“バスケット・プロフェッサー”勝久マイケルHC 「信州愛」胸に8シーズン目へ

信州ブレイブウォリアーズは2025年5月27日、25-26シーズンにおける勝久マイケル氏とのヘッドコーチ(HC)兼プレジデント オブ バスケットボール オペレーションズとしての契約継続の基本合意を発表した。来季で就任8シーズン目を迎える「信州愛にあふれる智将」。長年の仕事ぶりでチームとフランチャイズに与えた影響を振り返りながら、Bリーグラストシーズンの未来図を展望する。
文:芋川 史貴/編集:大枝 令
言葉から滲み出る信州への愛情
「日々成長」のマインドを注入
「一言で言えば、このチームに対して愛がある」
プレーオフ(PO)3位決定戦のGAME3を終えた後の会見。勝久マイケル・ヘッドコーチ(HC)は去就について尋ねられた際に、このようなコメントで締めくくった。
2018-19シーズンから信州で指揮を執り始めて今季で7年目。

信州にやってきた大きな理由の一つに、当時在籍していたアンソニー・マクヘンリーの存在があった。琉球ゴールデンキングスと信州ブレイブウォリアーズで永久欠番になっている元選手だ。
「グレートな選手と働きたい」という思いと、自身の相棒であるウェイン・マーシャルとマクヘンリーを一緒にプレーさせたかった――などの理由から、信州を選択した。

PROFILE
勝久 マイケル(かつひさ・マイケル)1983年4月26日生まれ、東京都出身。現役時代はポイントガード(PG)を務め、留学先のベルビュー高(アメリカ)から専修大に進学。卒業後は大阪エヴェッサで2009-10〜10-11の2シーズンプレーした。11年から指導者に転身。同年〜15年は横浜ビー・コルセアーズでアシスタントコーチ(AC)、とヘッドコーチ(HC)を歴任した。その後は島根スサノオマジックHC、栃木ブレックス(元宇都宮)ACを経て2018年から信州でHC兼プレジデント オブ バスケットボール オペレーションズ(GM兼任)を務める。
その日から多くの月日が流れた。
この7年間で勝久HCはチームに対して「日々成長」のマインドを注入し、ディフェンス、エナジー、遂行力の徹底を求めてきた。
自分たちがコントロールできることに全力を尽くし、目の前の試合や課題についてとことん向き合う姿勢やカルチャーを丁寧に積み上げてきた。

愛弟子の石川海斗に「バスケばか」と表現されるその熱量や、バスケットに関する膨大な知識と経験。若手・ベテラン関係なく多くの選手を魅了し、キャリアの成長を求めて有望な選手たちが信州へと移籍した。
ジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)や渡邉飛勇ら日本代表で活躍する選手。「三銃士」と呼ばれた前田怜緒(アルティーリ千葉)や熊谷航(秋田ノーザンハピネッツ)、岡田侑大(島根スサノオマジック)の育成。石川海斗やマーシャルらベテランたちのさらなるポテンシャルも引き出している。
マクヘンリーもそのうちの一人だった。

就任後の成績は、就任1年目でB2優勝(ライセンスの関係でB1昇格はできず)、2年目には悲願のB1昇格へと導くと、B1でも力を蓄えて2022-23シーズンには中地区3位の成績を収めた。
しかし、翌2023-24シーズンではウェイン・マーシャルや、スタントン・キッドら主力外国籍選手のケガもあり、チーム作りに苦戦しB2へ降格する。

B1復帰を誓った今季もケガ人が増え、満足のいく練習を積み重ねることができずに、B1復帰とはならなかった。多くのアップダウンを、このクラブで経験してきた。
「一つのチームにこの長さでいるのは自分としては初めて。長い間チームを見ていると、会社の変化や、選手の引退や入れ替えだったり、一直線で成長したいものだけれどいろんな変化がある」
「人が替わることでいろんなことが変わる難しさを経験してきた」と、長期政権に伴う葛藤も口にした。
“信州カルチャー”再構築した今季
互いに歩み寄って取り戻す日々
B2へと戦いの舞台を移した今シーズン。
結果的には目標のB1復帰は果たせなかったものの、チームの戦う姿や、選手たちが成長していく姿には心を打たれたブースターは多かったのではないだろうか。
特にPOに突入してからは、ベテラン選手たちを中心としたマイケルバスケの遂行力が光り、若手選手もそれに追従して成長を示した。

カテゴリーが異なるため単純な比較はできないが、勝ち星は昨季の10勝から41勝(PO込み)まで増加し、最終的にB2リーグ3位の結果を残した。
今季が始まる前、昨季は「カルチャーを守るバトルの日々だった」と指揮官は語っていた。
勝久HCが求めるバスケのレベルや細かさ、そこに対する思いを理解して遂行するためには、時間は必要。選手もそのチームカルチャーを理解し、時には自己犠牲の精神でチームに貢献する必要がある。

もちろん今季も紆余曲折がありながら歩んできたシーズン。
「エナジー」「遂行力」について試合後の会見では何度も言及していたし、これまでにはいなかったタイプのペリン・ビュフォードの獲得も指揮官にとってはチャレンジだった。
吉と出るか、凶と出るか――。

それでも綿密なコミュニケーションを図りながらお互いに歩み寄ったことで、チームにとって吉となるパッションと戦う姿勢を伝播させることに成功。ときには練習後、1時間ほどマンツーマンで話し込んでいたこともあった。
半分以上のメンバーが入れ替わったことで、カルチャーの浸透やマインドセットに時間を要したのは確か。遂行力やエナジーが欠ける試合も多く存在していた中でも、徐々にチームとしての一体感が醸成された。

PO3位決定戦の戦いぶりなどを見ても、カルチャーの再生は一定水準果たせたと言えるのではないだろうか。
時間を要する指揮官のチーム作りに対して、来季はBプレミアを見据えた成長主体の編成になるのか、はたまた違うのかは今後の選手動向で浮き彫りになるだろう。

「この人たちのために頑張りたい」
ブースターの声を胸に8年目の挑戦
「この2年間の悔しい思いを晴らせるよう、チームで日々の努力、習慣付け、積み重ねやチーム力、connectedness(結束力)が強みになるようなチームになり、我々のバスケをして勝ちに繋げて、特別なシーズンにしたいと思っています」
契約継続のリリースで勝久HCはそうコメントした。

B2降格やB1復帰を達成することができず、苦しい状態が続いたこの2シーズン。それでも勝久HCは来季も信州で指揮を執ることを決断した。
現地時点ではその全ての思いを知ることはできないが、それこそチームに対しての愛がゆえなのだろう。

福岡戦GAME3後に思いを語っていた。
「この2年間は本当に辛かったのでいろんな思いがあったけど、就任してから自分のベビーかのように、このチームを大事に作り上げようとしてきた」
「チームが大好きな人たちがたくさんいて、昔からそういう人たちに挨拶したり、何か言われる度に『この人たちのために頑張りたい、良いチームを作りたい』という思いでいた」

チームに対する責任と愛。チームの成長、クラブの成長に比例してどんどん大きくなっていくばかりだ。
さらに勝久HCはチームの指揮を担うHC業に加えて、チームの編成面も担うプレジデント・オブ・バスケットボール・オペレーションズとして、これまでチーム作りやチームのカルチャー作りに奔走してきた。
HC業とGM業を併せ持つことのメリットとしては、自分が理想とするチーム作りに合わせて、選手を自ら選定できることなどが挙げられる。

一方で負担が大きくのしかかっていることも想像に難くない。
シーズンに突入すれば、目の前の試合に集中しながら、来季のメンバー編成にも頭を悩ませる必要が出てくるし、リクルートの初動や見渡せる範囲も、分業している状態と比較すると限定される。
昨年5月7日。木戸康行代表取締役社長によるBプレミアに関する会見で、B革新における「HCとGMの分業」が明かされている。木戸社長は当時、こう補足した。

「シーズンが始まる前までは兼業でもいいかもしれないが、シーズンが始まると当然のことながら『ケガ人が出たから補強しなければいけない』だとか、選手間での相談事や悩み事が出てくる」
「(そういったことを)GMにするべきところをHCにしなければいけない。HCであるマイケルHC一人に非常に負担がかかっていたことも分かっている」

Bリーグ内でも他に例を見ない8年目のシーズン。記事を書いている間にも、チームのフランチャイズプレーヤーだった三ツ井利也の契約満了が発表された。編成も含め、どのような変化が進むのか注目が集まる。
来季以降の信州は一体どのようなチームを作っていくのだろうか。勝久HC自身にとっても、チームにとっても今季以上の挑戦と成長のシーズンになることは間違いない。

Bリーグでラストのシーズン。
“Strive for Greatness”の精神で、頂へと登る準備を着実に進めていく。