雷で1時間遅れ 讃岐-松本の帰路600kmを完遂した“準備と機転”

私たちが当たり前のように過ごす日常は、さまざまなプロの仕事に支えられている。前節・カマタマーレ讃岐とのアウェイゲームに臨んだ松本山雅FCもそうだった。雷雨による中断でキックオフが1時間遅れた一戦。その日のうちに約600km離れた松本まで帰着するために、状況に応じて水面下では判断を2回変えていた。主務・白木誠の証言を基に時系列をたどる。

文:大枝 令

雷鳴が「緊急対応」のスイッチ
複数のパターンを想定して準備

「キックオフ時間が遅れます」

そんな報告が松本山雅の報道陣に入ったのは、キックオフ時刻の18分前。13:42のことだった。

香川県丸亀市のPikaraスタジアムには雷鳴がとどろいていた。両チームの選手とスタッフはウォーミングアップを取りやめて控室に戻り、サポーターも屋根のあるエリアへ避難した。

©︎松本山雅FC

この段階から主務・白木誠の緊急対応が始まる。
もともと天候が不安定なことは織り込み済み。まずは「その日のうちに松本まで帰れない」という最悪のケースからつぶしていく。

旅行代理店の担当者と連絡を取り、丸亀と岡山近隣のホテルの空室状況を照会してもらうよう依頼を出した。

同時にもう一つの選択肢を模索する。JR名古屋駅でチームをピックアップする予定のバスに、丸亀まで足を伸ばしてもらうことは可能かどうか。であればどれくらいの時間を要するのか。

©︎松本山雅FC

幸い、予測より早く雷雲は去った。1時間遅れの15:00キックオフに決定。ここから一気に動き出す。「ウォーミングアップ中から『どうやって帰ろうか』しか考えていなかった」

当初の移動予定はこうだった。

17:00 Pikaraスタジアム発

<バス>

17:20 JR丸亀駅着
17:30 JR丸亀駅発

<特急しおかぜ24号>

18:11 JR岡山駅着
18:20 JR岡山駅発

<山陽新幹線のぞみ50号>

19:55 JR名古屋駅着

チームバスで松本へ

これは変更ができないタイプのJR切符。乗り過ごせば効力を失い、もちろん払戻も不可。そのためまず、当初の旅程どおり「17:30 JR丸亀駅発」に間に合わせることから逆算する。

「15:03キックオフ、16:52分ごろ試合終了。そこからすぐに出て、ギリギリ間に合うかもしれない」

もちろんこのタイムスケジュールでは、取材を受ける猶予など全くない。しかし一方で、Jリーグの試合実施要項に準拠する必要があった。

第38条〔取材メディア対応〕
・試合終了後、双方のチームの監督はホームクラブが設けた場所で記者会見を行わなければならない

・試合終了後、双方のチームの選手はホームクラブが設けた場所(ミックスゾーン)で取材対応を行わなければならない

まず選手の取材対応をどうするか。

広報担当を通じて、松本から来ていた報道陣3人の承諾を得て「取材エリアを通るが双方合意でスルーし、移動中にZoomで対応する」というイレギュラーな形でまとめた。

霜田正浩監督に関しては会見を行い、運営担当らと自走してきた車で帰る算段。その代わり、Zoomに臨席する広報担当がチームとともに帰る予定とした。

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まさかの後半アディショナル“+7”
第4審判のボード見てプラン変更

しかし――。

まず前半、アディショナルタイムが6分。長い。
雲行きが怪しくなった。
そして後半、アディショナルタイムは7分。

「もう17:30は無理だ」

この時点で、白木主務は判断を変えた。

©︎松本山雅FC

第2プランに移行。JR丸亀駅までの予定だったバスの行き先を、JR岡山駅に変更する。当初予定よりは遅れてしまうが、JR岡山駅で新幹線の空席を確保して帰路に就くプランとした。

こうした不可抗力のケースが発生した場合、Jリーグに申請すれば旅費規程に基づいて部分的に補填される可能性がある。運営担当からその情報を聞いていたことも、即断を後押しした。

この時点で、「現地泊」を選択肢から消した。
名古屋で待機するバスも丸亀まではプラス6時間を要するし、そもそも運転者が1人で厚生労働省の基準を満たさず不可能。これも選択肢から消した。

サポーターと歓喜を分かち合う選手たち。この時点では通常通り、1時間後のバス出発予定だった(©︎松本山雅FC)

そもそも、クールダウンはしっかりと行った方がコンディション管理の上では間違いなく好ましい。試合終了1時間後の18:00スタジアム出発とし、「通常通り」の進行とした。

試合終了間際の17:01。実際に報道陣のもとにも、広報担当から「いろいろあり、試合後はやはり通常の対応となります」という一報が舞い込んでいた。

監督会見中に発覚した“最新情報”
即断して最後はスプリントで解決

しかし、ここでまた状況が変わる。

17:13、霜田監督の記者会見がスタート。ちょうどそのタイミングで白木主務のもとには、旅行代理店の担当者から最新の空席照会結果が寄せられた。それによると、

「19:20岡山駅発ののぞみ56号はまだ空席があるが、それ以降の新幹線はほとんど空席がない」

試合中に大きく状況が変わっていた。

20時台はほぼ「×」。21時以降から少人数ずつ乗せたとして、30人弱がJR名古屋駅にそろってバスが出発するまでには相当の時間を要する。松本に帰るのはおそらく、27:00〜28:00となるだろう。

ここで瞬時に、再び判断を変えた。

「17:35に出るぞ!」

質問に答える霜田監督。その裏側では慌ただしく事態が動いていた(©︎松本山雅FC)

いつ終わるかわからない監督会見の終了を待って報告・判断しては間に合わない。そもそも試合前や試合中の監督に、帰路の判断リソースを費やさせるのも心苦しい。中断中にいったん現状報告はしてあり、それ以外は試合後にまとめて伝える心算で進めていた。

そうして独自に判断を下せるだけの経験が白木主務にあったのも大きいだろう。大卒後の2012年から現場一筋。移動手段の手配、臨機応変な対応などはお手のものだった。

“鶴の一声”で、選手たちもダウンを切り上げて片付けをヘルプ。普段から試合終了後は若手ベテラン問わず撤収作業を手伝っているが、この日は全員がギアを上げてシャワーや着替え、撤収を進めた。

「みんな『マジかよ!?』とか言いながらも協力してくれた。選手のスパイクの靴ひもを取るのを手伝ってくれた選手もいたし、洗濯物もものすごいスピードで片付けることができた」

Zoom取材に対応する安藤翼。後ろでは宮部大己が手を振るが…

取材は「やっぱりZoomで」となり、選手のコメントはコロナ禍のように画面越しだった。2得点の安藤翼と加入後初ゴールの中村仁郎をバスの中でリモート取材とし、それ以外の公式コメント分は帯同する広報担当が収録した。

この時点で、新幹線のチケットを確保できていたわけではない。そもそも、JR岡山駅に何時に着くかは道路状況次第。瀬戸大橋を渡る70km弱のルートは、バスなら空いていても1時間20分ほどかかる。

このシチュエーションで19:20発の切符を人数分追加購入するのはリスクが高い、と判断した。

「何時に(JR岡山駅に)着くかもわからない状況だった。みどりの窓口で手続きをした方が早いし、窓口で並ぶことも見越してスタジアム出発時間を設定した」

そして18:50ごろJR岡山駅に到着し、窓口までスプリントをかけた。おそらくは前田大然クラスのスピードだったはずだ。

「できる手段は全部講じる」姿勢
周囲の協力もあり難局を乗り切る

幸いにして人数分のチケット確保に成功。もちろん空いている席はバラバラだったが、それは致し方ない。19:20のデッドラインに間に合わなければ、一気に帰着が27:00ごろまでずれ込む可能性が高かった。

23日に組んでいた松本大との練習試合は中止の申し入れをせざるを得なかった。松本大は9月28日に北信越大学リーグが2カ月ぶりに再開するため、“ここ一番”のタイミングで組んでいた練習試合だった。「本当に申し訳なかった」と白木主務は話す。

「できることを全部やって、それでも無理だったら『しょうがないです』と言うしかない。でもその前に、できる手段を全部講じるのが大前提」

「いろんな人に助けられて、結果的に運よく帰れた。(旅行代理店の)アルピコトラベルさんは休日なのに出てくれたし、選手も手伝ってくれたし監督も決断してくれた。(広報の稲福)駿には何度も『無理です!』と言われたけど、こっちも無理だった」

表面上は「当たり前」に帰ってきたように見えるが、水面下では二転三転しながら、4-1の白星を手土産に松本へ帰ってきた。オフを挟んで25日から通常通りのトレーニング。こうしたバックヤードの奮闘にもアシストされながら、シーズン残り9試合を戦っていく。

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