“ジャックナイフ”藤森亮志 守備を改善して捲土重来へ
AC長野パルセイロのMF藤森亮志。諏訪市出身の27歳は三田尚希、小西陽向と並んで、チーム5年目の最古参だ。ここまでメンバーから外れる時間も長かったが、仲間の活躍を指をくわえて見ていたわけではない。来たるチャンスに向けて、その刃を研ぎ澄ませてきた。チームがJ3で16位と低迷する今、サイドを切り裂く“ジャックナイフ”の真価を発揮しようとしている。
文:田中 紘夢
明確だった弱点は「守備」
思い返される2つの試合
「目に見えた序列を感じていた」
立正大学からプロ入りして5年目だが、レギュラーをつかんだシーズンは一度もない。それは今季も同じで、キャンプから定位置の確保に苦しんでいた。
パンチのある左足、サイドを駆け抜けるスピードと突破力、そしてロングスロー。多彩な武器を持ち合わせている上、右サイドでも左サイドでも遜色なくプレーできる。気持ちを前面に押し出せる選手であり、ひとたびボールを持てば「何かが起こる」という期待も大きい。
それなのになぜ、確固たる地位を築けないのか――。
その一因として、致命的な課題があった。
守備だ。
例えば、2022年の第21節ヴァンラーレ八戸戦。チームは前半を1-0とリードして折り返した。しかし後半開始早々、藤森が担っていた右サイドを破られて失点する。左サイドハーフのドリブラー野瀬龍世に対して藤森がアプローチしたが、一発で入れ替わられてしまう。味方がカバーしようと試みたものの、相手のクロスに対してペナルティエリア内でハンドを犯し、PKを決められた。
「前半は1対1のところで特にやられたシーンはなかったけど、後半の1本目でやられてしまった」。これで相手に流れを持っていかれると、後半だけで3失点し、1-3と逆転負け。藤森は63分に交代する際、うつむき加減でピッチを後にした。
さらに、昨季の第8節福島ユナイテッドFC戦。今度は前半を2-0とリードして折り返した。この試合で藤森はベンチスタートとなったが、3連戦の初戦ということもあり、先発メンバーの疲労も考慮してハーフタイムに投入される。
そして後半、流れが一変した。開始早々に右サイドで攻撃参加したものの、カウンターで空いたスペースを突かれて失点。8分後には守備陣形をセットした状態から、背後を田中康介(現長野)に抜け出される。クロスを中央で押し込まれ、逆転を許した。
後半序盤の12分間で3ゴールを許し、まさかの大逆転負け。試合後にミックスゾーンを通る藤森の表情は、この上ない悲壮感に包まれていた。
苦い経験があったからこそ
守備の原理原則を徹底
「あの時はどうしようかと」――。
福島戦後はメンバー外が続き、練習でのパフォーマンスも低下。「負けてブルーな気持ちになってしまった部分はあった」と当時を振り返る。
それでも、やり続けるしかない。
今季は就任2年目を迎えた髙木理己監督のもと、守備の原理原則を徹底。サイドでの1対1のシチュエーションにおいて、いかにカットインやクロスに対応するか。まずは相手との距離を縮めることを意識し、練習から「この距離はもう少し詰められたな」と試行錯誤を繰り返している。
その裏返しとして、背後を取られるリスクもある。八戸戦のように一発で飛び込んでしまえば、相手の思うツボだ。「頭の中にはそういう映像が残っているし、『ここはやられるぞ』とフラッシュバックのようなことも起きる。やられるのはよくないけど、良い経験にはなった」。苦い経験があったからこそ、守備の意識と技術が高まりつつある。
とはいえ、藤森の特長はあくまで攻撃だ。
「背後を取られるのは嫌だけど、逆に自分の得意なプレーでもある。そこをやられずにやれるかどうか」。今季はウイングバックの位置で上下動が活発化。爆発的なスプリントでボールを呼び込み、パスが出なかったとしても全速力で駆け戻る。福島戦のように攻撃参加し、背後のスペースを空けたとしても、とにかく戻ればいい。「走る」というサッカーの根本を追求し、動き出しに迷いがなくなった。
持ち前の突破力も健在だ。今季2度目の先発となった前節のガイナーレ鳥取戦。退場者を出して1人少ない状況の中、67分には左サイドハーフの位置から右サイドに顔を出す。三田尚希からパスを受けると、立正大の後輩・金浦真樹の股を抜いてカットインしてゴール前へ。最後はペナルティエリア内で引っ張り倒され、笛は鳴らなかったが、あわやPK獲得というシーンまで持ち込んだ。
「足が揃うというのは分かっていて、股が開くだろうと思っていた。その後に潜り込めなかったので、そこが勝負弱さだったと思う」。後輩の特徴を熟知した上で、やや強引に突破。「最後にやり切れなかったところが心残り」と悔やんだものの、「これを機にもう一個ギアが上がる感じはある」。
チームが5試合未勝利と苦境に立たされる中でも、藤森自身は前を向いている。
地元を背負い、家族を背負い
短時間でも結果を追い求める
「練習の成果は出ていると思う」
攻守ともに成長を実感できている中で、あとはそれを自信に変えられるかどうか。そのためには結果が必要だ。
「自分は90分を通して出るというよりも、出た時間で勝負という感じもある。短い時間でも100%以上の力を出せるか。そこで結果を残せば、次はもっと長い時間をもらえると思う。数字の部分は自分の中で求めていきたい」
今季の天皇杯1回戦・猿田興業戦では、79分から出場して投入直後にゴールを決めた。だがリーグ戦に限れば、直近2シーズンは得点がない。プレータイムの少なさもあるとはいえ、短時間でも結果を残さなければ生き残れない世界。それは本人も重々承知している。
ましてや藤森は、地域を背負う存在でもある。諏訪市出身で、諏訪FCと上田西高でプレー。立正大学を経由し、再び地元に戻ってきた。チームの地元出身選手で言えば、長野市出身の小西陽向、千曲市出身の山中麗央、木曽町出身の三田尚希が台頭。藤森もそれに負けじとアピールに精を出している。
「(小西)陽向も(山中)麗央もすごく良いし、サンちゃん(三田)もずっと出続けている。そこと比べるわけではないけど、比べてみたら『全然出ていないな』と思うところはある。少しの時間でも活躍できれば」
昨年7月には入籍を発表し、家族を背負う責任も生まれた。「奥さんが話を聞いてくれて、僕もそれを消化できているところはある。すごく良い関係を築いてくれている」。身近にコミュニケーションが取れる相手がいることは、メンタル面での支えになっているようだ。
リーグ戦は残り9試合。チームは20チーム中16位で、J3・JFL入れ替え戦に回る可能性のある19位とは勝点3差と詰まっている。J2昇格の可能性も残されてはいるものの、JFL(日本フットボールリーグ/4部相当)降格の危機に瀕している状況だ。
藤森が加入した2020年は3位。最終節で敗れて昇格を逃したが、藤森もその瞬間をピッチ上で味わった。あれから4年が経った今、“昇格候補”と胸を張るのは難しい。変遷を辿ってきた藤森は、こう胸中を明かす。
「『昔は強かった』と思われている分、サポーターからしたら『何をやっているんだ』という目にもなってくると思う。自分たちもそこに目を向けないといけないけれど、今は今でしかない。残り9試合は毎試合勝点3が必要になってくるので、少しでもチームの力になれれば」
過去は過去、今は今。それは藤森自身にも当てはまる。これまでは守備が苦手なアタッカーだったが、もう「守備ができない」とは言わせない。得意の攻撃でもダイナミックさを増し、攻守ともにスケールアップを図ってきた。
諸刃の剣ではなく、サイドを切り裂くジャックナイフへと進化を遂げた藤森。鋭利な一刺しで勝利を手繰り寄せ、長野の救世主となれるか。
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