髙木理己監督が残した遺産 “千尋の谷”から駆け上がるために
クラブワースト記録の18位。目標としていたJ2昇格には程遠く、ギリギリまでJ3の残留争いに巻き込まれた。14試合未勝利のままシーズンを終え、最後まで暗いトンネルを抜け出せなかった。誰がどう見ても、苦難のシーズンだったと言えるだろう。その中から光を当てるべきものは何か――。来季以降につながる希望のかけらを探り出していく。
文:田中 紘夢
噛み合わずとも壊れなかった歯車
ベテラン勢が集団をつなぎ止める
「選手たちはいかなる状況だったとしても、一日も手を抜くことなく、素晴らしい練習を見せてくれた」
2024年11月24日。ホームでの最終節を終えた後、髙木理己監督はセレモニーでそう力説した。
昨夏の途中就任から2年目。攻守ともにアグレッシブなスタイルは普遍で、それを独自用語とともに色濃くしてきた。その中身については過去の記事でも触れたため、ここでは割愛する。要点を絞れば、明確な世界観のもとに日々を過ごし、トレーニングの強度や雰囲気が保たれてきたのは間違いない。
1次キャンプで行われた練習試合では、J3を5位で終えた福島ユナイテッドFCに45分×3本で計9-4と圧勝。「このスタイルをどんどん成熟させれば、上に行けるという自信はみんなにあった」。加入1年目の安藤一哉は振り返る。
リーグ戦が開幕しても、第13節終了時点でJ2昇格プレーオフ圏内の4位。目標に十分手の届く距離にあった。ルヴァンカップでも格上のJ2徳島ヴォルティスやJ1京都サンガF.C.を破るなど、爆発力はあった。「ハマればすごく面白いし、良いサッカーができる」と安藤。誰もが同じ感覚を得られたはずだ。
しかし、スタイルの浸透が早ければ、相手の対策も早まる。後半戦にかけて勢いが打ち消され、残留争いまで転落。それでも立ち返るべき場所はあったものの、攻守において詰めの甘さが散見される。プレーの精度不足だけでなく、メンタル的な弱さも出てきた。
「チームは生き物。うまくいかないときに全部監督に頼るんじゃなくて、一人一人が自立するところが甘かった」と安藤。大枠は崩れずとも、ほんの少し歯車が噛み合わない。内容でまさる試合も多かったが、あと一歩のところで勝ち切れない。気づけば14試合未勝利と、クラブワースト記録を更新し続けた。
とあるベテランの口からは、「このチームは若い選手が多い。結果が出ていない中でそれぞれがいろんな感情を抱いて、それが悪い意味で出過ぎていたと思う」との声も聞かれた。結果が出なかったり、メンバーが固定化されたりする中で、チームとしてベクトルをそろえ切れない時期もあったようだ。
それでも砂森和也、加藤弘堅らベテランが軸となり、トレーニングの強度や雰囲気が保たれてきたのは事実。シーズンを通して崩れずに戦い続けてきたが、それが結果に反映されない。自分たちを“肯定”するためにも、より多くの勝利が必要だった。
最終節を終えた翌日、髙木監督の退任が発表された。
過去にもガイナーレ鳥取とFC今治で共闘した安藤にとっては、これで3度目の別れ。38試合中19試合の出場に留まった中で、愛弟子として思いを口にする。
「『理己さんのために』というところはあったけど、出場機会がないことに不満もなくはなかった。それも含めて『使いたい』と思わせられなかったし、使ってもらったときに結果を出せなかった。ただ、僕は理己さんのスタイルを信じてついてきたし、理己さんのもとでやれてよかった」
大卒ルーキーに見出せる希望の光
苦節の1年を未来に繋げられるか
J3に参入して11年目。過去最低の18位に終わり、不本意なシーズンであったことは紛れもない事実だが、希望の光がなかったわけでもない。髙木監督は最終節の記者会見で、最後にこう言葉を残した。
「(第24節)宮崎戦以降は勝っていないけれど、勝てなかったとしても選手たちは本当に崩れなかった。この順位だったとしても、彼らが続けてくれた姿勢は本当に素晴らしかった。それに唯一報いるのは勝利だったけれど、勝利を届けてあげられなかったこと。その方策を授けてあげられなかったことは、すごく申し訳ない」
「ただ、目標に対して取り組み続けた姿勢は、どこに行っても失ってほしくない。それを今度は勝つための準備として、より一個ギアを上げて取り組んでいくべき。だけど、それは続けられたからこそ、次に考えていけるステップだと思う。彼らはそのステップを踏み外していない」
その姿勢は、クラブとしての未来にも繋がった。
シーズン終了後の12月2日、クラブは大卒2人の加入内定を発表。中央大のFW加納大(静岡学園高出身)、東京国際大のMF吉田桂介(大宮U-18出身)と、いずれも関東大学リーグの上位でプレーする選手だ。うち1人はJ3の複数クラブに練習参加した中で、長野の雰囲気に魅了されて加入を決めたという。
獲得に携わった旗手真也・強化担当は「2人は(練習参加)初日で即決するくらいのパフォーマンスをしていた。練習の中でも核となってプレーしていて、必要な戦力になると感じた」と明かす。今後は新たな大卒選手も加わる予定で、スカウトが順調に進む。
彼らのパフォーマンスが引き出されたのも、トレーニングの強度や雰囲気が保たれていたからこそ。髙木監督も結果は得られなかったが、その部分には手応えを感じていた。
「ああいうレベルの選手たちが『長野でやりたい』と思える空間があったんだと思う。『どうだった?』と聞いたときにも『楽しかった』と言ってくれた。結果は結果として検証してもらいながらも、崩していけないものは崩してはいけない。その両輪を見つめて前に進んでいくことが大事だし、しっかり前に進めていると思う」
来季は監督が代わり、強化部長も代わり、現場が一新される。それでも髙木監督の常套句を借りれば、「できたことはできたこと」「できなかったことはできなかったこと」として、苦難の1年を未来に繋げられるかどうかだ。
無駄な汗など一滴たりともない。
ここから千尋の谷を駆け上がる。