総理大臣杯8強は偶然か? 松本大学が描く未来図は
今夏の大学サッカー・総理大臣杯全日本大学トーナメントで史上初のベスト8入りを果たした松本大学。2007年の創部から少しずつ幹を太くし、現在はプロ志望者がしのぎを削る集団に変貌を遂げた。地元のJクラブ・松本山雅FCとも早期から連携し、地道に強化しながら存在感を強めてきたチーム。齊藤茂監督らへの取材を通じ、その意義を掘り下げる。
文:大枝 令
関東1部の国士舘大から“大金星”
11人中8人が県内チーム出身
「大金星と言われるけど、知名度を考えればそれは事実だから仕方ない。足跡は一つ残せたが、『長野県には松本大学というサッカーの名門がある』と言われる存在になっていきたい」
松本大サッカー部の齊藤茂監督は力を込める。
今回の総理大臣杯は2回戦で関東大学リーグ1部の国士舘大を1-0で破ってベスト8進出。準々決勝で同じく関東1部の東京国際大に0-4で敗れはしたが、悲願の全国1勝だけでなく番狂わせも演じて「台風の目」となった。
しかも国士舘大戦の先発メンバー11人のうち、8人が県内の高校やJユース出身だった。松商学園、松本国際、都市大塩尻、そして松本山雅FC U-18。いずれも、2種(高校生)年代で全国的に目立った成績を残したわけではない。
そうした面々が、大学で地道に力を蓄えて結果を残した。
4年生のFW宮入寛大(松商学園高出身)は関東1部リーグ2校との試合に「攻撃のクオリティや決め切るところの差はあったけれど、球際とかは差をあまり感じなかった」。2年生のMF田畑葵(松本山雅FC U-18出身)も「思ったより関東との差はなかった」と同調する。
ハイライトはやはり国士舘大戦だろう。16分、左CKの流れからファーサイドの1年生DF河越大(都市大塩尻高出身)がねじ込んで先制した。「ニアで仕留める狙いだったけど、たまたまファーにいたらボールが来た。『あっ』と思ったら決まっていた」と苦笑いする。
望外の1点を最後まで守り切り、前々回覇者の格上を撃破した。河越と3年生DF北野大和の2人がセンターバック、3年生の石見凜汰朗がGK。いずれも都市大塩尻高出身の3人が軸となり、再三のピンチを防いでクリーンシートとした。
「後半はパワフルになった相手に合わせて苦しくなったが、最後まで集中を切らさず身体を張って守ってくれた」と石見。北野も「一昨年優勝した関東の強豪に勝てたのは、これからの自信につながる」と納得の表情を浮かべる。
ほぼ全員が「プロ」を目指す集団
キャリアパスに組み込める水準に
部員数は63人。
齊藤監督によると、そのほとんどが大卒後のプロ入りを目指しているという。裏を返せば、松本大で4年間サッカーに打ち込むとプロになれる可能性がある――という評価を得ているとも言える。
転機は2021年だった。
連携協定を結んでいる松本山雅FCに、当時3年生のMF濱名真央(JFLアトレチコ鈴鹿クラブに期限付き移籍中)やDF中島千風(ヴァンフォーレ甲府U-18、岡谷市出身)らが練習参加。濱名は現日本代表コーチの名波浩監督からもボールスキルを評価され、翌22年3月には加入内定とJFA・Jリーグ特別指定選手の承認が発表された。
「今まではサッカーでうちを選んでも、正直そこまでのことはできないし、関東に行った方がプロには近いと思っていた。でもその差が少しずつ縮まってきて、うちでもプロを出せるかもしれないと思った」
指揮官は一念発起し、21年から積極的なリクルートを始めた。それまでほとんど見たことのなかった高円宮杯U-18長野県リーグを視察。関東の大学に進学希望だった北野らを口説き落とした。濱名は23年、MF青木安里磨(元AC長野パルセイロ)とともにプロ入り。これも潮目が変わる要因の一つとなった。
これにより、長野県からプロになる選択肢が増えた――とも言える。県内Jクラブのユースか高体連チームから直接プロ入りするか、そうでなくても大きく環境を変えずプロを目指せる。もちろん県外強豪校の環境にもまれるメリットもあるが、近年は関東大学リーグのチームとも頻繁にトレーニングマッチを組んでいるという。
山雅U-18から進んだ1年生MF追川飛羽は「小さい頃からの夢を、松大での4年間でかなえたい。自分次第で変われる環境なので、自分に厳しく頑張り続けてチャンスをつかみたい」と話す。山雅U-15から昇格できず都市大塩尻高に進み、この4年間での逆転を狙うのは河越。「この4年間でどこまで成長できるかだと思う」と力を込める。
ただもちろん、全員がプロになれる世界ではない。それも見越して人間健康学部スポーツ健康学科には、日本サッカー協会のC級コーチと3級・4級審判員の資格取得ができる授業が設置されている。教員免許なども含め、地元サッカー界に貢献できる選択肢を整えた。
「長野県のサッカー文化の中で、今まで大学の層はすっぽり抜けていた。サッカー部がなかったら来なかった選手ばかりなので、『やっとこうなってきた』という思いがある」
齊藤監督は感慨を込めて話す。自身も松本深志高でサッカーに打ち込んで東北大を卒業し、現在はスポーツ健康学科の学科長を務める立場。地域に資する人材輩出を目指す大学の理念と、その取り組みは符合する。
松本山雅FCとの連携協定が転機に
繋ぐスタイルと“岸野魂”が共存
ただ、道のりは平坦ではなかった。2007年に創部。草創期は部員が集まらず、グラウンドも基本的に使えない。キャンパス内の狭い芝生エリアを使い、数人でトレーニングしていたという。横幅68mも到底確保できず、CKの練習は左右によってゴールを動かしていた。
こうして草の根から始まったサッカー部。進化の過程をたどる上で欠かせないのが、松本山雅との連携だ。
まず2010年に事業連携・推進に関する協定を締結。「スタジアム弁当」の作成や山雅の選手の体力測定などを行ってきた。そして16年、サガン鳥栖や横浜FC、カターレ富山などJクラブで指揮を執った岸野靖之氏が監督として派遣されることになった。
2018〜21年は栃木シティFCに在籍したが、戻ってきた現在はフィジカルアドバイザー。週に1回、徹底的にランメニューをこなす。「厳しい中にも愛があるし、キシさんが言うと角が立たない。本物の指導者に来てもらえたことは大きい」と齊藤監督は信頼を寄せる。
松本大はビルドアップにこだわってボールを繋ぐスタイル。その文脈とは異なるストロングスタイルの追い込みだが、指揮官は「当初のうちにはなかったもの。科学的なアプローチは大事だけれど、そうじゃない部分も必要。キシさんは厳しいけど温かいから、みんながついていく」。“岸野魂”と書かれた横断幕が示すとおり、そのスピリットは植え付けられている。
そして松本大からも、松本山雅に多様な人材を輩出。現場の裏方業務を取り仕切る白木誠主務を皮切りにホームタウン活動担当、営業担当、チーム付きの広報担当や副務、U-12カテゴリの監督――。さまざまな専門分野でクラブの社員・スタッフとして勤務している。
県内トップ層+県外の発掘組で
さらなるステップアップを狙う
県内の高校生が地元でプロを目指す選択肢として浮上してきた松本大。ただもちろん、県外出身者を避けるわけではない。ともにドリブルスキルに特徴のある聖和学園高(宮城)や中央学院高(千葉)など、県内の2種年代に薄いエッセンスを入れながら融合と底上げを図る。
このほか前所属が県外校であっても、さかのぼれば県内にルーツがある選手も複数いる。
例えば3年生GK永井就斗は帝京長岡高(新潟)出身だが、3種(中学生年代)は松本市のクラブチームASA FUTURO。山梨学院高から入った2年生DF向山悦生は松本山雅 U-15出身で、1年生ではMF辻龍之介(茨城・第一学院高出身)やGK島﨑真紘(埼玉・昌平高出身)がそれに当たる。
選手獲得の上でも、松本山雅との円滑な情報交換が生きる。松本山雅のスカウト担当から“原石”の情報を聞きつけて視察に行き、獲得につなげたケースも。自前でも県外の情報網を強めており、「県内:県外=5:5」を目安に編成する。
同じ北信越大学リーグに先駆者がいるのも大きい。新潟医療福祉大だ。今季は無傷の全勝(第7節終了時点)で首位独走中の上、総理大臣杯も準優勝。Jリーガー10人以上を輩出しており、9月15日現在でJ2得点ランキング首位のFW小森飛絢(ジェフユナイテッド千葉)や4位タイのFW矢村健(藤枝MYFC)など注目株も複数いる。
背中を追うには十分な存在だ。4年生DF瀧澤大輔は新潟医療福祉大との試合について、「惜しい試合はするけれど、最後に決められて負けている」という。そのインテンシティとクオリティに伍して上回れば、おのずと次のステージも見えてくるはずだ。
「今回の総理大臣杯で足跡は一つ残したけれど、風が吹いたら何年後かに消えてしまうもの。だからこそ連続で出ること、そこでまた壁を破ること。継続的に成績を出せたときに、やっと次のカテゴリの仲間入りができると思う」
そう青写真を描く齊藤監督。今回の躍進はたしかに、まだ“大金星”に過ぎない。しかし地道に積み重ねた遠くない未来、目新しくもない日が来ることだろう。
松本大学サッカー部 公式サイト
https://matsumoto-univ-soccer.com/
第48回総理大臣杯 全日本大学サッカートーナメント
https://www.jfa.jp/match/prime_minister_cup_2024/