“みんなの推しの後押し” 松本山雅FCのチームドクター・百瀬能成医師が開業した理由

プロアマ問わず、アスリートの集うクリニックが松本市にある。百瀬整形外科スポーツクリニックだ。松本山雅FCのチームドクターを長く務めていた百瀬能成医師が2021年に開業。医療だけでなくメディカルフィットネスやフットサルコートなども備えた総合的な施設となっている。どのような背景や思いがあってスタートしたのか、ここを通じて地域に対してどのように貢献したいのか――。百瀬院長に話を聞いた。

取材:大枝 令

外来診療で届かない領域を補完
「予防」の観点からアドバイスも

――2021年に独立して百瀬整形外科スポーツクリニックを開業しました。当初から、メディカルフィットネス「Alcurar」(アルクラール)を併設しているのが特徴的でした。

外来診療だけでは解決できない問題は山ほどあります。

例えば患者さんのニーズに応えるときに、MRIはいつでもどこでも撮れる状態にしなければいけないし、リハビリだけではなくてその後のケアやトレーニングまで面倒を見られるような体制が必要でした。

あとは患者さん自身に病態を理解してもらって、「自分の身体が今どういう状態で、なぜ痛いのか」ときちんと説明ができるような時間も必要です。

ですがドクター1人でそれを全部説明するのは難しいです。やはり理学療法士だったりトレーナーだったり、スタッフの力を借りて患者さんと長く関われる時間も必要だったので、こういう施設を作りました。

「Alcurar」にはリハビリでじっくり時間をかけて患者さんと1対1で治療に向き合えるスタッフもいるし、トレーニングをする場所もあります。

ボールを投げたり蹴ったり、走ったり――そういう動作の確認もできる広いスペースや人工芝も必要です。そういったものを総合的に作って、患者さんのニーズに応えられているのではないかと思います。

実際にそれをやって今4年目になりますが、それなりに患者さんの満足度は得られている実感はあります。やはりリピーターが多いので、新しくケガをしてもまた来てくれる流れはある程度できつつあります。

あと臨床とは別ですが、医学研究の領域で松本大サッカー部や県内高校のサッカー部などに対して、予防の観点からいろんなアプローチができるようになってきています。

うちの理学療法士がチームに関わっており、そこで選手の身体をチェックしたりデータを取ったり。個々の特徴を把握してケガの予防をしていくことも始めています。

――「予防」というのは具体的にどのようなアプローチをしているのでしょうか?

その選手がどういう身体の使い方をしているか、どういった特徴があるか――ということをいろんな検査で見ておくことによって、ある程度ケガ予防の助言ができるようになってきました。

何よりもやはり予防が一番大事です。クリニックだと治療しかできませんが、その前段階にアプローチできるようになってきています。

――「予防」で済んでしまえば患者さんになりませんね。

本当はそれでいいんです。

ケガをして病院のスタッフが忙しいよりは、その人がやりたいことを楽しく、痛みなくできる方が地域にとってはいいんです。最終的にはそこを目指していかなければいけない――という思いでやっています。

勤務医時代には葛藤がありました。例えばすぐMRIを撮りたいけど予約がいっぱいだとか、運動したいけど場所がないとか、安静にしている時間をどうやってうまく使うかとか。改善する余地はたくさん見えていました。

でもスポーツ選手のケガは生命に関わるわけではないので、どうしても後回しになってしまいがちです。けれどそれに最初に対応できる、スポーツ選手のニーズに一番に対応できる場所を作れば自分の強みを生かせるし、ビジネスとしては成り立つと思っていました。

KINGDOM パートナー

松本山雅FCのJリーグ参入が転機
反町監督との仕事で刺激を受ける

――整形外科医となった当初から、スポーツ分野のドクターを志していたのでしょうか?

自分自身がサッカーをしていて、ケガもしたから、そういうところに関われればいいな…と。自分が医者になった当初は漠然と思っていましたが、具体的にそうなりたいという思いはそんなにありませんでした。

転機はやはり、松本山雅FCに関わるようになってからです。もっとそこで自分の専門性を突き詰めていかなければいけないと感じました。

特に、Jリーグに上がった初年度の2012年です。
反町康治監督が来ました。

「サッカーの神様は細部に宿る」という言葉のように、メディカルスタッフも突き詰めていかないと選手も良くならないし勝利に貢献もできない。それを実際に経験していく中で、さらに専門性を自分の中で突き詰める気になったのがきっかけです。

――反町監督はかなりシビアだったと思います。やはりインパクトは大きかったですか。

ソリさんとの出会いはかなり大きかったと思います。

今でも連絡を取り合っていますが、厳しいけど気さくな人です。いろいろことが足りないと教わっていく中で、必要な部分を全部具現化していこうという思いが湧いてきました。

勤務医がそういう施設を作るわけにはいかないから、「だったらもう独立しちゃおう」といった感じです。

「やるしかない」という気持ちはありましたが、ただやはりお金がかかります。そこはもう相当覚悟を決めてやらないとダメだけど、でももう「やると決めたからにはやろう」と思って決めました。でも自分しかやる人いないだろうな…とは思っていました。

――2022年からはフットサルコート「ORSONHO」(オルソニオ)も運用しています。ハード面の構想は全て具現化できたのでしょうか?

ハードの部分はもう完全体です。スタッフも今リハビリテーションの方に14人いるので、これである程度はキャパシティ的にもマックスに近付いています。

今後はチームにトレーナーを派遣するとか、人を派遣していく作業にシフトしていくと思います。

現在メディカルパートナーになっているのは、高校サッカーの松商学園と松本国際。あとは松本大学サッカー部と、全日本のスキー・スノーボードの選手たちとも何人か契約を結んでいます。

メディカルパートナー以外にも、高校サッカーとは繋がりが深いです。松本深志と松本県ケ丘にもトレーナー派遣をしているし、都市大塩尻出身のトレーナーが一人入ったので母校に行ってもらっています。東海大諏訪の女子にも派遣しています。

前回の全国高校選手権でベスト8入りした上田西に関しても、県大会の時も全国の直前も水面下でいろいろなサポートはしていました。白尾秀人監督はもともと山雅の選手ですし、交流があったので。

それ以外にも、信州ブレイブウォリアーズに個人として行っているスタッフもいます。「外部活動はどんどん自身でやっていい」というスタンス。副業はOKなので、空いている時間はどんどん自己研鑽をしていくことを推奨しています。

地域に活力を吹き込むスポーツ
パフォーマンスを支える存在に

――そうしたスタンスの根底にあるのは、地域貢献への思いが大きいのでしょうか?

圧倒的に地域貢献です。

やはり地域が盛り上がっていかないといけないし、選手たちが主役であるために我々はサポートに徹底的に回っていくことが大事だと思っています。

――スポーツ分野における若者の雇用にもなっていると思います。長野県を元気にするためのファクター、活力を吹き込んでいくことも含めてメディカルサイドから進めていきたい思いも少なからずあるのでしょうか?

それは大いにあります。医療者としてフットボールに関わるとかスポーツに関わる人たちの雇用の場を作るのも仕事だと思っているし、それはすごく大事なことだと思っています。

そういうところで人とお金がちゃんと動くような場所を作るのが大事だと思っています。

実際に今年は、学生時代にケガをして我々が治療に携わった人が、PTの資格を取得してクリニックのスタッフになってくれました。看護師でも2人、同じ経験をした人が在籍しています。

このように、憧れて「自分もなりたい」と思って同じ仕事に就く人。ドクターはさすがにいませんが、理学療法士とかトレーナーとか、「リハビリで関わってくれた人たちと一緒に働きたい」と来てくれた人もいます。

――ずっと松本山雅に関わられてきて、スポーツが地域にもたらすものであったり、地域社会における存在意義みたいなものを改めて聞かせてください。

やはり子どもたちや地域の人たちの憧れであってほしいと思いますし、結局は地域を盛り上げてほしい。勝っても負けても気になってしまう存在ではあるので、楽しみの一つでもあるでしょう。

そうした中で、私たちは推しを支える仕事。「皆さんの推しの後押し」として日々仕事をしています。



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