浅川隼人×砂森和也(後編)「サッカーと社会の“類似構造” 抽出して新たな価値を」

千葉市の同じ町内からJリーグに羽ばたいた2人の選手が今、長野県内の2チームに在籍している。松本山雅FCの浅川隼人と、AC長野パルセイロの砂森和也だ。普段は信州ダービーで敵対する両チームだが、砂森の長女が急性白血病を患った際には松本からも支援が集まった。今季加入した浅川は、砂森の体験談を踏まえてクラブの取り組みに合流。チームの垣根を超えて、2人がいま伝えたいことは――。

取材・構成:大枝 令、田中 紘夢

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サッカー選手のピッチ外の価値
抜き出して、翻訳して、気づきを

――今後はどんな活動をしていきたいか、ビジョンなどはありますか?

砂森 もちろんプレーヤーである以上はサッカーで示していくことが最優先です。ただサッカーのイベントも小児病棟への訪問もそうだけど、社会的な「類似構造」を見つけてもらえればいいなと思うんです。

というのも世の中で起きていることと、サッカーのチーム内で起きていることは似ている要素が多くて、構造もだいたい一緒なんです。例えばうちのチームは練習前に全員でゴールを運びます。ゴールポストをみんな持つけど、運ぶ人間もいれば運ばない人間もいる。組織の中でそれぞれの個性とかが出てくるものです。

サッカーのイベントもそういうコンセプトでやりました。しっぽ取りをする時、複数人でやって取られないためにはどうしたらいいか。組織で動く以上はみんなで助け合えばなんとかなるし、アイデアもたくさん出てきます。「1人で無理でも2人なら行けるっしょ」「知恵を出し合えば行けるっしょ」みたいな。それは社会でもそう。隼人と馬渡くんがやってくれた取り組みもそう。ピッチ内で起きることも11人いるから、助け合う知恵やアイデアはいっぱい出てきます。

だから、「誰かを助けるためにイベントをしたい」とかでなくても、類似的な構造を見つけておいてくれればいいのかなと思います。周りの友達が困っていたら声をかけてみよう、そうしたら元気づけることができた。それでいいんです。病気になった人を助けるだけじゃなくてもいい。いじめられている子もいれば、サッカーで思い悩んでいる子もいる。仕事がうまくいかない大人もいると思います。社会にはいろんな困難があります。

©2008 PARCEIRO

PROFILE
砂森 和也(すなもり・かずや) 1990年9月2日生まれ、千葉市出身。左利きのサイドバック。ジェフユナイテッド千葉のアカデミーで育ち、U-18からは順天堂大へ。卒業後はJFL(日本フットボールリーグ)の強豪・Honda FCに加入した。2016〜17年はJ2カマタマーレ讃岐でプレーし、アスルクラロ沼津と鹿児島ユナイテッドFCを経て23年にAC長野へ。昨年5月、娘の急性白血病に伴ってチーム活動を中止。看病に専念した。移籍2年目の24年はピッチに復帰。171cm、70kg。

だからサッカーを通じて、(ピッチ内の)パフォーマンスとは別の発信で、そういう考え方をもっと出していければいいのかなと思います。それが応援にもつながるし、若い年代ならなおさらそういう感覚を持って成長してくれるでしょう。そうすればスポーツ選手、サッカー選手の価値としてももっと残せるものがあるのではないかと。微力ながらそういう活動をしていきたいです。

浅川 さっそくメモを取りました。本当にサッカーから学んだことはたくさんあって、それを他の世界に落とし込むことを「翻訳スキル」と僕は呼んでいます。英語から日本語にするように、もう少しわかりやすくしたいですよね。「協力する」だけじゃなくて、もっと主体的に、むしろ自分たちが自立して活動できれば一番いいし、そのためには翻訳がすごく大切。僕ももっと深くまでわかりやすさを追求して伝えていって、類似点を見つけやすくできればと思いました。

砂森 性格的にそういうのは隼人の方が得意だと思うので、表立ってバンバンやってもらえればいいかなと。自分も一緒に発信していくけれど、クラブを超えてできたらいいと思うよ。

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浅川「地域課題解決ダービーを」
砂森「長野県でどうあるべきか」

――本来的な価値の根源となるピッチの中では、それでも互いに譲れないものがあるのではないでしょうか?

浅川 「信州ダービー」を中で感じた時の盛り上がりは、本当にすごいものがありました。観戦に来ていた野々村(芳和)チェアマンもコメントしていましたが、どこのダービーを見ても、J3だけじゃなくJリーグ全体から見てもすごいと思います。それをさらに高めるためにも、僕たちが上のステージに行くことは必要不可欠だと思いました。

あとは今回こうして話をさせてもらって感じたことがあります。サッカーではもちろんバチバチ競い合うんだけれども、地域の課題を解決するところでもそれぞれが我先にと地域に出ていくような流れになればいいなと。

©松本山雅FC

PROFILE
浅川 隼人(あさかわ・はやと) 1995年5月10日生まれ、千葉市出身。相手DFと駆け引きしてのワンタッチシュートを得意とするFW。ジェフユナイテッド千葉の育成組織でプレーし、高校は八千代(千葉)へ。桐蔭横浜大を経てY.S.C.C横浜に加入すると、2年目から主力となってハットトリックを含むシーズン13得点を挙げた。ロアッソ熊本、奈良クラブを経て2024年から松本山雅FCへ。先頭での起用が多く、ゴール前では職人芸が光る。178cm、70kg。

砂森 サッカーでの信州ダービーはもう、僕がここに来るずっと前から地元のプライドを懸けて戦ってきているので、そこに関して僕は何も言う立場にないです。まだ住んでから2年もたっていない身なので。

でもやっぱり、この地にあるクラブとして自分たちは何ができるのか、何を思うのか――を、個人がまず感じること。僕自身もそうだし、チームメイトがどう感じているのか、チームがどう感じているのか。

別に全てを山雅と比べなくてもいいんです。自分たちが自分たちのチームに対して、「長野県に対してどうあるべきか」をもっと明確にして、それに対して自分たちが取り組んでいくこと。それによって順位も上にいくだろうし、ダービーも上のリーグでできるようになるんじゃないかと思います。

そうして各チームの色をどんどん出していかなければいけないのかなと。それはオレンジとか緑とか文字通りの「色」の話じゃなくて、たとえ移籍しても「パルセイロから来た選手は、山雅から来た選手は、ちゃんとしているね」となるくらい根付いていってほしいです。それはトップチームだけではなくて、育成も含めてです。

ピッチ上では揺さぶりの駆け引き
互いを知るがゆえの熾烈な心理戦

――次回のピッチでの再会は10月5日、長野Uスタジアムになります。少し先ではありますが、どんな戦いを思い描いていますか?

浅川 僕らとしても本当に昇格がかかっていますし、勝たなければいけない。やっぱり歴史を振り返ってみてもサポーターや地域の皆さんも期待していただいてると思うので、そこに対して僕らは僕たちは全力で準備をして勝てるようにしていきたいと思います。個人的にも今年は得点王争いしている選手もパルセイロにいる(浮田健誠)という部分もあるので、ゴールも期待していただきたいですね。

©2008 PARCEIRO

砂森 リーグ戦で自分たちが掲げている目標に辿り着くように、信州ダービーを迎えるまでに自分たちがチームとして確立するものをもう一回作って臨みたいですね。ダービーに関して言えば、僕は浅川隼人の動きをしっかりわかっています(笑)。何回も映像を見て、ゴール集を見て、動き出しを全部見て、試合中に本人にその話をして揺さぶって、シャットダウンできたら一番気持ちいいと思います。

浅川 和也くん、試合になるとすごい嫌なんですよ…。味方のセンターバックに向かって「そっちに(浅川が)行くから!」って言ったりしてくるし。

砂森 浅川隼人に対するリスペクトも込めてだよ、もちろん。やっぱり点を取るから、そこに動き出させないようにしないとね。隼人自身も相当映像とかは見ていると思うし、その再現性を自分で確立しているでしょ。その分だけ、「絶対ここに(ボールが)来る」みたいな得点への嗅覚は多分ある。だからこっちがいくら準備していても、フッと目を切った瞬間に前に入ってきたりもするから。

©松本山雅FC

浅川 でも今年のダービーの時も、本当に嫌らしかったですよ。

砂森 「クロスの時に1歩引くよ」とか「マイナスに行くよ」とかボールが来る前にまず言って、そこを摘む作業をずっとしていたよね。僕はそうやって駆け引きするのが特徴でもある選手だから。それでも点を取ってくるのが隼人なんだけど、隼人とこういう戦いをダービーでできるなら、それってやっぱりすごく面白いことだよね。

浅川 あとはやっぱり和也くんは自分もクロッサーだから、(ゴール前のFWが)入ってきてほしい場所を自分自身でわかっていますよね。「この辺だったら自分がクロスを上げたらいてくれるだろう」「ここにいてほしい」という場所にたぶん僕も行っているはずなので、お互いに相手がされたら嫌なことをわかっている気はします。

©松本山雅FC

砂森 こういう、見えない部分での細かい駆け引きもあるんです(笑)。あと僕は去年のUスタのダービーの日に娘が発症したから、まだ経験していません。Jリーグにはダービーが多いけど、ここは少し違う雰囲気があるってみんな言いますよね。そういうことを聞いていたから、長野に来た最初は長野ナンバーの車で松本方面に走っていくのがあんまり良くないのかな…とか。そんな空気を感じさせるくらいだったので、初めてのUスタでのダービーがどんな雰囲気なのか――今からすごく楽しみにしています。

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