村越凱光 ファーストタッチの改善がもたらした“劇的な変化”とは

「うまくなる」。松本山雅FCの霜田監督は折に触れてそんな言葉を口にする。シーズン終盤戦、それを明確に体現する選手が出現した。高卒5年目のアタッカー村越凱光だ。もちろん「ツヨクナル」が今季のスローガンであり、結果にまさるものは何もない。しかし勝つために、最後に笑うために、どのような経路をたどって成長を遂げたのか。その丹念に過程をトレースする。

文:大枝 令

「止める」クオリティが向上
土壇場で進化を示して自信に

10月5日、長野Uスタジアム。
試合後のミックスゾーンで、村越凱光は言葉を絞り出した。

「情けない…という一言。あれだけチャンスを作れている中で、オウンゴールでしか点を取れなかった。僕らが持ち味としている攻撃の部分で、結果に繋げられることができなかった」

自身は試合終盤にペナルティエリア内で絶好機を得たものの、利き足と逆の右で放ったシュートは枠外。チームとしてはまたしても2点目が遠く、手痛いドローに終わった。

大一番で結果を出すには至らなかった。
しかし、10月7日に23日の誕生日を迎えた村越は今季、劇的な成長期の真っただ中にある。


©︎松本山雅FC

「サッカーは奥が深いし、いくらでも自分で答えを見つけ出せると気付いた。試合に出られているからこそだけど、成長している感覚も得られている」

9月下旬の取材に対し、村越はそう力を込めた。
従来はスピードと運動量が光り、ボールを持てば左足のドリブルとシュートを武器としていたアタッカー。アグレッシブなそのスタイルは、見る者を惹きつけるビビッドな魅力があった。

しかし――。

霜田正浩監督のもと、スタイルの体得に苦悩する時期が続いた。パスコースに顔を出せていないこともあったし、縦パスを引き出したとしても攻撃が寸断してしまう。ビルドアップの局面で、一つのボトルネックになってさえいた。

頭で設計図を理解はしていたが、技術と経験が伴っていなかったのだ。

©︎松本山雅FC

それを解決するのは、日々のトレーニングのみ。特にファーストタッチを意識した。全体練習が終わった後のシュート練習。球出しで、あえてスピードやコースが厳しいボールを蹴ってもらう。

「僕はどちらかと言えばシュートを打つタイプ。どんなボールでもファーストタッチをしっかりできれば、作りのところでも良いプレーができると思った」

練習の中でも一定の手応えは得ていたものの、それが確信に変わったのは第24節SC相模原戦。2-2の後半終了間際、ロングカウンターからのラストパスを受ける。狙い通りの位置にぴたりと止め、劇的な勝ち越し弾を決めた。

「ファーストタッチを止められたから決められたと思う。そこでさらに自信がついた」

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ヘッドアップして開けた視界
見えて、理解して、最適解を選ぶ

ファーストタッチの質が向上することで、何が起きるのか。ヘッドアップだ。狙い通りの場所にコントロールしてボールを置ければ、その分だけ顔が上がる。周りが見える。それが適切な判断と動作につながる。

「(周りが)見えていないときはファーストタッチだけに集中しているので、ヘッドダウンしてしまってターンできるところをできなかったり、シンプルにファーストタッチをミスしてさらにヘッドダウンしてしまったり。FWとのコンビネーションができないこともあった」

それはもう過去の話だ。

「最近はそこで顔が上がって、(浅川)隼人くんがどのタイミングで裏に出るとか、味方とワンツーできるとか。1秒もないくらいの違いだけど、判断できるようになった。それを0.5秒にしたいし、さらに突き詰めていきたい」

©︎松本山雅FC

全ての入り口である「止める」の水準を上げたことにより、急速に視界が開けた。見える、わかる。やれる。その自信が余裕にもつながり、さらに好循環が生まれる。

「力を抜いて周りを見るように意識している。相手と仲間がどう動いているのか。今降りたら相手は出てこられないとか、1人下りてきた味方に相手のセンターバックがついてきたから、裏が空くとか。見えるようになった」

見える、わかる。やれる。ボトルネックだったのはもう過去。今は適切な場所に適切なタイミングで顔を出し、ボールを引き出すことも増えた。パスも次々と集まるようになった。

「本当にうまくなったと思う」。実際に選手スタッフなど、チームの至るところからそんな声が聞こえてくる。

©︎松本山雅FC

象徴的なシーンがある。
第29節カマタマーレ讃岐戦、MF中村仁郎の加入後初ゴールに結び付いた一連のプレーだ。

まず中盤の米原が、DF野々村鷹人からのパスを引き出す。野々村がつけたパスも明確な成長を示す1本なのだが、それはまた別稿の機会に譲る。

米原の足元にボールが収まった瞬間、村越は相手のボランチ脇へスッと下りてボールを受けた。絶妙なタイミング。そして事前の分析通り迷わず裏へ配球し、MF菊井悠介のアシストにつなげた。

タイミングを習得したのは、外から試合を見ている時期。「自分に足りていないのはビルドアップへの関与。ベンチから見ることが多かった中で、同じポジションの(滝)裕太くんや(安藤)翼くん、キク(菊井)の立ち位置を見ていた」と振り返る。

チームはもどかしい足踏み続く
成長の先に求めるのは勝利のみ

これは霜田監督が言う「うまくなる」の典型例と言えるだろう。指揮官の根底にあるのは“技術が全てを解決する”という発想。それを村越に当てはめれば、以下のようになる。

まず、ファーストタッチの質を改善した。
これにより、顔が上がるようになった。
情報量と判断までの時間が増えた。
ピッチ内で最適解を選べるようになった。
結果が自信につながり、好循環を生んだ。

素晴らしい成果だろう。
しかし――だ。

©︎松本山雅FC

PROFILE
村越 凱光(むらこし・かいが) 2001年、神奈川県出身。飯塚高(福岡)を卒業後、20年に当時J2降格1年目の松本山雅FCに加入。1〜2年目は筋肉系のトラブルが相次いだこともあって出場機会が限られ、22年夏にJFLラインメール青森に期限付き移籍。復帰した23年以降はコンスタントに出場機会を勝ち取っている。運動量豊富でアグレッシブなアタッカー。167cm、64kg。

チームは肝心の白星が近いようで遠い。J2昇格を果たさねば、クラブを取り巻く未来そのものが大きく先細ってしまう。「成長できたので、よかった」で終わっていいシチュエーションでは全くない。結果で成長を証し立てるしかない。

ましてや村越は高卒からプロ入りして5年目。松本山雅のなんたるかは血肉に溶けており、前節の信州ダービー前には「街を背負うこと、松本を代表すること。それはもちろん僕も5年いるので心の中にある」と話していた。

残り7試合、J2昇格プレーオフ圏内までは勝点2差の8位。次節の松本山雅は10月13日、サンプロ アルウィンにツエーゲン金沢を迎える。アウェイの前回対戦時には1-6という屈辱的な大敗を喫した相手。個々の成長を結果につなげて雪辱し、蜘蛛の糸を手繰り寄せる。

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