中村亮太×中村恵実(後編)「“兄妹ゴール”で長野を熱くする」
世間にはあまり知られていない事実がある。ボアルース長野の中村亮太とAC長野パルセイロ・レディースの中村恵実は、3歳離れた兄妹だ。地元・長野市篠ノ井の実家で暮らしながら支え合い、日々それぞれのフィールドで汗を流している。互いにどんな影響を与え合っているのか、そして何を目指すのか。アスリート兄妹の対談に耳を傾ける。
取材・構成:田中 紘夢
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ケガの恵実が「現役引退」を決意
ボアルースの選手が翻意させる
――亮太さんにうかがいます。1-0と勝利したF2第5節・エスポラーダ北海道戦では、終盤に決勝ゴールを決めて首位攻防戦を制しました。長野市ホームタウンデーで多くの市民が駆けつけた中、観客の心をつかむような活躍だったと思います。
亮太 あの日は長野市ホームタウンデーということもあって、試合の前日から「結果を残さなくてどうするんだ」と。夢の中でも点を取るシーンが出てきたような気がして、起きたときには「取れるんだろうな」と感じていました。
内容的には難しい試合になりましたけど、自分が点を取らないといけなかったので、セットプレーのときにそのセットのメンバーと入念に話し合いをしたんです。そこでうまく狙った形で点が取れたので、本当にみんなで勝ち取ったものだったし、自分のゴールで勝てたのですごくうれしかったです。
PROFILE
中村 亮太(なかむら・りょうた) 1997年11月21日生まれ、長野市出身。篠ノ井西中時代は松本市のASA FUTUROでプレー。高校は実家から松本蟻ヶ崎高に通い、松本山雅FC U-18で岸野靖之監督(当時)に師事した。信州大教育学部4年の時、ボアルース長野のセレクションを受けてヴェルメリオ(セカンドチーム)入りし、フットサルに転向。4人きょうだいの3番目で次男。最前線でのボールキープと高い決定力が持ち味のピヴォ。173cm、70kg。
恵実 私は現地には行けなかったんですけど、その日は家族で何回もゴールシーンを見返していましたよ(笑)。
――恵実さんとしては3度のケガに苦しみましたが、「身近な人のために」という思いが強くなったことも含めて、リハビリの期間もムダではなかったと言えるのでしょうか?
恵実 正直、いままでにないくらいメンタルがやられていました。母にも「辞めたい」と言ったし、自分でも「辞めるだろうな」と思っていました。だけど心の中では引っかかる部分があって、辞めきれない自分がいたんです。
3回目のケガをしてから、兄とチームメイトのヨネくん(米村尚也)と、(田中)智基さんとご飯に行く機会があったんです。そのときは自分も辞める気でいたんですけど、2人が「治すためにどうしたらいいか」と真剣に考えてくれて、それをなぜか重荷に感じない自分もいました。むしろ、「これだけ応援してくれている人がいるんだったら、その人たちのために復帰してプレーしている姿を見せたい」と。それは帰りに兄に送ってもらっているときにも伝えました。
2回目のケガから復帰したときは、練習に部分合流している途中に再発してしまいました。それもあって自分の中でも心残りがあったし、やっぱり元気な姿でピッチに立って、応援してくれる人たちに見てもらいたい。兄のチームメイトと話をしたときに、自分の中で覚悟が決まりました。
――今年1月に3回目のケガから復帰しました。8月には北信越国民スポーツ大会の長野県選抜として、約3年ぶりの公式戦にも出場しました。徐々に復調してきている感覚はあるのでしょうか?
恵実 2年くらいサッカーをしていなかったので、復帰後は自分のコンディションがなかなか上がらないことにモヤモヤしていました。その中でもチームメイトから「キレが出てきたね」「あのプレーは良かったよ」と声をかけてくれたし、自分でもアジリティだったりシュートのところで課題を見つけて、必要な部分をトレーニングしてきました。まだまだですけど、徐々にコンディションは上がってきていると思います。
長野のために、チームのために
「優勝」と「再起」を目指して
――互いに競技は違えど、兄妹として、アスリートとして刺激し合っている部分はあるように感じられます。
恵実 兄は頑張っていないフリをして、実は裏ではすごく頑張っているんですよ。スポンサー企業だったり融通の効く職場をチームに紹介してもらうのではなく、自分で仕事先を探して就職して、選手生活を送っています。その責任もあると思いますけど、それを言い訳にせずフットサルに力を入れて、常にピッチで活躍するための努力もしています。「よくそこまでできるな…」と思うし、すごく尊敬しています。
PROFILE
中村 恵実(なかむら・めぐみ) 2000年8月24日生まれ、長野市出身。4人きょうだいの末っ子。FC REGINAからAC長野パルセイロ・レディースのトップチームとシュヴェスター(育成組織)でプレーした。高校は常盤木学園(宮城)に進学し、3年時は全国高校女子サッカー選手権で準優勝。卒業後はAC長野パルセイロ・レディースに加入し、U-19、U-20日本代表候補にも選出された。長身を生かしたパワフルなドリブルと、裏への抜け出しが得意なストライカー。168cm、59kg。
亮太 僕は尊敬しているというより、「純粋に応援している」という感覚ですね。妹は気持ちが強いと思うし、人間らしいというか…。他人のために頑張れるし、自分で自分を上げていくことができる人。苦しいときでも一人でジムに行ったり、食事制限をしたり、いろんなことをしていました。それが合っているかどうかは分からないですけど、いろんな情報を得て、自分で行動できるところがあります。
3年間も公式戦から離れていた中で、プロとして結果を残すために行動できるのはすごく尊敬できますけど、まだ結果を出しきれていないところもあります。それでも自分は本当に応援しているし、今回のミニ国(北信越国民スポーツ大会)で優勝したときはすごくうれしかったです。SNSを見たら、周りの人が喜んでいるのも感じられました。
これから始まるリーグ戦でも、試合に出たり、スタメンを取ったり、アシストしたり、ゴールを取ったり――。いろんな結果を残す形がある中で、いちファンとしてそれを応援しているし、兄妹として一緒に結果を残したいという思いもあります。
――お二人が周りに応援されている理由として、長野県出身選手ということも大いにあると思います。地元を背負う存在として、その思いも聞かせてください。
恵実 長野市の中でも、Uスタ(長野Uスタジアム)がある篠ノ井出身の選手は私くらいしかいないと思います。こうやって地元でプレーさせてもらえることはすごくありがたいし、そこにチームがあることも恵まれた環境だと感じています。
篠ノ井は温かい方ばかりで、皆さんが純粋に「頑張ってね」と応援してくれます。そういう人たちがいる中で自分が結果を残せば、もっと地元が盛り上げられます。私たちをきっかけに「試合を見に行こう」となることもあるだろうし、私たちがもたらせる影響は少なからずあるはず。チームを知ってもらうためにも、地元を盛り上げるためにも、私たちが結果を残すことはすごく大事だと思います。
亮太 自分も妹と同じで、こうやってチームがあって、応援してもらえる環境があるのはすごくありがたいことです。地元出身の兄妹がプロチームでプレーしているのは、あまりないことだと思います。
違う競技ではありますけど、「ボールを蹴るスポーツ」という意味では同じ。どちらにも面白さがあります。自分たち次第でサッカーもフットサルも見に来てもらえる可能性があるからこそ、それをつかむために結果を残さないといけない思いもあります。
それこそ妹が点を取って、同じ日に自分も点を取って、メディアにもそういうふうに取り上げられたら面白いのかなと思います。こうやって兄妹で頑張っているからこそ、お互いが結果を出し合って長野市を盛り上げていく。ピッチ内だけじゃなくて、ピッチ外でも盛り上げられる可能性はあると感じています。まずはアスリートとして、お互いにピッチ上で結果を出していきたいです。
――そもそもお二人が兄妹であることは、あまり公には知られていないと思います。それはあえて伝えてこなかった部分もあったのでしょうか?
亮太 なんでですかね(笑)。そこは個人的な性格として、「まずは自分が…」というのはあったのかもしれません。妹もまずは自分が復帰しないといけなかったので、あまり自分たちから発信してこなかったのかなと…。
恵実 兄はフットサルを初めたばかりだったし、私もずっとケガをしていたので、お互いに必死だったというか…。自分のことで精いっぱいなところもあったと思います。
亮太 でもいまはそういう経験をしてきたからこそ、純粋にフットサルを楽しめている部分もあります。うまくいくときもあれば、うまくいかないときもありますけど、練習から楽しくやれています。そういう意味では当時よりも余裕を持てています。
――こうして話を聞いていると、お二人とも「マジメで努力家」という印象を受けました。ひとたびピッチを離れれば違った一面もあると思いますが、お互いの素顔はいかがですか?
恵実 兄は延々と寝られます(笑)。オフの日は寝溜めしていますね。
亮太 妹は飽き性ですね。先ほど食事制限の話もしましたけど、朝ヨーグルトを勧めて母がたくさん買ってきてくれた後に、途中でやめてしまって…。賞味期限ギリギリになったヨーグルトを自分が代わりに食べたり、結構そういうところはあります(笑)。
競技中の妹と、普段の妹は全然違うと思います。普段は抜けているし、ふざけることも多いですね。
恵実 いやでもそれで言うと、兄もみんなから「マジメだね」なんて言われてますけど、プライベートは常にふざけている感じです。お互いさま(笑)。
――ボアルースは前半戦を終えて首位を独走し、F2優勝・F1昇格に向けてひた走っています。かたやパルセイロ・レディースはWEリーグ開幕を目前。今後に向けて意気込みを聞かせてください。
亮太 チームとしては前半戦を全勝で終えられて、10月から後半戦が始まります。前半戦も苦しい試合はいくつもあったので、そこをないがしろにしていたら後半戦は難しくなると全員が認識しています。
良い意味でも悪い意味でもお互いにスカウティングできた状態なので、そこでどうやって攻略していくかが課題になってきます。チームが「優勝」という目標を掲げている中で、個人的には全勝優勝して終わりたいというのが一番にあります。
そうでなければF1に上がったときに勝てないと思うので、F1で勝ち上がるためにも全勝で終わらないといけない。その強さを持ってシーズンを終えないといけないので、まだまだ気の抜けない状況が続きます。優勝の先にあるものも見据えた上で、残りの試合を戦っていきたいです。
恵実 私は昨シーズンは上(のメインスタンド)から試合を見ていることが多かったですけど、「得点できないと勝てない」と思っていました。勝つためには得点が必要で、点が取れる選手がいないと上位には食い込めない。チャンスがあるときに決め切らないと、本当に苦しい試合になると感じました。
個人としては試合に絡むことが目標ですけど、勝つために必要な選手になりたいし、相手から怖がられるくらい貪欲にゴールを狙っていきたいと思っています。チームとしても昨季は本当に苦しいシーズンを過ごしたので、その反省を生かして、一丸となって戦っていきたいです。