若林順平×若林凜香「父から娘へ 地域に“徳を積む”クラブ経営」(前編)

フットサル最高峰のF1リーグを戦うボアルース長野は、2025年6月3日付で代表取締役社長を交代。前社長の若林順平さんが会長に就任し、娘の凜香さんに社長の席を譲った。親会社であるデンセンホールディングスを同族継承してきた順平さんは、なぜ娘にクラブ経営のバトンを託したのか。親子が描く今後のビジョンとは――。(2025年取材)

取材:田中 紘夢/編集:大枝 令

就任後初勝利の試合で流した涙
ガリンシャ獲得でチームが加速

――まずは社長交代に至った経緯を教えてください。

順平 2017年の法人化からもう9年目で、社長交代というのはなんとなく考えていました。ただ、社長を交代するにもストーリーが必要で、唐突ではいけない。これからクラブがどうなっていくかという時間軸も見せないといけないと思っていました。

我々のクラブには櫻井(勇介統括本部長)だったり土橋(宏由樹GM)だったり、生え抜きの人間もいます。それも一つの選択肢ではありましたが、今はまだ私がハンドルを離してはいけないタイミングでした。

一緒にハンドルを持ちながらやれる相手は誰か。そう考えた時に、娘の存在が浮上しました。自分の会社(デンセンホールディングス株式会社)にいるけれど、もともと事業会社の社長をやらせるつもりはありませんでした。それでも、いつか持株会社の社長にはなる。そう考えた時に、経営者としてスモールビジネスを経験してほしかった側面があります。

凜香 私は今もデンセンホールディングスの取締役を兼任していますが、同業他社と仕事をしていても、同性の方は全然いません。もちろんその中で一人でやる覚悟もしていましたけど、事業会社の経営を私の性別と年齢で進めていくのは、現実的にかなり厳しいんじゃないかと。ゴリ押しでやろうとも思えなくもないですが、その選択はベストではないとも感じていました。

順平 私の会社はどこも「三方良し」という考え方を掲げています。売り手良し、買い手良し、地域良し。その「地域良し」の一つとして、スポーツへの取り組みを継続してきました。

なおかつ経営者としてチャレンジする姿勢を見せるには、圧倒的に若いほうがいい。私も彼女の年齢のときに会社で勤めていて、役職も与えられていましたけど、そこに仕事がついてきていない状況があったんです。本来は役職に沿った責任が伴ってくると思いますけど、私は「父(邦彦・株式会社デンセン2代目社長)の息子だから」ということで表に出されていたんです。

娘にはそういう思いをさせたくないし、経営者としてしっかりと責任の伴う仕事をさせたい。スポーツは社内のみでなく、外部から目に見えるアウトプットが求められる事業でもあるので、ずっとボアルースの社長になってもらいたいと思っていました。

凜香 それも最初はフワッと言い出して、しかも私じゃなくてほかの人伝いに聞いていました。そのときは「…おや?」という感じでしたが、結局こういう形になりました(笑)。

私たちは親子で血縁関係にありますが、すでに上司と部下という関係でもあります。「やれ」と言われたら「ノー」とは言えないし、私もそう決めて会社に入っていました。

――同じ経営者とはいえ、プロフットサルクラブとなれば事業規模も小さく、業種も大きく異なります。そこに違和感はなかったのでしょうか?

凜香 私自身、スポーツに関わる時間は長くありました。自分で馬術をやっていたり、周りにトップアスリートがいたりして、いろいろなものを与えてもらってきました。それが今度は自分が与える側になれると思うと、気持ち的にも頑張れるんじゃないかと。そこにあまり悩むことはなかったです。

順平 娘は子どもの頃からサッカー選手の光と影を見てきました。ピッチ上で輝いている瞬間だったり、契約満了になって失望している瞬間だったり。アスリートは華やかに見えるけど、それだけじゃないというのは分かっていたと思います。

だからこそ、うわついた気持ちでスポーツに関わることはないだろうし、命を懸けて戦う選手たちとも向き合える。そういった確信はありました。

凜香 プロの試合を見ていても、まずは「勝って!」という気持ちが出てきますけど、その次は「ケガしないで!」が出てくるんです。ケガをしてピッチを離れてしまうのは残念だし、復帰しても元通りにプレーできるわけではないのは分かっています。

スポーツに限った話ではなく、愛すると決めたものはしっかり愛し抜きたい。今季は5節目のフウガドールすみだ戦で初勝利して、心からうれしくて涙が出ました。周りには「入って数カ月の社長がなんだ」と思われたかもしれないですが、それだけの覚悟を持って入ってきたつもりです。

順平 しかも相手は、全日本選手権で優勝経験もあるすみだでしたから。横澤(直樹)監督のときは歯が立たなかったので…。

でも、横澤監督のときはそれも理解して戦っていたんです。まずは競技力じゃなくて人間力のところで、このクラブが地域に対してどうあるべきか。そうじゃないと愛されないというのも共有していました。

例えばフットサルシューズのままトイレに行かないとか、彼は細かいことにも目を向けてくれました。最後は競技面で目をつぶれない状況になってしまったので、「この段階でこの勝ち点だったら満了」というふうに決めて、お互いが納得した状況で満了になりました。彼のことは今でも戦友だと思っていて、よく事務所にも遊びに来てくれます。

クラブとして何を目指しているのか。競技力は水ものなので、そればかりにお金を注ぎ込むのは嫌なんです。今季はシーズン途中にガリンシャを獲得しましたが、彼は競技力もあって人間力もあるという、最高のロールモデルだと思っています。

あのときに山蔦(一弘)監督と土橋GMに言ったのは、「とんでもない補強をするぞ」ということです。でも、「とんでもない選手」が誰なのかは自分には分からない。だからそれを定義してほしいと言って、選ばれたのがガリンシャでした。

彼がポルトガルのクラブを退団してタイミング的にも良かったし、我々にはすみだと浦安でチームメイトだった三笠(貴史)もいます。地元のプロサッカークラブの繋がりから、ブラジル人を獲得するノウハウを共有してもらった部分もありました。本当にすべての条件が合致したからこそ、夏の中断明けから出場できたんです。

――加入2試合目から4試合連続ゴールを挙げるなど、期待どおりの働きを見せています。

順平 ガリ(ガリンシャ)は本当にナイスガイなんです。彼がゴールを決めて勝利した(第16節)北九州戦の後に「ありがとう」とメッセージを送ったら、「僕はこんなものじゃない。ボスと約束したのは、このチームをF1に残留させることだ」と。日本人のように勤勉な性格で、チームに流れを持ってきてくれました。

彼を獲得した狙いは、一人のスター選手がチームを強くするのではなくて、彼がいることによって全員が底上げされること。それに合致した選手を監督とGMがリストアップしてくれました。

フロントとチームは両輪です。これはデンセンでも言っていることですが、事業会社とホールディングスは両輪だと。我々はカルチャーを支えていて、それを支える原資を作り上げるのは事業会社。そのカルチャーが新しい原資を生み出す――というように歯車が回っています。両輪がギクシャクしているようでは絶対に回りません。

今はありがたいことに、シーズン途中で前年比120%の売り上げが出ているので、投資をするタイミングが来たと思っています。その一つがガリンシャの獲得でした。

ここから上位リーグに行くためには、日本代表に選ばれるような選手も出てこないといけません。ゴレイロの橋野司は充実した表情にも見えますし、ラージリストとはいえ日本代表候補に挙がったことは自信になったはずです。

今季は少しずつ勝てるようになってきて、週間MVPに選ばれる選手も増えてきました。それを日本代表にまで持っていきたいし、そのストーリーにやっと手がかかったと思います。

KINGDOM パートナー

競技力は二の次、地域が最優先
徳を積んで右肩上がりの収益に

――ガリンシャ選手のフィットが早かったことが、チームの加速にも繋がったのではないでしょうか?

順平 過去のFリーグを踏まえても、「ガリンシャはフィットするのに時間がかかる」という見方はありました。ただ蓋を開けてみれば、そこは時間がかからなかったです。

加入2試合目でゴールを決められたのは大きかったと思います。ゴールラインを割ったかどうかは微妙でしたが、運がよかったなと(笑)。

凜香 父は徳を積むのが好きなタイプなので(笑)。ゴミを拾ったり、神社にお参りに行ったりとか。

順平 うちのクラブは前にF1にいたときは、4年連続で最下位だったじゃないですか。でもなぜか、毎年増収はしているんですよ。

先ほども話しましたが、競技力は水ものなんです。私はそれを二の次にしていて、まずは何を持って地域の役に立つのか。松本山雅FCさんは神田(文之)社長の時代から、地域との接点を毎年1,000回は持つという目標を掲げていました。そのためには1日3イベントはないといけないですが、我々も1日1イベントは持つくらいの感覚の目標設定でいます。

ガリンシャ以外はプロ契約ではないので、難しいところもあります。それでも田中智基のようにアパレルブランドと契約していて、平日の日中でも動ける選手がいる中で、巡回指導にも力を入れています。部活動の地域移行クラブである犀南BELEZA FCも含めて、地域との接点は多いです。

競技力という水ものに価値を見い出す考えは、私の中にはありません。それこそ「徳を積む」ではないですが、いかに地域の役に立って、「ボアルースがあってよかった」と思ってもらえるか。それが僕らの価値だと捉えています。

――そうした価値観の中でも、近年は結果的にトップカテゴリーでの戦いが大半となっています。

凜香 2019年に初めてF1に上がったときは、そもそも上がれると思っていなかったですからね。昇格が決まって父が家に帰ってきたら、喜ぶどころかドンヨリしていて、土橋GMも珍しくお酒を飲んでいて…(笑)。

順平 あのときは「どうしよう、勝っちゃった」という感じでした(笑)。入替戦に勝って東京から帰るときに、土橋と新幹線でお酒を飲みながら「これからどうする?」と話していたんです。そうしているうちに私が降りる上田駅に着いたので、「ここで降りて、もう一軒行くぞ」と。

試合では北原健治という選手がゴールを決めて、私の目の前で吠えたんです。今でも流れを思い出せるくらい覚えていますが、あんなに彼らが心血を注いで勝ち取ってくれたものを、大人の事情で旗を下ろしてしまっていいのか。ものすごく自問自答しました。

当時の我々の予算は3,600万円で、F1に上がると倍の7,200万円は必要だと分かっていました。そこに挑戦することを決めはしましたが、いざやってみると茨の道。1年目は1試合も勝てなくて、2年目に初勝利するまでに40試合かかりました。

それを味わったときに、「競技力は水ものだ」と感じたんです。思ったとおりのアウトプットが、思ったとおりのタイミングでできるわけではない。だったらそれに耐えられる経営力をつけるという考え方になるし、もともと私は経営者なので、まずは算盤を弾いてチームを見ています。

ゴツい身体をしているので、「サッカー出身ですか?」とよく聞かれますが、スポーツすらやったことがないんです。

――えっ、そうなんですか…?

順平 そうですよ(笑)。けれど経営者としての経歴は長いので、環境を整えることは得意としています。私は原資は作れても、リソースの見極めはできません。そこは土橋を信じるだけです。山蔦監督を連れてきたのも土橋だし、彼がいなければこのクラブを経営していないと思います。

AC長野パルセイロのアンバサダーとして土橋がくすぶっていたときに、私は彼をご飯に誘ったんです。別に励ますつもりでもなかったですが、彼はレディースチームの現場にも関わっていたので、「現場とフロントのどっちがやりたいの?」と。そう聞いたときに「フロント」という言葉が返ってきたので、ボアルースに誘ったところ、二つ返事で「やります」と返ってきました。

私はサッカーの経験もなければ、ソフトウェアの開発もしたことがありません。現場での経験はゼロなんです。だけど、この会社にどういうリソースがあって、それをどうやって増やしたり減らしたりすることができて、どのベクトルに導けば成功できるのか。そこだけはなんとなく分かります。

おかげさまでデンセンホールディングスは、どのグループ企業も私が入社する前と比べて増益しています。有利子負債も最も少ない状況です。現場は現場のことが分かる人に任せて、私はとにかく環境を整える。それが自分の役割。その流儀はボアルースでも変わりませんでした。

後編に続く


クラブ公式サイト
https://boaluz-nagano.com/
Fリーグ チーム紹介ページ
https://www.fleague.jp/club/nagano/

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