小澤修一社長に直撃① 「本当にJ2、目指していますか?」

J3で3年目を迎え、残り9試合で8位。松本山雅FCは今季も苦闘が続いている。4月24日には小澤修一氏が代表取締役に就任。地域リーグ時代から在籍した元選手であり、コミュニケーションを大切にするタイプでもある。ではこの機会に、くすぶっているさまざまな声を拾い上げて率直にぶつけてはどうだろうか――。オブラートをはがして対峙した。

取材・構成:大枝 令

・就任直後にサンプロ アルウィンで挨拶しなかったのはなぜ?

――社長就任後、スタジアムなどサポーターの前で挨拶をしていません。折に触れて取りざたされていますが、どんな理由があるのでしょうか?

まずは、このクラブの成り立ちを考えた結果でした。2005年から山雅にさまざまな立場で関わり続けてきて、もちろん「こうしていきたい」「こうあるべき」というクラブの理想像は持っています。

ただその一方で、みんなで作ってきたクラブだからこそ、いろいろな人の意見を聞きながら方向性を固めていきたいと考えていました。

「みんなで作ってきたクラブの歴史を、さらに積み上げていく」という考え方が前提。その中で実際に就任してからさまざまな方とコミュニケーションを取ってきましたが、皆さん考え方も山雅に求めているものも違います。

そうした中で、「自分の言葉が山雅の言葉」になっていいのか――。我がもの顔で「これからの山雅はこうしていきます」と宣言するのには違和感がありました。

立場が変わって見える景色もまた変わってきた今は、自分の中で少しずつ「これが山雅っぽいのかな」という価値観が固まりつつはあります。ただ、それが正解かどうかも正直、人によって答えは違うのかもしれません。

――皆さんの考えに耳を傾けて集約してそれを代表して発信する、ということであれば、成り立つのかもしれません。

そうなるかもしれません。ただ就任直後のスタジアムで、マイクの前で話せることはたかが知れていました。

その時点では、就任時の記者会見で話したことが全て。おそらくその数分間に自分の松本山雅に対する思いやみんなで決めていきたいと思っていることなど、さまざまな要素を集約するのは非常に難しい。

「お気持ち」だけでいいのなら…という考えも成り立ちますが、その時に必要なものは、「これからどうしていこうか」という将来に向けた具体的な手段。就任当時はまだ確信を持てていないと思った段階で、話すべきではないと感じている部分もありました。

とはいえ非常に多くの方に聞かれることでもあります。それであればご納得いただくためにも、その時点での考えや思いを話しておいた方がよかったのかなとも感じてはいます。

その当時と今の自分だと、クラブに対する捉え方が変わってきている部分はありますし、社内外で議論を交わしながら少しずつ方向性を固めています。

それがある程度まとまった段階で、どこかできちんとお伝えしたいと思っています。その手段としてスタジアムで挨拶をするのが適切なのであれば、それは迷いなくそうします。

――リーダーシップを取って力強く決断していく社長像は、松本山雅の成り立ちや経緯を考えた時にあまりふさわしくないと感じた、ということでしょうか?

それもあります。クラブが永続的に続いていくことを考えた時に、社長があまり前に出すぎない方がいいと考えています。

最終的にはフットボールの戦績とそこに対する責任を求められる立場ですし、チームが強くなるために自分にできることがあれば全てやりきりたいと思っています。

実際に今治戦のあとには選手にミーティングの時間を少しもらって、クラブの置かれている状況や、「何としても今年昇格したい」という思いを伝えさせてもらいました。

ただ、実際にこの仕事はフットボールの現場に対して関与できる領域がそんなに多くないのも実情です。任命責任はもちろんあるし最終的に決定するのは自分ですが、自分がオーガナイズするわけではないし、メンバー編成するのも自分ではありません。そこは監督やスポーツダイレクターの領域を尊重しなければ組織として崩壊してしまうと思います。

本来であれば、フットボールの戦績以外の領域にもフォーカスしてもらいたいという思いはあるのですが、それは結果を出してから発信してこそ説得力を帯びます。

就任したタイミングでは、実際に記者会見でも言ったように「上を目指す組織にする」ということを強調したいと思いましたし、みんなの力で強いチームをつくっていきたいと考えています。

――その一方で、決断力のあるリーダーが牽引することで一体感が生まれたり、希望が出てくるケースも考えられます。低迷が続く今は、むしろそうしたリーダーが求められているという考えも成り立ちます。

リーダーにはさまざまなタイプがあります。その中で自分のパーソナリティも含めて考えた時、間違いなく、人前に出てガンガン発信して「ついてこい」というタイプではありません。

最初はそれも含めて自分に社長の適性はないと思っていたのですが、こういう状況になって腹をくくって「やる」と決めた時にイメージしたのは、「みんなで頑張ろうぜ」というタイプでした。

組織の段階によって求められるリーダー像が変わる部分もあります。初期は、例えばソリさん(反町康治・元監督)のようなカリスマ的存在が絶対に必要だったと思います。

会社組織ではなくチームと考えれば監督はそういうタイプが必要だとも思います。ただ「会社組織」として考えた時、自分がここで前に出て同じ方向を向かせて、無理やり頑張って、何か少し成果が出たとします。

でも成績が悪くなってクビになって、違う人が社長になって同じようにやっても、繰り返しになってしまうのではないか――という危惧もあります。

決して責任から逃げるわけではありません。ただ「みんなで考えて、みんなでやろう」という方が、自分の中でのリーダー像としてはしっくりきました。

――神田文之・前社長も終盤は「オーナーシップ」という言葉を使っていました。クラブを支える人が自分ごととして能動的に関わるスタンスは確かに、「らしさ」を説明する特徴的なファクターでしょう。一方で、拡大したコミュニティを構成する全員にそれを求めるのは難しいとも思います。

温度感はすごく難しいものがあります。でも、ここから先にもう一歩ステップアップするために、「みんなが責任を持ってクラブに関わる必要がある」という話をしています。

松本山雅の強みは、みんなが自分事として捉えていることだと思っていますが、実際にそれが少し薄れてきていると感じてもいます。

私たちが発信したことに対して「いいね!それ一緒にやろうよ!」というよりは、「もっとこうしない?ああしない?」という提案をみんなにしてもらって、より良いものを作っていく。その方が山雅らしいと思っています。

――能動的な方々がまず存在して、その思いを代理的に執行するのが松本山雅というクラブである…という考え方なのだと思います。一方でそれは、「クラブが何も決断しない」「何も発信しない」と見られることと背中合わせです。

そう思われる人がいるかもしれません。ただ私は、「自分がこうやりたい」と思ったことを失敗するのであれば、みんなで考えたことを一生懸命やって失敗する方がいい。決断する立場なので、どちらにしても失敗したら自分が責任を取りますが、山雅はそうあるべきだと思っています。

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・成績が低迷していても、それ以外の領域に力を注ぐのはなぜ?

――何をもって成功なのか、何をもって失敗なのか。その定義はどのように考えていますか?

松本山雅はサッカークラブなので、8割以上はトップチームの成績だろうと思います。ただ、サッカーで強くなるには、サッカー以外の領域を頑張らなければ難しいと思ってもいます。

いろいろな活動を展開して支援する輪が広がれば、絶対にチームは強くなると思っています。現状でなかなか強くできていないということはおそらく、「サッカー以外の領域の力」を「サッカーの強さ」に転換するグリップが弱い。自分はそのグリップをしっかりやりたいと考えています。

実際に「強くする」と言っても、まず会社である以上は資本が必要。松本山雅がJ1に行った当時と今では、Jリーグ自体をめぐる状況がまったく変わっています。

今までやってきた手法と強度で一生懸命に続けたとしても、なかなか上に行ける状況ではありません。頑張ってJ2ならいいかもしれないけれど、J2からJ1に行くのは難しい。これは事業展開やホームタウン活動、営業など、サッカー以外の領域の話をしています。サッカーで右肩上がりだった時期のスタイルを否定しているわけでは全くありません。

いずれにしてもそうした状況の中で、今はサッカー以外の領域にもしっかりトライできる組織にしないと置いていかれてしまうと思っています。

――サッカー以外の領域で力をつける…という考え方の中で、2017年にオープンした喫茶山雅もしばしば議論の的になっています。「その金があるならチームに回すべき」という意見も根強くくすぶります。

サッカークラブの収入や内訳を見てもらえればと思います。何が一番大きいかというと広告料収入で、クラブの収入全体の半分を占めます。なぜ広告料収入があるのかというと、スタジアムにたくさん人がいて、そこに価値があるから広告を出す――というのがメインです。

でも実際にはそれと同じくらい、関係をすることで広がってきたスポンサーシップがあります。

いま喫茶山雅が例に挙がったので分かりやすく言うと、喫茶山雅を作る際に縁ができて、オフィシャルスポンサーになってくださった企業が何社もあります。この際なので数字も出しますが、年間1000万円以上が7〜8年続いています。

要するに、喫茶山雅の事業を通じてクラブに7〜8000万円の収入がありました。このように支援の輪は事業をやることで広がっていきます。サッカーだけをやっていたら、サッカーの世界の周辺にしか波及しない。ですから、もう少し多角的な観点で判断してもらえればありがたいです。

それ以外にも喫茶山雅関連で言うと、トップチームの食事提供も事業の中からできるようになりました。このように、農業もホームタウン活動も全部一緒で、必ず「副産物」があります。

そもそも、「それらを全部止めてサッカーだけに集中的に資本を投下しなさい」と言われても、実際には本当に大した規模の額にはなりません。サッカーに振り向けている資本の方がはるかに多いです。

・「昇格」「優勝」と目標を公言しないのはなぜ?

――しかしながらトップチームは「過渡期」と呼ぶにはいささか長すぎる苦境が続いています。思いの行き場がなくなって去る方々も大勢いました。そうした中で所信表明などで「J2に昇格する」と明言していません。これも何か理由があるのでしょうか。

J2を目指すのは当たり前です。根本です。「目の前の試合に絶対に勝ちたい」「負けたくない」というのはスポーツのベースです。私だって負けたらものすごく悔しいです。絶対に勝ってほしいし昇格したいです。

ただ、当たり前のことをさも得意げに言うことよりも、「その先に何を目指すのか」という話が今は大事だと考えています。確かに明確には発信していませんでした。

言われていることは理解していますし、「戦績が一番最初に来る」という感覚をお持ちの方もたくさんいると思います。捉え方によって誤解が生じかねないのですが、僕は「手段」と「目的」を整理したいと考えています。

自分たちがこの活動を始めた目的はなんだろうか、サッカーがある意味はなんだろうか。

そう考えた時に「スポーツは人々の生活を豊かにするもの」だと考えています。地域の人たちと夢や希望や感動を共有するのが僕らの目的です。

そのためには、松本山雅は昇格しなければいけない。

でもそれは手段であって、目的ではない。勝てる時期と勝てない時期は間違いなく存在するし、長いスパンで見るとまたJ1にチャレンジできる時が絶対に来ます。

その手段と目的の順番だけは間違えてはいけないと考えています。でも目的を達成するためには、絶対に昇格が必要です。

ここは強調しておきたいのですが、「J3にずっといて、満員ならいいや」とは全く思っていません。それはそれで素晴らしいことではあるでしょうが、そこで満足はしません。結局は勝つことが重要であり、そのためにみんなで頑張っているところです。

<続く>


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