霜田監督体制の2シーズン 残した“成果”と、残せなかった“結果”
松本山雅FCの霜田正浩監督が2024年シーズン限りで退任することが12月12日夜、発表された。攻撃的なスタイルへのシフトを掲げて招聘され、2シーズン目。今季はリーグ戦16勝12分10敗(勝ち点60)の4位となり、J2昇格プレーオフ決勝で涙をのんだ。近年のクラブワークを踏まえたなかで、今回の決断はどのような意味を帯びるのか――。残した“成果”と残せなかった“結果”について検証する。
文:大枝 令
個々に成長を遂げた選手は複数
ボトムアップの組織文化も醸成
「松本での2年間、昇格をミッションにして全身全霊を注いできましたが、最後にあのような形で結果を出せなかったこと、本当に悔しくて残念で、応援いただいた皆さんに申し訳なく思っています」
12月12日夜、慌ただしく出されたプレスリリースの文面にはそうある。その言葉にはおそらく、一切の嘘はないだろう。全身全霊を注ぎ、心を砕いてきた。間近からそうは見える。
実際、J2昇格プレーオフ決勝に敗れた翌日の12月8日、囲み取材に対してこう話していた。
「結果は非常に悔しくて残念で残酷で、何の言い訳もできないし、するつもりもない。そこは真摯に受け止めるけれど、選手も僕もすごく成長を実感できた1年だった」
「間違いなく今までの指導者のキャリア、あるいは監督になってからのキャリアの中で、一番濃い、自分の中でも手応えをつかめた時間だった」
その言葉どおり、個々で著しく成長した選手は複数いる。
例えばMF村越凱光。キャンプ当初は周囲のクオリティに遅れを取る場面が散見されたものの、「止める」「蹴る」にこだわったことでワンテンポ早い視野の確保が可能となった。
それに伴って判断の質が上がり、相手が嫌がるプレーを繰り出す頻度が格段に増えた。今季最も伸びた選手の一人と言えるだろう。36試合出場でキャリアハイの8ゴール。今季は警告もゼロと、精神的な成長も見られた。
DF野々村鷹人も同様。ビルドアップ能力が飛躍的に伸びた昨季に続き、今季も順調に成長。相手を見て判断を変えたり、強い発信を心がけたり。身近にJ1で400試合以上出場した高橋祥平がいたことも、その成長を大きく促した。
それと同時に、時間を費やしながら組織文化も変えていった。問題発生時の解決策について、「指示待ち」ではなく自分たちで臨機応変に対応する力をつけていく。
ハイプレスを継続するのか、いったんミドルゾーンに構えるのか。前線の配置を変えてプレスをかけやすくしたり、ボランチの人数を増やしたり。プレーの切れ目にただ「漫然と集まる」だけでなく、実効性のあるソリューションを導けるようになっていった。
ピッチ内の問題解決能力。それは2020年の松本山雅が布啓一郎監督を招聘した際、最も重視していたファクターの一つだ。その意味においては、組織風土が徐々にボトムアップ型のエッセンスも帯びてきた――とは言えるのかもしれない。
掲げていたスタイルのコンセプトは「ボールを中心とした攻撃と守備」。立ち位置を取り、能動的にギャップを作りながらボールを前進させる。自分たちで「ポゼッションサッカー」「パスサッカー」と名乗ったことは一度たりともなく、「プログレッション」(前進)を是とした。
これもまた、松本山雅が積年の課題としてきた要素だった。
2021年途中に就任した名波浩監督。当初は「こびりついた後ろ重心をはがす。そうでなければ自分が来た意味はない」と発言していた。
しかし翌22年は結果に特化したスタイルに転換。FW横山歩夢(バーミンガム・シティFC)、FWルカオ(ファジアーノ岡山)ら個のクオリティを持つ選手たちがねじ伏せた。それは名波監督なりに「松本の街が求めるもの」を受け取ってのアンサーでもあったが、結果として昇格はならなかった。
その後任として指揮を執った霜田監督は、良くも悪くも理想を貫いた。どれだけ結果が出ずとも伸び悩もうとも安定せずとも、スタイルの積み上げが演繹的に結果へと至る――というスタンスを最終盤まで崩さない。「どう勝つか」の手法にこだわりを捨てなかった。
攻守における「細部の描き込み」
やり切れずに詰めの甘さ残す
「自分が求めている理想のサッカーが、山雅が昇格するために一番適しているとずっと思ってやってきて、その中で選手も相当成長してくれた」
実際、こうした発言も会見でしている。
霜田監督だから、ここまで貫いた。その結果、「個人の成長」「組織風土の変化」といった“成果”が得られた――。そう言えはするのだろう。
一方で、残念ながら“結果”をつかむには至っていない。描いたスタイルを実現していく過程で、こぼれ落ちたものは余りにも多かった。
ただでさえ2年目の今季はMF山本康裕、DF高橋祥平、DF馬渡和彰、FW高井和馬ら力のあるベテランを中心に積極補強を敢行し、豪華な面々がそろった。J3優勝とJ2昇格に向けて前途は洋々。しかし期待値の高さとは裏腹に、序盤戦から煮え切らない試合が続く。
独自の戦術用語を用いてチーム内の共通認識を素早く図る。落とし込みは昨年と同様にスムーズだったが、ディティールを描き込むフェーズで苦労した。
例えば第8節・アウェイのツエーゲン金沢戦。それ以前までに「失点シーン以外は」といった但し書きのつく試合が続き、チームとしては「ラストプレー」にフォーカスして臨んだ。
「最後で決め切るところが足りなかったり、ほとんどチャンスは作られていないのに失点してしまっていたり。サッカーの一番の原理原則である、お互いのゴール前をこだわる。ラストプレーにこだわる。(ペナルティ)ボックスの中の戦いに特化したい」
試合前、霜田監督はそう話していた。
しかし蓋を開けてみると、試合は1-6の大敗。金沢の新スタジアムに約2,500人が駆けつけたものの、試合後には怒号が沸き起こった。
もう一つは、第33節ガイナーレ鳥取戦。それまで5試合は負けなしだったものの、内訳は1勝4分。終盤戦に差し掛かってなお8位と伸び悩み、「あと一歩」を詰める必要性に迫られていた。
「僕らは攻撃的に主体的にボールを動かしながらサッカーをしてきた。その原点に戻れば、やはり2点目、3点目を取りにいくという姿勢をなくしてはいけない」
「もちろん1-0で勝てればそれでいいけれど、複数得点を取りにいく姿勢を出した方がいい。そう思って攻撃の練習を増やした」
試合に際して指揮官は、そう話していた。「攻め倒す」という原点を確認して臨んだ一戦だった。
だが結果は――大量4失点。ここでも、「あと一歩」のディティールを描き切ろうとして逆に大崩れした。
その試合を境に3-4-2-1に組み替え、5連勝で4位に入ってJ2昇格プレーオフ決勝まで進みはした。終わり方が劇的に残酷だったためインパクトは強いものの、そもそもリーグ戦38試合を戦い抜いた最終的な答え合わせにすぎない。
攻守のゴール前に象徴されるように、詰めの甘さが響いた結果でもあるだろう。シーズン前半戦から「タッチマーク」と称してゴール前のマンマーク徹底を図った。昨季から「スプリントバック」と名付けて後方への戻りを意識付けもした。
だが、遂行する/させる段階での甘さは払拭し切れなかった。失点を「たまたま」で片付け、その「たまたま」が繰り返された。もちろんそれ以上に得点を重ねて勝ち続けていればなんの問題もなかったが、現実はそうではなかった。
選手たちも最終的には一丸となったものの、最後まで火種はくすぶっていた。少なくともシーズンの前半と終盤の2回、選手からの不満が閾値を超えて表面化。もちろん全員を納得させるのは難しいにせよ、制御し切れなかった。
「応援はしている。でも期待はできない」
昨季限りでチームを去った選手が、ぽつりと漏らした言葉だ。それは「勝てる集団であるかどうか」に照らした中での本音だったのだろう。その傾向は1年目を終えた段階で、至るところから噴出していた。
最終的にはJ2昇格の結果もつかめずに終わった。
あとはせめて、“成果”をどう未来に繋げるかだ。
後任は経緯を知る内部のS級ライセンス所持者の昇格か、外部からの招聘か。プレーオフにもつれて初動で後手を踏んでいることも加味すれば、現実的な選択肢はおのずと限られる。
そもそもトップチーム強化本部が十全に機能していたか。この2年間を踏まえ、「何を目指して」「誰が」「どう」作り込んでいくのか。 速やかに整理、打開、共有すべき問題は山積している。