三叉の槍で “BREAK IT”。 SVリーグで「勝てる」チームを

バレーボールの新リーグ「大同生命SV.LEAGUE(SVリーグ)」が10月に開幕する。南箕輪村を本拠地とするVC長野トライデンツもSVライセンスの基準を満たし、国内最高峰の舞台へ。旧V1で下位に苦しみ続けたVC長野は、新リーグをどうサバイブしていくのか。クラブ運営会社・VC長野クリエイトスポーツの大矢芳弘社長に成長戦略を聞いた。

文:松元 麻希/編集:大枝 令

中期目標は「ファイナル6」進出
まずは営業力を強めて足で稼ぐ

南アルプスと中央アルプスに挟まれ、南北に田園風景が広がる伊那谷。JR飯田線の東側に、VC長野トライデンツの事務所はある。人口16,200人の小さな村から、国内最高峰の舞台へ。リーグ自体も「2030年までに世界最高峰のリーグに」というビジョンを掲げ、組織面や施設面、運営面などの観点からライセンス基準を設けた。

ライセンス各項目の要件ハードルが低い旧V2相当の新Vリーグも新設されたが、VC長野はあくまでSVリーグにこだわった。「V1という国内トップリーグに入っていたので、チームとしてSVリーグを目指すのは自然な流れだった」と大矢社長。パリ五輪の記憶が新しい髙橋藍など、日本代表が所属する対戦相手も県内で試合をする。そこにどう伍していくか。 「トライデンツは今まで、V1リーグで9位と10位にしかなったことがない。それでもSVリーグで上位を目指せるチームにならなければいけない。将来的には、ファイナル6に入り込めるチームになりたい」

大矢 芳弘(おおや・よしひろ) 1980年、東京都出身。東京大学を卒業後、大手生命保険会社で管理部門の業務に従事。その後はPC周辺機器で知られるBUFFALOを傘下に持つ株式会社メルコホールディングスに勤務。2023年7月、経営権譲渡に伴って株式会社VC長野クリエイトスポーツの代表取締役社長に就任。自身は学生時代から剣道を続けており、現在は七段。

現在地を考慮すれば、リーグが掲げるビジョンに勝るとも劣らない遠大な野望と言えるだろう。もちろんこの目標達成には、資金力が大きく関わってくる。チームが強くなれば注目度が上がり、スポンサー収入も増やしやすくなる。好循環を生むために、卵が先か、鶏が先か――。大切なのは、ブレイクスルーのきっかけをどこから作るのかだ。

まずは「卵」から着手した。

クラブ運営の柱となるのは、スポンサー収入と入場料収入の2種類。このうちスポンサー営業に力を入れており、元選手の栗木勇さんも4月に入社して営業担当の社員を増強。もちろん他業務とも兼任だが、トップセールスも含めてこまめに地元をまわって支援を取り付けた。

そもそも昨年7月、経営権譲渡に伴って株式会社メルコホールディングスからの出向で就任した大矢社長。東大卒後は大手保険会社などで勤務しており、長野県には縁もゆかりもない。営業畑にいたわけでもない。それでも地元企業の経営者が集まる会合などに顔を出し、少しずつ認知を広げているという。いわゆる「どぶ板営業」スタイルだ。

「相手は企業だからBtoBだけれども、実質的にはBtoCに近い営業。断られるのは仕方がないしそういうものだと思っている。もちろん広告の費用対効果もあるとは思うが、それよりも『応援したい』とか『このチームが好きだ』とか、そういうフックが必要になってくる」

大矢社長によると、スポンサー収入は新規獲得や増額などでトータルでは純増という。昨年7月の経営交代に伴うリバウンドで減少した分をカバー。親会社がついてクラブの資本構造は変わったものの、「地元密着のクラブチームというあり方は継続していくので、自力でやることが大事」と大矢社長は力を込める。

さらに、新たな試みにも乗り出す。南箕輪村のクラウドファンディング型ふるさと納税が9月に立ち上げ予定で、個人からも支援が得られる仕組みが整った。実際にSVリーグが始まって進化が明らかになれば、法人・個人を問わずさらなる新規獲得が見込める。

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アリーナ空間の没入感アップ狙い
小さな「ストレス因子」徹底排除

いずれにしても肝要なのは、「応援したい」「支えたい」と思ってもらえるかどうか。コート内で選手たちが示すパフォーマンスだけでなく、ほぼ丸一日を費やすアリーナ空間での体験価値をどう高めていくか。コート内は川村慎二監督が率いる現場に託し、クラブ側が今季注力しているのはエンターテイメント性の大幅向上だ。

そのために一つ一つの要素を地道に積み重ね、観戦時の名もなき小さなストレスをつぶしていく。例えば背もたれ付きのイスを導入し、座り心地を改善しつつパーソナルスペースを確保。飲食の充実という面では、キッチンカーの手配スケジュールを前倒ししたり、酒類提供の段取りをつけたり。一部会場では下足で観戦できるよう調整も進めているという。

演出面でも大型ビジョンを採り入れ、オープニングムービーなどのクリエイティブは写真家・映画監督の蜷川実花氏が手がけた。蜷川氏はポスターなどの写真撮影も実施。既存のスポーツのイメージに捉われない独特の世界観で、没入感の向上と新規ファン層の開拓をにらむ。

こうした工夫を積み上げ、ホームゲームの平均入場者数アップを狙う。「平均2,000人になるだけでもだいぶ世界は変わるし、これが3,000人になればもっと変わる」と大矢社長。「年間計画の段階では来場者数が正直読めないので、感覚値でしかない。そこが一番の悩み」と明かしつつも、さまざまな施策を通じてベースアップを図る。

ただ今シーズンは、約5,000人収容の松本市総合体育館が2028年の国民スポーツ大会に向けた改修工事で使用できない。そのためホームゲームの会場はANCアリーナ(安曇野市)、スワンドーム(岡谷市)、ユメックスアリーナ(塩尻市)、ことぶきアリーナ千曲の4カ所。最も収容人数の多い千曲開催のゲーム(12月28〜29日、東京グレートベアーズ戦)を一つのターゲットとする。

髙橋藍を擁するサントリーサンバーズ大阪戦、西田有志や山内晶大らが所属する大阪ブルテオン(前パナソニックパンサーズ)戦などは、豪華絢爛な対戦相手も集客の追い風になるだろう。ただ平均的な底上げを図るには、自分たちの努力でアリーナ空間の価値を上げるのが大前提。そのためには勝利も今以上に求められる。

「ふと『たまには行くか』と思ってくれた人たちに、どれだけ来てもらえるか。そのためにも去年思ったのは、『もう少し勝ってくれれば入るのでは』ということ。もう少し接戦が増えてほしい」。過去V1リーグに在籍した6シーズンは最多5勝だったが、今季は10勝を目指すという。

小さなクラブの大きな転換点
あり方は「地元のチーム」のまま

そもそもクラブは昨季、大きな変革の時を迎えていた。2023年夏、VC長野トライデンツの運営会社・株式会社VC長野クリエイトスポーツは、株式会社メルコグループに経営権と全株式を譲渡。メルコから派遣された大矢氏が新たな代表取締役社長に就任した。2024-2025シーズンから始動するSVリーグへの参入も見据えれば、債務超過の解消は一丁目一番地。就任から1年余が経過し、大矢社長は当時をこう振り返る。

「私は“SVリーグに行く”という前提のもとで社長に就任した。昨年11月末に(ライセンス取得のための)資料を提出する必要があったので、そこに向けて8月くらいからバタバタしていた。SVライセンスの取得自体が初めての経験だったし、10月からのホームゲームの準備と同時並行。かなり大変だった」

SVライセンス取得にあたっては、ホームアリーナ、クラブハウス、売上高、専任人材、指導者資格、外部監査などの項目ごとに満たすべき要件が設定されている。アリーナやクラブハウスに関しては最低限の要件は満たしていたが、財務は厳しい状況。SVライセンスで求められる売上高は6億円で、暫定的な基準でも4億円だ。VC長野の従来の予算規模に照らせば、大きな拡大が求められる。

「一発でアウトとなってしまう債務超過については新しい株主の増資によってクリアしたが、売上高についてはまだビハインド。自力で売上を立てて債務超過を免れなければいけない」

その言葉どおり、2023年7月19日に出した経営権譲渡に関するプレスリリースでも、「親会社に依存するクラブ運営をするのではなく、従来通り地元に密着し、バレーボール事業を独立採算で成り立たせるクラブとして、他クラブの模範となるような運営を目指してまいります」と明記した。

ライセンスを無事に取得できたとはいえ、SVリーグで持続可能なクラブ運営を行うために乗り越えるべき課題は、未だ高くそびえている。しかし、今季のスローガンは『BREAK IT』。目標達成や勝利をつかむまでに現れるさまざまな限界を打ち破る――という意味だ。今季も眼前の壁はおそらく高い。

それでも、「クラブ」「パートナー」「地域」が一体となった三叉の槍で障壁を壊していく。かつて多くの“BREAK”を実現して今があるように。

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