレーする(右から)永井龍、パウリーニョ、町田也真人

自らもプロを目指し、ジュニアユースから松本山雅のアカデミーへ。増本浩平、須藤右介らの指導者と出会う。中学3年生、2019年の松本山雅は2度目のJ1。今やセルティックで活躍する日本代表FW前田大然のほか、FW永井龍、MF町田也真人らのパフォーマンスに目を奪われた。

それから6年後、2025年。

かつて憧れたピッチ上のスターは、自分と同じ地平にいる。むしろ、自分がその場所まで来た。4月26日、ミクニワールドスタジアム北九州。この地で、いやが上にもそれを体感させられた。

田中想来(中央)の背後は北九州の喜山康平

ギラヴァンツ北九州の指揮官は増本監督、コーチに須藤。相手の先発には喜山、永井、町田が名を連ねていたのだ。

「本当に一番(松本山雅を)見ていた時期の選手たちなので、やる前は楽しみにしていたし負けたくないと思っていた。でも実際に同じピッチに立ったら、うまいし強い。J1で数字を残してきた選手たちとの差を感じたのも事実」

試合の前後に話しかけようか――と考え、躊躇した。

後半、ボールをキープする北九州の町田也真人(右)

「一番見ていた時期の憧れだったから、ビビって話しかけられなかった。僕なんかが話しかけていいのか…?みたいな。向こうは絶対に俺のことなんて知らないし…」

それでも試合は、アディショナルタイムのゴールで勝った。田中自身はノーゴールではあったものの90分間走り切り、最後は自らのプレスからミスを誘発。また一つ、実戦の場で手応えを得た。

「サポーターに1週間の活力を」
金沢戦もまた憧れの存在と対戦か

憧れた地平に立ち、その背中を超えていく。

田中の未来にはそうした節目が、これから何度となく訪れるだろう。当時の選手たちについて昔話に花を咲かせていると、一番の憧れとして出てきた選手がいた。

2018年11月17日、J2を優勝してシャーレを掲げる石原崇兆

「ウインガーだったから、一番見ていて好きだったのは同じポジションの石原崇兆さん……あっ」

話していて、途中で気付いた。5月3日のリーグ戦次節、まさにその石原が在籍するツエーゲン金沢をホームに迎えるのだ。「ヤバい…また緊張しちゃうかも…」と苦笑いするが、また今度も憧れを超える千載一遇のチャンスでもある。

2023年5月7日、長野県サッカー選手権決勝でPKを蹴る

そもそも巻き戻せば、プロサッカー選手であるかどうかすらわからなくなるほど、ピッチから遠い日々が続いた。

2023年、プロ1年目。長野県選手権決勝の信州ダービーでPKを失敗してチームも敗れ、サッカー人生最大の屈辱を味わった。「屈辱的な光景を目の当たりにして、本当に悔しかった。とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいだった」

翌24年。シンガポールのゲイラン・インターナショナルFCに期限付き移籍したものの、途中帰国。チームに合流してからも、トップコンディションとはほど遠かった。

2024年7月、シンガポールから帰国間もない時期

今季もキャンプから目の色を変えて取り組んではいた。しかし浅川隼人、安藤翼らのFW陣に加えて190cmのブラジル人FWルーカスバルガスも途中加入。最後尾からのスタートだったが、他選手の負傷離脱などに伴ってチャンスが回ってきた。

それをモノにして、今がある。
自身の未来を切り拓けるだけでなく、チームとクラブ、そして街の未来をも変える権利を有した。かつて憧れたJ2やJ1の舞台に、今度は自分が引き上げていくターン。時代はめぐる。

そのためにも、まずは白星。特にホームでは、ルヴァンカップも含めれば3試合連続ノーゴールの3連敗中となっている。次節を皮切りに県選手権決勝も含めた5連戦がスタートし、そのうち4試合はサンプロ アルウィンでの開催だ。

「ホームで勝たなければいけないクラブ。そろそろホームで連勝グセをつけたい」と田中。アルプスのように聳える金沢の3バックを攻略し、“新緑”の芽吹きを印象付ける構えだ。


J3リーグ第11節 ツエーゲン金沢戦 試合情報
https://www.yamaga-fc.com/match/detail/2025-j3-match11
クラブ公式サイト
https://www.yamaga-fc.com/
Jリーグ公式サイト選手紹介 田中想来
https://www.jleague.jp/player/1638472/#attack

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