無印から這い上がった安藤翼 悲願まで“あとひとつ”の最終章へ

乾坤一擲の大勝負をかける時が来た。2014年12月7日、J2昇格プレーオフ決勝・カターレ富山戦。松本山雅FCにとっては、街の未来を背負って臨む一戦だ。難攻不落のアウェイに挑むチームの中で、今回は一人のストライカーをピックアップ。チームで唯一、リーグ戦全試合に出場したFW安藤翼だ。加入1年目の28歳。苦楽を味わいながら積み重ねてきたものは――。

文:大枝 令

たとえ持ち味は出せずとも
愚直に身体を張り続けた38試合

雨の日も、風の日も。
笑顔でアルプス一万尺を踊った日も、
苛烈なブーイングが降り注いだ日も。

安藤翼は、いつも必ずその場にいた。

©︎松本山雅FC

リーグ戦の全試合に出場し、6得点4アシスト。出場時間は2,305分と、SC相模原に在籍した昨季より倍以上に増えた。ケガもせず病気もせず、ゲーム戦術がどうであれ、ピッチに立ち続けた。それだけでプロ選手としては一つの財産だろう。

ただし、その分だけ苦悩も多かった。「全試合出たものの、悔しい時期が自分の中ではあった」と明かす。

©︎松本山雅FC

一つは、先発出場を続けながら結果を出せなかった前半戦だ。4-2-3-1の右サイドハーフとして起用されていたが、持ち味を出し切れずゴール数も増えない。チームの勝ち点も伸び悩んだ。

「試合には出られているけどチームに貢献できていない感覚は正直あった。『もっと何かできるんじゃないか、自分の怖さはこれじゃない』と思いながら、『でもチームのためにやるしかない』と思っていた」

©︎松本山雅FC

PROFILE
安藤 翼(あんどう・つばさ)1996年5月12日生まれ、大分県出身。小学1年生の頃からサッカーを始める。故・小嶺忠敏監督に誘われて長崎総科大附高へ進学。背番号10をつけてキャプテンを務めた。さらに駒澤大からJFLホンダロックSC(当時)に加入。そこからヴァンラーレ八戸、SC相模原を経て今季松本山雅FCに加入した。屈強な身体を生かしたプレーとドリブル、シュートが得意。父は2級審判、弟はJ2水戸ホーリーホックの安藤瑞季。170cm、67kg。

実際、前半戦のゴールはわずか1。第5節いわてグルージャ盛岡戦で決めた一撃だけだった。そしてシーズン後半戦に入ると、ベンチに回るケースが増加。途中加入のMF中村仁郎が華々しくプレーする陰で、その後塵を拝してもいた。

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終盤戦の布陣変更を境に輝き放つ
“駒大出身1トップ”の本領を発揮

しかし終盤戦、水を得た魚のように躍動を始めた。

5連勝の起点となった第34節・Y.S.C.C.横浜戦から、3-4-2-1の1トップで先発。開始早々の裏抜けでPKと相手DFの一発退場を誘発した。

©︎松本山雅FC

第36節岩手戦では後半に鮮やかなミドルを突き刺すと、続く第37節FC琉球戦でも先制点。カウンターの先陣を切って、MF村越凱光へアシストも記録した。

終盤戦2試合のゴールは、相手守備からすれば理不尽な一撃。琉球戦の得点はゴールキックの競り合いに勝って前を向き、角度のないエリアから強引に射抜いた形。「身体の強さ」と「シュート力」という、持ち味が存分に生きるプレーだった。

©︎松本山雅FC

たとえ得点には絡まずとも、その存在は唯一無二。今季は前線に大柄なポストプレーヤーがいない編成となっており、170cmと小柄ながら屈強な安藤は前線の起点として大きな役割を果たす。

鍛えられた下半身を踏ん張ってゴリゴリと押し込んだり、倒れずに時間を作ったり。時には迫力を持ってゴール前に飛び込んでいく。その姿は、かつて松本山雅のJ1昇格時に1トップを張った山本大貴と高崎寛之、あるいは三島康平、棗佑喜など“駒大出身1トップ”の系譜に連なる。

泥くさく歩んできたプロキャリア
最終決戦はサポーターと“ともに”

決して華があるタイプではない。
それでも泥くさく日々を積み重ね、キャリアの階段を上ってきた。

©︎松本山雅FC

駒大4年時はケガに苦しみ、卒業後はJFLのホンダロックSC(現ミネベアミツミFC)へ。8時〜17時の勤務が終わった後にトレーニングしていた。「キツい日々だったけど、もっと上でやりたいという思いが芽生えてきた。追い込まれて厳しい環境に身を置いて成長できたと思う」と振り返る。

©︎松本山雅FC

16ゴールを挙げて翌年はJ3ヴァンラーレ八戸へ。Jリーグ歴代最多820試合の金字塔を打ち立てた石﨑信弘監督に師事した。「プロ契約だったけど、仕事をしながらだった。それでもJリーグでプレーできる機会を与えられたので、ここで点を取れば絶対に上に行けると思っていた」

そして相模原での3シーズンを経て今季加入。全試合に出場して自然と、松本山雅のなんたるか――が、血肉に溶けてきた。

「サポーターはピッチに立てない。苦しい試合が多かったけど、それでも諦めず、アウェイでもホームで雰囲気を作ってくれた。応援してくれる人がいた」

©︎松本山雅FC

例えば古巣のギオンスタジアムに凱旋した第18節相模原戦、2-0からの大逆転負けという屈辱を味わった。信州ダービーを前に連勝が途切れただけでなく、気勢が削がれる負け方。それでも約2,000人が集ったアウェイ側からは試合後、すぐさま万雷のコールとクラップが轟いた。

「どうしても、この人たちのために勝ちたい」

試合を重ねるごとに、そうした思いが強くなるのは当然の成り行きだった。そしてJ2プレーオフ準決勝・福島ユナイテッドFC戦を経験し、その考えはさらなる地平に至った。

©︎松本山雅FC

声援がスタジアムを絶対空間に変え、背中を押され、脚が動き、結果につながった一戦。その感覚をピッチで初めて体感したのだ。

「力の大きさをピッチで感じて、それが本当に結果として表れた。12番目の選手の偉大さ、本当に選手を後押ししてくれることを知った」

©︎松本山雅FC

そこは「主体」と「客体」の区別さえ不要な空間。ただ勝利を願う、巨大な緑色の熱狂があるだけだった。あとはその絶大な力とともに、スコアで上回るのが最終ミッションとなる。

「勝てていない時期から、それでも昇格を目指して一緒に戦ってくれる人が本当に多かった。その熱はファンサービスひとつからも伝わってきていた。後押しはこれだけもらっているので、もう何も恐れることはない」

©︎松本山雅FC

2024年12月7日。
おそらくスタンドとピッチは距離も気温も関係なく、一つになるだろう。そして安藤翼は苦楽を味わった仲間とともに、“あとひとつ”の勝利をつかむ。


クラブ公式サイト
https://www.yamaga-fc.com/
Jリーグ公式サイト選手紹介 安藤翼
https://www.jleague.jp/player/1619673/#attack


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