「雨降って絆強まる」再開試合 新人の運営担当が伝えたい“感謝”

雷雨中止となったJ3第25節・AC長野パルセイロ-大宮アルディージャ。バス会社やサポーター有志の助け合いに端を発する「オレンジの絆」が話題となった。一方、運営側ではどのような判断があったのか。トップチーム運営担当・荒木亮輔さんの視点から振り返りながら、9月11日に行われる再開試合への思いを語ってもらう。

文:田中 紘夢

焦り、不安、動揺…
周囲の支えに感謝しきり

「どうすればいいのか…」

AC長野の運営担当・荒木亮輔さんは緊迫感に包まれていた。大卒1年目。8月からトップチームの運営担当に就いたばかりだった。

クラブは大宮戦を一つのターゲットとしていた。「夏のオレンジ祭 パルセイロ史上最高に熱い夏」と銘打ち、集客を見込んで篠ノ井駅と長野Uスタジアムを結ぶシャトルバスを増便。また、夕方のゲリラ雷雨が連日続いていたこともあり、天候悪化に備えて復路の運行を1時間延長できるように手配していた。

しかし、雷雨によって不測の事態が起こった。篠ノ井駅-長野駅を結ぶJR篠ノ井線、しなの鉄道ともに運転を見合わせた。

Jリーグ規約第51条[Jクラブの責任]によると、「試合の前後および試合中において、Jクラブ関係者、観客その他ホームスタジアムに存在するすべての者の安全を確保する義務」は明記されているものの、スタジアム外の移動手段確保は適用範囲に入っていない。

だからと言って、看過ごすわけにいかない事態であることも確かだった。そこでまずはスタジアムと篠ノ井駅を結ぶシャトルバスに加え、長野駅に向かうシャトルバスを運行できないか検討。だが長野のシャトルバスは「路線バスの増便扱い」であり、「行き先を変更することはできなかった」。

次の手段は選手が乗車するラッピングバスの流用だ。運行する株式会社アリーナに依頼を出すかどうかを検討する。しかし仮に実現したとしても、篠ノ井駅にどれだけの人数のサポーターが立ち往生しているのか当時は不明瞭であり、全ての人を1台で長野駅まで送り届けるのは至難ではないか――。

©️2008 PARCEIRO

篠ノ井駅-長野駅間をバスで往復すると1時間前後はかかる。全員のピストン輸送が完了する前に、北陸新幹線上りの最終22時11分発・かがやき518号は発車してしまう。

「中途半端に動いて、逆に置き去りになってしまう人がいるのは避けたい」

新幹線の終電が刻一刻と迫る中、現場では緊迫感が漂う。それは見応えのあった試合の緊迫感とは対照的なものだった。焦り、不安、動揺。マイナスの感情に支配されそうになったという。

しかし、そのタイミングで思わぬ情報が届く。依頼を断念した選手バスが篠ノ井駅に向かい、サポーターを長野駅に送り届けているというのだ。選手バスを運行している株式会社アリーナには、列車運休の可能性がある段階でJR東日本から代替輸送の要請があった。

アリーナは折よく選手バスに加えて須坂市役所からの応援バスツアーも実施しており、計3台が稼働中。それらが用を済ませたのち、篠ノ井駅に向かった。

それだけではない。

長野のサポーター有志もインターネット上で事情を知り、篠ノ井駅まで駆けつけた。大宮サポーターを車に乗せ、北陸新幹線が待つ長野駅へ。終電に間に合った人もいれば、夜行バスに切り替えた人もいる。さらには特急車両とバスを寝所として貸し出し、そこで一夜を過ごす人もいた。

「僕としては、何もできなかったな…と感じたのが正直なところ。でも、JRさんやアリーナさんがなんとかお客さんを輸送しようと動いて、サポーターさんも手を差し伸べてくれた。本当に感謝しかない」

荒木さんはそう振り返る。

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J参入11年目で初の中断→中止
着任1カ月弱で直面した困難

試合当日は朝から逐一、天候情報を確認していた。ゲート開門の時間帯に雷雨が予想されていたため、開門時間を早めたり場外イベントの中止なども検討。また、ウォーミングアップや試合中に雷雨が発生した場合の対応策も準備していた。

しかし何とか天気は持ち、タイムスケジュール通りに進行していく。

大宮サポーターは約1,400人。今季ホームゲーム最多の6,430人が訪れた。スタンドの四方がオレンジに染まる。試合も緊迫感ある好ゲーム。長野が押し気味に進めたが、“水”を差すように雨足が強まる。後半中盤の飲水タイムが明けた頃には視界を遮られるほど大粒の雨。ピッチ上には水溜りも浮かび、1回、2回と稲妻が走る。

©️2008 PARCEIRO

そして79分の時点で中断となる。

荒木さんはインカムを通して各所のスタッフと連携。観客をコンコースに避難させたが、雷雨の影響や応援合戦が始まったこともあり、アナウンスが通りづらい状況だった。次々に各所のスタッフから届く報告や相談には、周囲のベテランの助言も得ながら対応。その場に居合わせた複数のクラブスタッフからは後日、冷静さを称える声も聞かれた。

クラブとしては再開を模索したが、しばらく上空は変わらない予報だった。中断から30分後の20時15分に再び協議したものの、雷雲が停滞して再開の見込みが立たない。選手・スタッフ・観客の安全を優先し、20時20分過ぎに0-0のまま中止を決定した。

2019年の台風19号による水害発生で試合前日に中止となったケースはあったが、試合中の中止判断はリーグ参入11年目にして初。首位相手に好ゲームを演じて余韻を残す一方、決着がつかずに余白も残した。

長野サポーターの自主的な送り届けをはじめ、JR東日本やアリーナの計らいがあってこそ乗り切れた難局。後日は“返礼”として、長野のクラウドファウンディングに埼玉県から多くの支援が寄せられた。北陸新幹線で結ばれた「オレンジの絆」は話題を集めた。

自らも秘める「オレンジの志」
清水ユースから大学経て長野へ

渦中で奔走した荒木さん。今年入社したばかりで、7月まではレディースの運営とチケット担当を兼務。8月からトップチームの運営に回るようになった。

そんな荒木さんも実は、オレンジの魂を秘めて長野に来た。

清水エスパルスのユース出身。川本梨誉(ザスパクサツ群馬)らを擁した“ジュニアユース3冠世代”に、地元・熊本のクラブチームから加わった。卒業後は九州に戻り、福岡県の九州産業大へ。高校、大学と全国大会に幾度となく出場し、トップレベルを体感してきた。

清水エスパルスユース時代の荒木さん(本人提供)

プロ選手の道には区切りをつけたが、サッカー界に携わるきっかけを得た。人間科学部スポーツ健康科で、スポーツマネジメントに関するゼミを受講。現在は熊本ヴォルターズ(Bリーグ)やヴォレアス北海道(SVリーグ)の社外取締役を務める福田拓哉氏から、業界のイロハを教わった。

昨年11月、長野にインターン生として参加。レディースチームの運営に携わると、長野Uスタジアムの雰囲気に感銘を受け、男女のプロチームが共存することにも魅力を覚えたという。

クラブの予算は潤沢とは言えず、スタッフの配置人数も最小限。人員を配置する際には「ここはどうしようか」と頭を悩ませることも多いという。前任者からの引き継ぎはあるにせよ、誰かの下について動くわけではない。新任・新卒ながら裁量を委ねられており、責任は重大だ。

11日に11分+αの再開試合
伝えたい“感謝”の思い

サッカーの面白さを伝えたい――。

そんな思いを原動力とする荒木さんにとって、今回の出来事は運営担当の難しさや対応力などを大きな教訓とした半面、やりがいを覚える瞬間でもあった。

長野と大宮。試合中は対戦相手であっても、サッカーを愛するファミリーであることに変わりはない。不測の事態に陥れば、見返りを求めることなく手を差し伸べる。

「サッカーというスポーツを通して、人と人との関わりが生まれた瞬間だった」
「選手から裏方に立場が変わっても、サッカーの面白さを伝えることには変わらない。これからもサッカーを通して、クラブを通して地域に貢献していきたい」

再開試合は9月11日、19時キックオフ。中止が決定した79分から、そのまま0-0のスコアで始まる。コスト削減のため出店やイベントは行わず、入場も無料だ。当日はアリーナの協力で、長野駅から予約制無料シャトルバスも運行される。

長野からすれば「勝負を決める11分」であると同時に、「大宮に感謝を伝える11分」でもあるだろう。互いに譲れぬ“橙魂”をぶつけ合った先にどんな結末があろうと、試合後には互いの健闘を称え合えるのではないだろうか。

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